面談 里山風二郎の場合
「かっちゃんは悩みとかあるわけ? 俺で良ければ話聞くけど、何しろこっちはまだ十四年と何か月かしか生きてないわけ。人生経験が溜まってないのよ」
風二郎は歯切れよく、テンポよくしゃべっていた。ムードメーカーな風二郎はクラスでもこの調子だった。
「かっちゃんじゃなくて桂先生だろ。それに俺の悩みはいい。先生って職業は生徒に悩みを見せちゃいけないんだ。過酷なんだ」
「だからそんなゾンビみたいな目してるの?」
「そんなに隈ひどいか? いや、じゃなくて実際どうなんだ? 何もかも順調なのか?」
風二郎はロダン作『考える人』のポーズをとった。成長途中の体格では様にならなかった。
桂は「ふざけるなよ」と言おうとした。しかし、言えなかった。風二郎の目は虚空の一点を凝視していて、二人の間には研ぎ澄まされた空気が醸成されていた。
「ロダンはさあ、あの像で何を伝えたかったと思う?」
「考えることの大切さとかだろう」
「俺は違うと思うんだよね。きっとロダンは一人で考えることの虚しさを伝えたかったんだよ。『考える人』は考えているようで、思考はぐるぐると同じところを回っているだけ。一人だからスパイラルから抜け出せない」
「なんだ、自分の考えを持てているんじゃないか」
桂は自身の口角が上がるのを感じた。
周りに流されるだけでなく、独自の考えが持てる。中学生としては満点だ。
「人は気づいたら『考える人』みたいに一人になってるんだ。悩みが重大であればあるほど、打ち明けにくいものだから」
桂は両肩が重たくなった気がした。
風二郎の唇から生まれる言葉はブラックホールのように桂を引きつけた。現在の桂だけでなく、学生だった頃の桂をも引きつける求心力を持っていた。桂自身、教師に真の悩みを打ち明けたことなどなかったのだ。
風二郎の肩が噴火をこらえる火山のように震えた。
「プッ、ハハハ。なーにシリアスムードになっちゃってんの? かっちゃんよお。いやー、それっぽいこと言ってみるもんだわ。俺が胸に悩みを秘めた、傷つきやすい十四歳に見えた?」
桂は名簿で風二郎の頭頂部を軽く叩いた。
「もういい。お前との面談は終わり。次、雷二郎呼んできてくれ。あと、来週の期末テスト、数学で赤点取るなよ」
「分かってるって」
風二郎は笑っていた。しかしそれは表情筋を無理やり動かして作った笑いに見えた。
風二郎が出て行く直前に、桂は再び口を開いた。
「『考える人』はもともと『地獄の門』っていう作品の一部だったんだ。地獄の門はダンテの『新曲』地獄篇に出て来る。中学生には難しいかもだけど、『新曲』呼んでみたらどうだ? 梅ばあから聞いたぞ。最近、よく本を読んでるって」
「気が向いたらな。サンキュー、かっちゃん」
教室に一人残された桂は呟いた。
「桂先生だ。バカヤロ」