恋愛 里山風二郎の場合
校門を出ようとしたら、一花が走って来た。
「フウ、あんたいいの? 今頃月夜は」
「ああ、先週もらったっていうラブレターの話?」
「告白されてるのよ。あんたそれでいいの?」
「いいんだよ」
「月夜が断ると思って高括ってんだろうけど、今回の相手は鳥海君だよ。サッカー部エースの」
風二郎は歩みを止めなかった。
「知らないからね。月夜が鳥海君と付き合うことになっても」
聞き流しながら、回想する。こういうことは何度かあった。小学校の高学年ぐらいから男子の注目を集め始めた月夜は、一年に二、三回告白されるようになった。今までの告白は全て断っているが、今回は、一花の言う通り受け入れるかもしれない。
サッカー部の鳥海は別のクラスだったが、面識はあった。入学式の日、一緒にサッカー部に入ろうと誘われたのだ。断った後も半年ぐらいはしつこくつきまとってきた。
鳥海はいい奴だ。選手としての技術もリーダーシップも大したもんだ。
市役所の横の地下道には入らず、青瀬橋へ向かった。中学生は小学生のように通学路を守る必要がない。どこへでも行ける。月夜も通学路を守る必要なんてないのだ。小さい頃から知っているとか、そんな理由で付き合う相手を選ぶ必要はない。
青瀬橋の手前で横道に入り、河川敷に出る。
「フウ君ー、待ってよー」
風二郎は空耳かと思った。
「フウ君―」
次第に声が大きくなってくる。
「やっと追いついた」
目の前に回り込んできたのは、月夜だった。
「さっき帰ってたら、市役所のとこでフウ君の姿見かけて、それで、追いかけてきたんだよ」
「お前、今日は用事があったんじゃないのか?」
「あー、告白なら断ってきたよ。五秒ぐらいで」
「そんな殺生な」
夕暮れ時の河川敷は風が吹いていて、涼しかった。二人は河原へと続く階段に腰を下ろして、青緑色の川を眺めた。
「鳥海のこと嫌いだったのか? 悪い奴じゃないのに」
「ううん。鳥海君のことが嫌いなんじゃなくて、フウ君のことが好――」
月夜はすぐさま口を押えた。
「バカだなあ。選り取り見取り選べる立場にあるのに」
「選べることより、選ばれることの方が嬉しいよ」
風二郎は一つ、ため息をついた。
「なら俺は月夜を選ぶよ」
「え?」
立ち上がり、息を多く吸い込んで叫んだ。
「月夜が好きだー」
対岸まで伸びていく、まっすぐな声だった。
「な、何叫んでるの? 恥ずかしいよ。それにそういうのは海に向かってやるもんだよ」
「大丈夫。この川、海につながっているから。ほら前に行った木津の海に」
「そういう問題じゃないでしょ」
風二郎は腕を引っ張られ、座らせられた。
「大体フウ君はいつも自分勝手だよ。ホラージャンルでは一人で逃げちゃうし、SFジャンルでは火星人をやっつけようなんて言うし。ミステリジャンルでも一花ちゃんに迷惑かけたんじゃないの?」
「さあ、どうだったかなあ。ミステリではおとなしくしてたと思うんだけど」
一呼吸置いて、月夜は言った。
「でも、告白、ありがとう。私もフウ君のこと好き」
しばらく川を眺めていた二人は、立ち上がると、手をつないで歩き出した。
翌朝の教室は、月夜の噂で持ち切りだった。
「鳥海君、月夜さんに告白したんだって。見た子がいたって」
「え? それでどうなったの?」
「いや、わかんないけど」
「私は付き合うことになったって聞いたよ」
「マジ?」
「おのれ、鳥海め、許せん」
「なんで告白する前に失恋しなきゃならねーんだよ」
教室中に憶測が飛び交っていた。一花と雷二郎は噂の火消しを行っていたが、あまり効果は見られなかった。学校一、二を争う美形のカップルが誕生したという噂を思春期の子供たちは放っておかなかった。
月夜は男子から女子から取り囲まれていた。矢継ぎ早に質問が繰り出された。
「フウ君、助けてー」という顔を向けてきたので、風二郎は教壇に立った。
「えー、皆さん、静粛に。月夜さんとも親しく、サッカー部の鳥海君ともそこそこ親しい私が真実を語りましょう」
月夜といつも一緒にいる風二郎の証言は信憑性が高いと思ったのか、クラスの皆が風二郎に注目した。
「えー、付き合っていることに間違いはありませんが、一つ訂正があります。付き合っているのは鳥海君と私であります。昨日、鳥海君は月夜に私宛のラブレターを渡していたのです」
クラスが静まり返った。そして、皆は小声で話し始めた。
「冗談だろ」
「ふざけてるだけだろ」
「マジでホモなの?」
「確かに鳥海君、男子にも優しいけど」
「マジでふざけるなよー、貴様ー」とバカでかい声を張り上げて、鳥海が教室に入って来た。
「グッドタイミング」
「俺をホモにするんじゃねえ。あと、月夜さんとも付き合ってねえよ。昨日はこいつをサッカー部に入れるため、月夜さんに説得してもらおうと思って頼んでただけだ。月夜さんと付き合うことになったら、自分からいいふらしてるわ」
「何だ、つまんねーの」
クラスメイトは一斉に関心を失った。大半の連中は、みんなが盛り上がっているから俺も、と軽い気持ちで盛り上がっていたのだろう。
「鳥海。自分の教室に戻れよ」
風二郎は鳥海を教室から押し出した。廊下には一花と雷二郎がいた。二人が鳥海を呼んで来たのだそうだ。
「助かったぜ、二人とも」
「あんたのためじゃないからね。月夜のためなんだから」
「あ、一花のツンデレに雷二郎が悶絶してやがる。心の中で」
一花と雷二郎はそれぞれ一発ずつ風二郎の腹を殴ってから、教室に戻った。
「悪かったな、鳥海」
「そう思うなら、サッカー部に入れ。いつでも歓迎だぜ。たとえ月夜さんがお前のことを好きでもな」
「昨日、月夜にそう言われたのか?」
「いいや。言われなくてもそのぐらい分かる。ま、そっちの話はいい。サッカー部の方はどうだ?」
「ちょい考えさせて」
「お前はいつもそれだな。まあ、気長に待ってるよ。あとお幸せに」
片手を挙げ、振りながら、鳥海は自分の教室へ戻って行った。
風二郎はひとり廊下に取り残された。
「やっぱり、お前はいいやつだよ」




