ジャンル3 ミステリ
足音が聞こえる。馬だ。馬の蹄が石畳の道に当たる音。
四人は箱型の馬車に乗っていた。服装も変わった。全員、グレーのコートを着ている。
まばたきし、顔を見合わせる。
「ジャンルジャンプ、成功したみたいだ」と雷二郎。
「ここは? って誰?」
一花は、気づいたら隣に座っていた見知らぬ男の存在に驚いた。男は眠っている。頭部の髪は左右から若干後退しており、鼻は大きく、口回りには茶色の髭が生えていた。
「一花、騒ぐな。ひとまずこの人には眠っててもらおう」
「外国の方だよね? ヨーロッパの人かな」と月夜。
一方、風二郎は窓の外を見ていた。ガス灯が並んでいた。英字の看板や広告が見に入った。
「風二郎、何か分かったか?」
「いやあ、よく分かんね。でも馬車が走ってる」
「この世界が何のジャンルか分かりそうか?」
「ライ君、さっき窓からちらっと見えたんだけどね、多分このジャンルは――」
馬車が速度を落とした。かと思うと、すぐに停車した。
茶髭の男が突然目を開けた。
「諸君、着いたぞ」
言うや否や、馬車を降りて行く。
「ひとまず、成り行きに任せよう。まずはジャンルの特定だ」
「了解」風二郎は敬礼した。
「もうSFはいい」
「何してる。早く来たまえ。金の卵たちよ」
馬車から降りた男が手招きしていた。
外に出る。辺りを見回す。薄霧の中に、ビクトリア朝の建物が並んでいる。
そばにあった立て看板を見て、雷二郎はジャンルを悟った。立て看板には「ベイカーストリート」と英語で書かれてあった。
男性に案内されるままに、四人は建物の一室を訪れた。
黒いスーツを着た男が肘掛け椅子に座ってパイプを吸っていた。暖炉には炎が揺らめている。男は背を向けたまま言った。
「遅かったじゃないか、ワトソン」
「すまない。馬も五人を運ぶのは大変だったようだ。紹介しよう、私の弟子たちだ」
四人はこの男が誰であるのか、見当がついていた。そして少なからず期待を抱いていた。名探偵のご尊顔が拝めるのだ。
男が立ち上がり、四人の方を向いた。
四人はしばし呆然とした。
「ようこそ」
そう言ったのは、桂だった。
「なんでまたかっちゃんなんだよお。こんなの違うだろ」風二郎が叫んだ。
「かっちゃん? 誰だ、それは。私はホームズだ。以後よろしく頼む」
「SFジャンルにはいなかったのに」
「あ、ライ君。桂先生はSFジャンルにもいたんだよ。地球軍の司令として」
「よかったー。私、月の方で」
「おいおい、何を分けの分からぬことを話している。ちゃんとしたまえ。この男はこう見えても、世界屈指の名探偵なのだぞ」
ワトソンが四人をたしなめた。
「そうカッカするなよ、ワトソン。さっきの会話で全て見当がついた」
桂は四人に冷ややかな目を向けた。
「この子たちは」
四人はつばを飲み込んだ。自分たちが異世界からやってきたことを見抜かれたかもしれない。そう思った。
「ちょっと緊張しているみたいだ。うん。まあ、私のような名探偵を前にしたら、な。そりゃあ緊張するよ」
「やっぱホームズになっても、かっちゃんはかっちゃんかあ」
「もうこいつには期待しない。ミステリジャンルなら謎を解くことがエンド条件になっているはずだ、自力で頑張るしかない」
「なら、ライはたくさん推理小説読んでるんだから楽勝ね。月夜はもっと読んでるし」
「読んではいるけど、私、途中でトリック分かったこと数えるほどしかないよ」
桂が咳払いをした。静かにパイプを吸い込む。そして「ガハッ、ゴホッ」とむせる。
「グホン。ワトソン。この四人に君の代わりが務まるのかね?」
「まあ、大丈夫だろう。じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「行くってどこへ?」雷二郎が尋ねた。
「話はしたはずだが? 仕事の都合で一週間ほどパリへね。その間、君たちがホームズの助手を務める。よろしく頼むよ」
ワトソンは部屋を出て行った。かと思うと、すぐ戻って来て、ドアから顔だけ出して言った。
「一つ言い忘れた。ジャンルごとの世界を旅しているであろう君たち四人にアドバイスだ。ミステリは謎を解いて終わりじゃない。だから謎を解いた瞬間、次のジャンルへ行けなくても不思議に思わないことだ」
ワトソンがドアを閉めると、風二郎が口笛を吹いた。
「名推理」
「どうやらこの世界のホームズはただの傀儡だったようだな。本当の名探偵はあっちか」
「君たち、何を話している? さて、今日も忙しくなるぞ。依頼主がじゃんじゃか来るぞ」
それから三時間、一人の訪問者もなかった。その間、月夜は書斎の本を読み漁り、一花はベッドで仮眠を取り、風二郎と雷二郎は桂とトランプに興じていた。
「なあ、ホームズさんよ。あんたいつもこんなに暇なの? ニートなの?」
「ニート? 何だそれは。いやあ、おかしいな。ワトソン君がいるときはもっと依頼人がくるんだけどな」
「それはおそらくワトソンさんに依頼をしに来てるんだろうな。くそ、負けた」
雷二郎は手元に残ったババを机に叩き付けた。
三人はババ抜きをしていた。トランプで遊ぶ時、風二郎は決まってババ抜きをやりたがった。運の要素が強く、雷二郎に勝てる確率が上がるからだ。
呼び鈴が鳴った。
「ほら見ろ。私にだって需要はあるんだ」
今日、最初の依頼主はアンナという名前の中年婦人だった。青い瞳が印象的で、暗赤色の髪は後ろで一つに束ねてある。体のラインはひょうたんのようで、全体的にふくよかだった。
「ワトソンさんに紹介されて来たのですけれど。ホームズさんのお宅はここで間違いないかしら」
「ええ。お入りください。中でお話をうかがいましょう。おーい、レディたち、お茶を入れてくれ」
そう言われる前から月夜はすでに準備にかかっていた。一方、一花はまだ爆睡していた。
雷二郎は一花を起こしに行き、風二郎は月夜のいれた紅茶を応接間まで運んだ。
アンナは紅茶を飲んで一息つき、話を始めた。
「猫が疾走しましたの」
「それを探せと?」
「探して見つかるなら、それが一番ですわ。でも、今回頼みたいのは別のことです」
「というと?」
「私、猫を二匹飼っていまして、さっき言った通り、一匹は疾走したんですけれど、一匹は家に残っているんですの。この二匹、双子のように瓜二つな猫なんです。名前はライミーとレフミーといいます。それでですね、お恥ずかしい話なのだけれど、どちらが疾走したのか、どちらが家に残っているのか、分からなくなってしまいましたの」
桂とアンナの会話を聞きながら、四人は双子のように似ている猫をそれぞれ思い浮かべていた。




