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[03話] 変革期

ある日の朝、ネイサン・ブラデネル=ブルースはまだ寝所にて惰眠を貪っていた。

悪魔のアルテッツァを召喚してから丁度1年半が経過していた。

枕元で荒い鼻息のようなものが聞こえるのも時が経てば気にならなくなる。


「嗚呼、我がきみは今日も愛らしく美しくていらっしゃる・・・」


健やかで気持ちの良い朝日を浴びているネイサンの滑らかな白磁の肌は正に真珠のような美しさだ。

先日4歳になった小さい体をそっと丸めてシルクの寝巻きにベルベット生地のシーツに包まれた様子は、子猫のようでいて、また一つの宝石のごとく輝きを放っている。

思わずと言った様子で手を伸ばすアルテッツァはネイサンの肌に触れようという時バチリとなにかに触れ、指が弾かれ、人差し指が彼方へ飛んでいった。


「・・・おや?・・・我が君、結界をお付けとは流石です・・・

触れただけで私の指が弾き飛ばされてしまいましたよ・・・

・・・触れそうで触れられないこの距離に居られるからこその主の尊さというものに気づけましたよ・・・」


そう言いつつ、アルテッツァは大した事も無さげに左手を吹き飛ばされた右の指があった場所に添えると黒い煙が指の形を模し始める。

そして瞬く間に修復してしまうのだった。

少し長い爪でネイサンの肌スレスレにかかっている結界をつつく。

その度にジュッ、ジュッと音が響くためネイサンも流石に寝苦しい。

聖魔結界による青い火でもって悪魔であるアルテッツァの指は焼かれる。

焼けたような匂いがし始めるといよいよネイサンは目を覚ますのであった。


「・・・・・・う゛う゛ん゛・・・・・・」


ネイサンが寝返りを打つも、アルテッツァは結界に触れるのを止めない。

繰り返し結界に侵入を試みる事で、僅かに結界に綻びが生じ始めているのだ。


「・・・おい・・・アルテッツァ・・うるさいぞ・・・」


不意にネイサンが声を上げるとアルテッツァに向かって手をかざす。


「・・・・・・あっち行ってろ。守護稲妻クロイツブリッツ・・・・・・」


ネイサンがボソリと呟くとアルテッツァが瞬間的に感電する。

寝ぼけているため加減らしい加減もしていないが、中級魔法程度で死ぬアルテッツァではないと知っている。


「うぐっっ・・・・この痺れさえも愛しい・・・ああ・・・ありがとうございます・・・・」


主の愛の鞭こそ大悪魔アルテッツァの喜びなのである。

全身に生じる痺れさえも喜びを感じるほどのアルテッツァの心酔ぶりである。

何が彼をこうもかき立てるのか。


AM7:50。

余りの寝苦しさ故、少し早めに起きてしまったネイサンは眠いまなこをこすりながら寝具をたたむ。


(これは、前世からのクセだな・・・)


ネイサンは生前、床に布団を敷いて寝ていた名残かメイドがこの後全てをやると分かっていても寝具を整えてしまう。

何かのきっかけで怪しまれないかとは思うのだが、それがバレたところでなんになるのだ?とも思うのであった。

すると、執事のスチュアートが部屋のドアをノックし入ってくる。

スチュアートは白い髪をきっちりと撫で付けており、長身でしっかりした壮年であるが威厳のある様子だ。

バトラー兼ハウス・スチュワード兼ランド・スチュワードをしている彼はブラデネル=ブルース家にとって頼りになる存在だ。


「おや、ネイサン様お目覚めでしたか、お早いですね。」


「うん。おはよう。スチュアートさん。アルテッツァがうるさいから起きちゃったんだ。」


ネイサンはアルテッツァをジロリとにらむとふうっと息をつくのである。

そして、スチュアートはその微笑ましい様子にクスリと微笑むのであった。


「ネイサン様は世界に愛されております。そちらの大きな悪魔にも愛されるのは最早必然かと。

一時間後に朝食でございます。

私の愚息を向かわせますのでお着替えを済ませてからどうぞ1階までお越し下さいませ。

息子に追々はバトラーも任せたいと思っております故、あの堅物な息子もネイサン様の元で少しは使えるようになれば良いのですが・・・

どうか息子をよろしくお願いいたします。」


スチュアートはそう言って綺麗にお辞儀をすると部屋の扉を閉めた。


「・・・世界に愛されているって何だよ・・・・

それと、着替え位自分で出来るんだがなあ・・・」


「そうです!ネイサン様のお着替えは私が!!!」


少しと言わず、大分暑苦しくなったアルテッツァを横目にぞんざいにあしらいながら眉をひそめる。

ネイサンは自身を神にでも出会ったように見てくるアルテッツァに溜め息ををこぼすのであった。


(なんでこいつこんなんなの??大悪魔なんだからもっと威厳のある・・・そう、スチュアートみたいなのがほしかった・・・)


コンコンというノックが聞こえ、一人の若い男が入ってくる。

悪魔であるアルテッツァを一目し、顔色一つ変えずにこちらへお腹に手を当てスッと一礼をするこの男はスチュアートの息子であるスペンサーだ。

少し前にスチュアートに連れてこられた新入りの使用人である。

執事の養成学校に通っていたが最近卒業したのだ。

由緒ある大貴族ブラデネル=ブルース家に昔から仕えているのが彼らエインズワース家であり、彼らもまた代々続く高級使用人の家系なのであった。

使用人の頂点であるランド・スチュワードは代々エインズワース家が務めており、その名誉と誇りを旨として有能な右腕としての地位を確固たるモノにしている。

「献身」と「有能」で有名なエインズワース家に生まれ、貴族に仕えるのが彼らのプライドであった。

スペンサーは威厳のある父の風格をそのまま受け継ぎ、生真面目そうな美男子であった。

艶やかなダークブロンドの髪を左右に撫で付けきっちりとワックスで固めている。

この手のタイプはどうも苦手なネイサンなのである。


(・・・・なに、イケメンしか居ないってこの世界俺に喧嘩売ってんの。

そもそもこれが普通レベルの顔って事か?

欧米風の顔だし普通の日本人だった俺には全部よく見えるってか?

ラノベによくある美女に囲まれるハーレムはどうした?イケメンなんてお呼びではないのだが?)


「・・・・家令(ハウス・スチュワード)に言われまいりました。ただいまよりネイサン様の近侍(ヴァレット)を賜りました。なにとぞよろしくお願いいたします。」


近侍(ヴァレット)となったスペンサーは業務に忠実且つ、恐ろしく神経質な男であった。

彼は己の仕事を完璧に執行することが己の責務であると考えていた。

それを邪魔をする者はどんな存在でも許さない。たとえそれが主人であってもだ。


「・・・ああ、よろしくスペンサーさん。あ、あと僕は自分で着替えられるから着替えの手伝いはいらないよ。」


ネイサンがそう言うとスペンサーは正気かとでも言うかのようにネイサンを目を丸めて凝視する。


「ネイサン様、(わたくし)はネイサン様の身の回りのお世話をさせていただくのが我が責務で有り、それが仕事にございます。

大変勝手ながら、それは何にも阻むことが出来ぬものであると愚考しております。それを止めよと?」


「・・・・あ・・・いや・・・でも、僕、着替えくらい自分でやりた・・『ネイサン様・・・何かおっしゃられることが・・?』


「・・あ、いや、・・・・うん・・・とても助かるよ・・・スペンサーさん・・・」


「私のことはスペンサーとお呼びくださいませ。」


「・・・・うん・・・・スペンサー・・・」


ネイサンは思わぬ圧の強さにネイサンは頷く他なかったのである。

この堅物がずっと傍に居ると思うと溜め息を隠すことが出来ないのであった。



♢♢♢



朝ご飯を食べ終わった後、アルテッツァを従えて屋敷の裏にある森へネイサンは歩みを進めていた。

ここ最近自覚したことだが、何やらネイサンは父であるナイジェル、母のセシリアとは血がつながっていない様であった。

生後間もない頃にこの裏山に捨てられていたところをセシリアが拾ったのだという。

幼い容姿から4歳にもなると顔立ちがはっきりしてくる。

そこで自分があまり父や母に似ていないことが顕著になり始めたのだ。

身体は子供でも中身は40近いただのオヤジである。

思春期のように思い悩むこともなくただ事実として受け止める以外に特に気持ちの変化はなかったが、転生したときの記憶も割とはっきり覚えている自分である。

血がつながっていないからといってないがしろにされているという訳ではないし、むしろどこか信仰されている気配さえあるくらいだ。

だが、自分はどこから来た?と言う漠然とした疑問が生じるわけで、この裏山に来れば何か分かるのではないかと安直ではあるが足を向けたわけである。

そもそも自分に親が存在するのかとか、妙に成長速度が速かったり、他人より魔力保持量が多かったりすると、あれ?僕、人間?なんて馬鹿な疑問を真剣に持つようになった。


(・・・・いつから人間だと錯覚していた?・・・なんてな・・・)


そうなのである。ネイサンは今4歳、だが4歳しては身体が大きい。

考えてみれば言葉を話すのも歩き始めるのも早かった。

当初は中身が大人(おっさん)なのでそういう意味で人より早いのは当たり前かと思っていた。

だが、転生の瞬間のあの女神様に会った時のことを思い返してみると、身体に何らかの力が流れ込むのを感じていた。

空間に浮かぶオーブのようなものが身体に複数入った。

あれが何らかの影響を身体に及ぼしているとしたら、「あれ僕ちゃん化け物じゃね?」という冗談でも笑えないような懸念が生まれるのも必然であった。

暫く森を歩いていると微かな光が視界の端を横切ることが多くなった。


「・・・・ねえ、アル、このキラキラしたのは何だろう?」


アルテッツァというのが長いので唐突に略してかの大悪魔に話しかける。

悪魔は主人の意をくんでか斜め後ろから付いてきていたのだ。


「・・・はっ。これは精霊の類いかと。彼らが羽ばたくと精霊の粉が落ちるのです。

低級の精霊ですのでその姿は小さく、形さえ定まっていないことも多い。

姿は見えず、粉だけが反射して見えるのでしょう。」


「・・・・ふーん。精霊か・・・・。魔法使いとしては知り合い程度にはなりたいなあ・・・」


アルテッツァはネイサンのそのつぶやきに瞳をギラつかせた。

我が主は精霊の加護をお望みであるのだ。高位の精霊からの加護を受ければ主人にも箔が付くというモノだ。

そうアルテッツァは不敵に笑うと彼の眷属である悪魔に何かを命じた。

そのアルテッツァの命令が思わぬ出来事をもたらすのだがその事をネイサンは知るよしもないのであった。





それは太古の昔。一つの奇跡が天からこぼれ落ちた。


あるモノはそれを光だといい、あるモノは恐怖そのものだと恐れたりもした。


その雫は気が遠くなるほどの歳月を経て世界を奇跡で満たした。


奇跡が世界を満たした頃、神々は世界に一人の女と一人の男を創造した。


人が生まれると太陽が昼をつれて、月は夜を連れてきた。


光あるところに闇は生まれる。


次第に人は「死」と出会い、流れる旅路の中でそそのかされては命を落としたりした。


その頃、死んだものの行く国、冥界が出来た。


天使と悪魔もまた生まれた。


世界は神の祝福によって緑に満ち、その原初の森には強い生命力にあふれそこから精霊が生まれた。


森の小枝から木霊、零れ日から光が、影から闇が。豊かな雨が降れば水が、怒れる山から火が。


総じて派生して生命力の欠片から精霊が無数に生まれ時の中で育まれていった。


斯くして世界は徐々に今ある形へと収束していった。


「奇跡」それがなんなのか、誰も知らない。


人はそれをただ魔の法と、「魔法(まほう)」だとそう呼んだ。


いうなれば世界に満ちた奇跡に呼びかける力、まごう事なき魔法の力。


しかし、これはどんな者も扱うことが出来るほど簡単ではなく、ある特殊な者だけが行使できる特別な能力であった。


人はそのもの達を「魔法使い」尊敬と畏怖を込めてそう呼んだ。


そのもの達は常人ならざる法を使うからか何年も年をとらなかったり、ひどく長命であったりするものもいた。


彼らの作る薬は万能薬。良薬にも毒にもなった。


故に彼らは表舞台にはめっきり姿を表さずひっそり暮らすようになったのだ。


彼らは優れてはいても万能ではなかった。大きな力の渦の中、争いに巻き込まれることも少なからずあったのであった。


希少価値の高い奇跡を人は羨みそれを欲しがった。


それを科学の力、人の世の理に当てはめて奇跡を真似る(すべ)を確立した。


人が人たらしめる一つの理由、その大きな適応力と思考力が彼らを奇跡へと近づかせた。


魔法を真似る術、「魔術(まじゅつ)」と次第にささやかれるようになったのであった。


魔法と魔術似ていても確かに違う。


ネイサンはまだ知らない。奇跡に愛された御身の力を。



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精霊は噂がすき。風の噂はすぐに広まるものだ。

ネイサンの周りに集まる小さな隣人はしきりに羽ばたいては煌めく粉をまき散らす。

次第に彼らの世界に誘い込まれていくのであった。


「・・・ねえアルテッツァ。なんだかさっきと雰囲気が違うと思はない?

もっと空気や世界そのものが澄んでいるというかさ」


「どうやらあちらの世界に招かれたようですね。ククク。

精霊の国【常若(トコワカ)の国ティル・ナ・ノーグ】または【エルフハイム】、【楽園】とも呼ばれる場所へと・・・ね。」



初めは光。

その後感じたのは豊かな緑の深い匂いと穏やかな力の流れ。


『ようこそ、神の祝福(タルイス・テーグ)。金色の子。

神に愛され、ヘラクレスの運命を背負いしものよ。』


余りにも強い光に目が眩んでしまう。


「・・・誰ですか?眩しくて何にも見えない・・・」


『見るのではないの。私たち精霊を見るにはね。目以外の様々ところで感じるのです。

感じて、穏やかな力を。

光の暖かさ、翼のきらめき、風の流れ、日の柔らかい香りを。』


春のような優しげな女性の声にネイサンは目の前に大きな力が存在するのを感じる。

ああ、まるで零れ日の中でまどろんでいるときのような。

力の流れが感じられる、次第にそれか形をなしていくのが分かった。


「・・・・よく、出来ましたね。力を感じ、それを心で見、大きな器で受け止める。

魔法とはそういうものですよ。魔法とは難しいようで難しくない。簡単なようで簡単ではない。

曖昧でいて明確。貴方の心の自由が形作るのです。」


「うーん。よく分からない。でも力の流れやそれを目視する感覚はつかめたよ。

ところで貴方は?俺のことを知っている?」


ネイサンは太陽の燃えるようなオレンジ色の髪をした美しい女性を見上げていた。


「私は精霊。曖昧にして明確な者。

東洋では鳳凰と言われたり、北欧ではサラマンダーと言われたりもしますわ。

総じて火を操ると言われていますけれど、それは私の力の一端いすぎませんわ。

大きな力を持つ精霊とは自然現象そのものであったり、古の神々が卑小化された姿だったりしますの。

いうなれば日差しに準ずる自然現象そのもの、と言う事ですわ。」


「・・・・なんだかとっても凄そうだね」


ネイサンはナチュラルにドン引きながら、唇の端をひくつかせた。

なんだか本当に魔法の世界に来たのだなあとしみじみと感じさせる。

怖いような、ワクワクするような複雑な気持ちがしている。

元の世界では何の力も無いただの人間だった自分が、急に大きな力を手にしている、または接しているという現実があまりにも怖い。


「ふふふ。貴方のその傍仕えの悪魔が(わたくし)をけしかけるからですわ。

何やら大きな力を持っている様ですし、どんなお方か見に来ましたの。

そしたらこの子達が楽しげに噂をしているでしょう?神の祝福(タルイス・テーグ)が来たって、ね?」


「私は眷属に大きな力を持つ精霊を連れてきなさいと言っただけですが?」


「あの、そのタルイス・テーグって何ですか?金色の子とか、ヘラクレスの運命とか・・・・」


なんだか不穏な言葉が並ぶ中ネイサンはこの先、平和に過ごせるのだろうかと不安に思うのであった。

















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