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双子×2のジャンルトリップ  作者: 仙葉康大
第五章
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恋愛 雪岡月夜の場合

 一日経ってもこれといった変化は起こらなかった。タイムスリップも起こらないし、異星人の来訪もないし、日常に潜む謎も見当たらなかった。


 理科の授業中、顕微鏡を使ったのだが、月夜つくよはカバーガラスを割ってしまった。洗っていると、手に力を入れ過ぎたのか、水圧が強すぎたのか分からないが、割れてしまった。その呆気なさに、レフミーのことを思い出した。


 カバーガラスが割れたことを報告すると、先生は笑って許してくれた。

 どうしてなんだろう、と月夜は思う。

 とうしてみんな、私に優しくしてくれるんだろう。何の取り得もないのに。


 自己嫌悪に陥ると、ますますレフミーのことが思い出された。

 給食のスパゲティとパンを半分ずつ残した。


「気分悪い?」


 一花いちかが尋ねた。


「ううん。大丈夫」


 月夜は笑った。作り笑いだった。


 昼休みは、教室にいると、なぜか男の子から話しかけられることが多いので、第二図書室に行くことにしていた。でも今日はその手が使えなかった。第二図書室はないのだ。

 月夜は廊下を右往左往していた。


「お、月夜じゃん。これ持っていくの手伝ってくれよ」


 風二郎ふうじろうは給食の食器が入った鉄カゴを持っていた。


「うん。いいよ」


 カゴの取っ手の片方を持つ。風二郎の頼みは、行く当てのなかった月夜にとって救いだった。


「なんか、今回はライもお手上げみたいだ。朝から何も言わねえの。あいつが何も言わないのは、戦略が練れてないときなんだよなあ」

「うん」

「あと、将棋の試合で負けた時も何も言わねーの」

「うん」

「月夜、ちょっと元気ない?」

「うん。え? ううん。そんなことないよ。ぼーっとしてただけ」


 食器を持って行った後、月夜はどこに行こうかと思いを巡らせていると、腕を引っ張られた。


「フウ君。何? どうしたの?」

「何か外に出たい気分だわ。ついて来いよ。一緒の方がいい」

「え? え?」


 混乱している間に、下駄箱に着いてしまった。風二郎は靴を履き替えている。


「早く来いよ」

「少し外に出るだけ? 昼休みだけ?」

「早く」と風二郎は笑った。


 月夜はついて行くことにした。どのみち昼休みを持て余していたのだ。

 走って校門を出る。振り返ると、校門の脇に生えている葉桜の葉が日に透けていた。


「ちゅ、注意とかされないの?」

「堂々としてればな。俺、今までに四、五回学校を抜け出したことあるけど、一回も注意なんてされなかったよ。教師の目って生徒が思っている以上に節穴なんだよ。マシな目がついているのはかつらぐらいだな」

「桂先生のことは評価してるんだ」

「友達だからな」

「尊敬はしてないみたいだね」


 二人は歩き慣れた道を進んだ。交差点を渡ると、右手には市役所が見えた。そのまま直進し、青瀬あおせ橋を渡った。再び交差点に差しかかった。先には青葉駅が見えている。

 風二郎が前方を指さし、言った。


「見えたぞ」

「え? もう帰らないと、五時間目に間に合わないよ」

「そうだな。でも次の電車には間に合う。行くぞ」

「え? わっ」


 信号が青に変わると、手を握られた。

 走って横断歩道をわたる。

 月夜は思う。まただ。いつもフウ君が引っ張ってくれる。


「どこに行くの?」

「海だよ、海」


 二人の足音は青空へ届きそうなぐらいに軽やかだった。


============================================

 

 電車がトンネルを抜けると、木々の間から海の青が見えた。日光を受けて、きらめている。

 木津きづ駅に降り立つと、潮風が吹いた。月夜は自身の長い髪を押さえた。

 駅を出て坂道を下り、遮断機の黄色い旗がはためく踏切を越えて浜へ向かう。


 人影はちらほらという程度だ。子供は二人の他にいなかった。制服のままだったが、声をかけてくる人はいなかった。

 自分たちの足跡がない方へ、ない方へと砂浜を歩いた。


「ねえ、フウ君。学校の方、今頃騒ぎになってないかなあ?」

「騒ぎになってたとしても、ライが上手くごまかしてくれてるだろう。五時間目はかっちゃんの国語だし、大丈夫だろ」

「ライ君と先生に迷惑かけちゃったね」


「悪いことじゃない。迷惑をかけてかけられて生きていくんだよ。あれ、今の哲学っぽくね?」

「哲学? だったらサルトルに怒られちゃうよ。『自分がすることを全員がしたらと問え』。私たちと同じことをみんながしたら困るでしょ」


「やっぱ月夜には敵わないぜ」

「私なんて、ただ他人の言葉でしゃべってるだけだよ。本から吸収したっていうだけ」

「今の弱音は月夜自身の言葉じゃん」


 月夜は水平線を眺めた。


「弱音だけ自分の言葉でしゃべれても意味ないよ」

「弱音でも育てれば強音になる。月夜はスタートラインに立ててるんだよ。そして、もう進んでる」


 振り返ると、足跡が自分の足元まで続いていた。


「あんなに遠くにいたんだ」

「けっこう歩いたよな」

「でもこの足跡も明日になれば消えちゃうよ。レフミーが消えたみたいに」


 風二郎は右足を前に出し、アキレス腱を伸ばしていた。


「なら、俺が覚えてるよ。この足跡のことも、レフミーのことも」


 そう言うと、風二郎は靴と靴下を素早く脱ぎ、ズボンの裾をまくると、海へ走って行った。


「フウ君には敵わないなあ」


 月夜はポケットからヘアゴムを取り出して、長い髪をひとくくりにした。風二郎と同じく靴と靴下を脱ぎ、引いていく波を追いかけて海へ走った。


「冷たいね」

「すぐ慣れるぞ」

「フウ君、いつもありがとね」

「バカ」


 風二郎が水をかけてきた。スカートが濡れた。月夜はやり返した。水滴の一粒一粒がビー玉のように光っていた。


 いつかは水滴のように弾けて消える。でも覚えていよう。

 月夜は心にいかりを下ろした。まだ錆びついていない真っ白な錨を。


 翌日、朝の読書の時間、桂がそばにやって来た。月夜は、出席簿で軽く頭を叩かれた。風二郎も叩かれていた。二人は本に隠れながら、顔を見合わせて笑った。

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