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双子×2のジャンルトリップ  作者: 仙葉康大
第二章
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ホラー 雪岡一花の場合

 保健室に入るなり、雷二郎らいじろうが制服を脱ぎ始めた。


「やっぱり気持ち悪かったんだ」

「お前が思っているより数倍はな」


 雷二郎は窓を開け、ズボン、カッターシャツ、肌着、靴下を投げ捨てた。


「いいの?」

「いいも悪いも。本当はパンツまで脱いで捨てたいぐらいだ。服の替え、一緒に探してくれ」


 一花いちかは雷二郎の肉体を観察した。

 筋肉のつき方って、男と女でこんなに違うんだ。スポーツマンでもないのに、毎日鍛えてあるかのような筋肉。


「あまりじろじろ見るなよ」

「ライってがっしりしてるよね。体育の成績も悪くないし」

「毎日、あの兄貴の相手をさせられていたんだ。嫌でも筋肉は付くし、球蹴りも上手くなる」

「最近はサッカーって言うんだよ」

「そんなことは知ってる。つべこべ言わずさっさと替えの服を探してくれ。パンツ一丁で行動するのは流石に気が引ける」

「サー、イエッサー」


 結局、見つかったのは白衣とオムツだけだった。


「仕方ないな。パンツも血がべっちょりだし、オムツに着替えるか。機能的には何も問題ないし」

「ならいっそ、全裸で行けば? 機能的には何も問題ないでしょ?」


 一花は雷二郎に睨まれた。


 そういう風に目つきを悪くするから不良なんて言われるんだ。いや、一番は金髪のせいだ。ライが金髪にした理由は知っていた。フウから聞いた。赤毛の私が目立たないように。上級生から目を付けられないようにしてくれたのだ。


 去年の四月当初、金髪にした雷二郎は当然、上級生からケンカを吹っかけられた。翌日、雷二郎は、暴行の写真と動画を校長と警察に提出。警察に直々に厳重注意された不良たちは腹いせに再度、雷二郎を暴行。またもや証拠写真と動画が提出され、不良のリーダーは暴行罪で逮捕され、起訴されかけた。いつの間にか保護者たちの間でも、不良たちの数々の所業が噂となり、彼らの半数は転校、半数は不登校に。


 雷二郎にケンカを売る輩はいなくなった。


 雷二郎が注目を集めていても、一花の赤毛にいちゃもんをつけて来る人はいたが、雷二郎が一花の後ろについていると知ると退散した。


 雷次郎の戦略はバカげていると一花は思った。雷二郎は駒が犠牲になるのをためらわないのだ。

 気が付いたら惚れていた。なんて単純な思考回路なのだろう。


「白衣、似合ってるじゃん。あ、でもライはスーツでも和服でも何でも似合いそう」

「ジャンルが変われば衣装も変わるかもな」

「次のジャンルは何かなあ? ファンタジーか時代物がいいなあ」


「楽観的だな。どうすればこの旅を終わらせることができるかも分からないのに」

「分からない、ということは分かってる。無知の知。それさえわきまえていれば、何とかなるでしょ。まさか梅ばあも私たちを殺すつもりじゃないだろうし」


「どうかな。梅ばあだったら、『死んだら死んだで、そこまでの奴らじゃったということ』、とか言いそうだけどな。まあ、何にしてもまだ分からないことが多すぎる。とりあえずゲートを見つけないと」

「うう、うう」


 うめき声がベッドの方から聞こえた。一花と雷二郎は身を固めた。


「うう、うう」


 うめき声は止まらない。


「一花、外に出るぞ。関わらない方がいい。どうせまた化け物だ」


 従えなかった。うめき声の主を知っている気がしたから。


「でも、痛がってる。私たちと同じように現実の世界から送られて来た人かも。それに、私、この声知ってる気がする」

「バカ言うな。俺たちと同じようにこの世界に迷い込んだ人間がいたとしても切り捨てろ。関係ない。俺たち四人が無事に帰還することだけを考えろ。お前が思ってるような生ぬるい状況じゃないんだ」


 雷二郎には悪いと思ったが、一花はベッドのそばに行き、布団をめくった。

 雷二郎が何を言おうと、放っておけなかった。だってこの声は私の罪そのものだから。


 ベッドには傷だらけの月夜つくよが横たわっていた。さっきまで一緒にいた月夜と決定的に違うのは年齢だ。ベッドの上の月夜は十歳程度、どう見ても小学生だった。白いワンピースは血でにじんでいた。


「どういうことだ?」


 雷二郎は立ち尽くしていた。

 一花は月夜に呼びかけた。


「誰にこんなひどいことをされたの?」


 一花は気づいていた。これは罠だ。ホラージャンルだから、この子がいきなり喉に食いついて来てもおかしくない。でも、尋ねずにはいられなかった。


 月夜は閉じていた目を見開いた。彼岸花のような紅い瞳が一花を捉えた。血の涙が流れていた。


「お前だろ。私にこんなことをしたのは。一花。お前だろ。お前のせいで私は」


 女の声とは思えない低音が響いた。

 一花は自分の罪を確かめていた。


 小学五年生の秋、ピアノのコンクールで思うような結果が出なかった一花は、夕食の席で月夜に八つ当たりしてしまった。


「次はきっと大丈夫だよ? そんな軽い言葉吐かないでよ。こっちはね、毎日何時間も練習してるの。その努力がたった一回の演奏で水の泡になる気持ちが月夜に分かるの? どれだけ途中でミスしても最後まで弾き続けなきゃいけない辛さが分かる? 表彰台に登れなかったときの、選ばれなかったときの辛さが分かる? 分からないよね。だって月夜には何もないもんね。好きな本だけ読んで、このお話楽しかったー、おもしろかったーって毎日を過ごしている人に分かるわけないよ。分からないならせめて黙っててよ」


 激情が抑えられなかった。月夜じゃなくてもよかった。父でも母でも、そこらの野良犬に対して言ったのでもかまわなかった。吐き出したかっただけなのだ。タイミングよく矛先を向けれたのが、たまたま月夜だったというだけ。


 言ってすぐ後悔した。私が謝ると、それすら月夜は許してくれた。


「私の方こそごめん。無神経だった」


 そう言った月夜の笑顔が頭の奥に貼り付いて離れなかった。その時から、私はもうピアノを弾かないと誓った。


「そうだよ。私がやったんだよ」


 一花は月夜の手を握った。血にまみれた手だった。


「お前のせいで、私は。お前が悪いんだ。お前が私を傷つけた」

「責めてくれてありがとう。でもあなたは所詮偽物。本物の月夜が受けた傷はこの程度じゃないんだよ。それに本物は私を責めてくれない」


 月夜の顔に凹凸ができ、変形し始めた。


「やばい。これ以上はもうだめだ。来い」


 雷二郎は返事を待たずに、一花を力尽くで外へ連れ出した。保健室から走って離れた。


「一花、話しておくことがある」

「何?」

「今は四人で現実の世界に帰ることを最優先する」

「うん。ライは間違ってないよ。さっきはごめん」


「終わったことはいい。以後、俺の判断には従ってくれ。せめてこのホラージャンルにいる間だけでもいい。じゃないとフォローが間に合わない」

「うん。次からはそうする。さっきの月夜とのやり取り、どういうことか説明しなくてもいいよね」

「必要ない」


 一花は自分自身に対して幻滅していた。

 自分は、好きな人には醜い部分を隠しておくような人なんだ。救いようがないな。救われる必要なんてないのかもしれないけど。


「でも、もし話したくなったら、聞かせろ。他の誰でもない、俺に聞かせてくれ」


 雷二郎は指で頬をかいていた。

 雷二郎なりに気を使ってくれていることに一花は気づいた。

 一花は体をすり寄せて言う。


「やっぱり白衣、似合ってるよ。あとオムツも」

「うるさい」


 廊下の奥から、獣の咆哮ほうこうのような声が聞こえた。


「不純異性交遊を発見。直ちに処刑する」


 異形の大群が二人へと押し寄せた。


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