地球 京葉線 蘇我行き
サファーラは地球人の大聖にもわかるように、とても丁寧に説明した。
ここ地球というところは、飛鳥國の最南端である端南の惑星から一万光年も離れた、銀河系でも諸国のはざまにある、浮島みたいに孤独な場所にある、いわば辺境の宙域だ。
銀貨系に存在する無数の国家のほとんどは、星の密度が高い銀河系の「腕」にそって発展をしており、ちょうど太陽系があるあたりは若干星の密度がかすれぎみになる中空に浮いたような場所であるがゆえに、リゾート開発的植民の影響はあったが諸国が領有するまでには至らなかった。
その各国の植民から、各地に文明が花開いた惑星が地球だ。
以来、表立った宇宙的紛争はなかった。
しかし、今になって飛鳥國がその領有をハッキリさせたのだ。
政策を主導して、自由な領域ではなくなった。
それによって、この太陽系周辺の宙域に近い諸国が表立って攻撃してくるおそれがある。
諸国とはなにか。
飛鳥國に対抗できるほど広大な領土を持つ「恩来共和国」。
共和国党政権であり、一党独裁制の国家である。人々は略して「恩来国」と呼ぶ。
領有する領地は500億個程度の惑星やコロニーだ。
地球の黄河文明の発生は、その恩来国の植民によるものだった。
漢字文化が日本に渡来したということになっているが、これはそもそも飛鳥國と恩来国が漢字文化を共有しているのが由来であり、地球で漢字が伝わってきたわけではない。
もともと漢字文化が派生した国家がそれぞれ植民した結果だ。
他にもインダス文明の発祥させた「マツヤ帝国」、メソポタミア文明の発祥「大アヌンナキ国」、エジプト文明の発祥「ラー帝国」、ギリシャ文明の発祥「クロノス」、ケルト人の発祥となった「ドルイダス」さらにはミノア文明発祥の「クレタ」など多くの大きい国家が存在していて、それぞれにこの地球に影響を与えている。
以上の大きい国家はもちろんのこと、他にも多くの文明国家、地球には植民をしてない国家、惑星単独の、または宇宙航行して独立国家となっているコロニーや宇宙船など無数にある。
「そういう国家がいつ攻撃してくるか、不安はあるわ」
舞浜にむかう京葉線の車窓には工業地帯の風景がとおりすぎていく。
ゆきんこは座席にひざを立てて窓を眺めている。楽しそうだ。
「でも、飛鳥國はすごいんだよね?」
大聖はゆきんこの隣に座っているが、説明しているサファーラとラミットは二人の真ん前に立って吊革につかまっている。
「ええ、すごい勢力です。この銀河で対等に戦える国家はおそらくないと思います」
サファーラは携帯端末のディスプレイに銀河系の全体図を表示させた。
銀河系の中心から、まるで羽ばたく不死鳥のように、飛鳥國の領土が赤く示された。
広さとしては銀河系の4割近くを占有しているように見える。
「南に広がってるのが恩来国です」
なるほど、飛鳥國ほどではないが広大な領土だ。
「もしこの二国が争えば、銀河系は瓦解するでしょうね」
「サファは怖いことを言うよねえ」ラミットがあきれたように言う。
「この地球っていう星は、大聖飛鳥様の故郷だから領土になりましたが、立地的には恩来国の影響が強い宙域の真っただ中にあります」
ピコピコと地球が示される。なるほど、飛鳥國からはだいぶ南にずれている。
そして恩来国に飲まれそうなところに地球はあった。
◎◎ ◎◎ ◎◎
恩来国の地方宙域。
その宙域を担当する共和国党の「西方地区委員会」は騒然となっていた。
突然、飛鳥國が大きく南方に進出してきた。
今まであらゆる国家が低いレベルで植民をしているだけの、連携のとりづらい辺境の一惑星にどうして飛鳥國がこれまでの長い歴史の沈黙を破って領有してきたのか、まったくわからなかった。
要塞化するのかもしれないし、大量破壊兵器を設置するのかもしれない。
あらゆる予測がなされたが、そういう悲観的観測こそが紛争のきっかけになることは歴史の必然だった。
地球において核の抑止力という発想があったことからもそれが裏付けられる。
恩来国は、どうしても地球から飛鳥國を駆逐したいと考えた。
しかし正面だって飛鳥國と交渉をするにしても膨大な時間がかかるだろうし、また紛争をするにしてもこの辺境のいち惑星のために多大な犠牲を払うことになれば、あまりにも割が合わなさ過ぎた。
我々地球でいうならば、北方領土や尖閣諸島などの外国の実効支配に対して即時紛争を起こすのではなく、あくまでも対話で解決を図ろうとしているのに似ている。
しかも広大な宇宙からいえば、地球なんていう惑星は何の価値もないのだ。
地球は恩来国の西にあったが、メソポタミア文明を発祥させたシュメール人たちの元祖となった「大アヌンナキ国」の東側にも位置する。
アヌンナキは地球の飛鳥領有化にあまり干渉する意思はないようだが、その文化を流れを組む民族主義の惑星は近辺に無数にある。
これらは大きな銀河系政府による統治を拒否し、惑星ごと、あるいは惑星の一部の地域で独立する国家だ。
それらは未熟な惑星として各大国からは見向きもされなかった。以前の地球もそうだ。
「ミクトレス連合」もそのうちの小さい国家のひとつだった。
一神教ミクトレスを究極とするがゆえにアヌンナキの統治には参加せず、また異教徒を認めない惑星であり、男尊女卑を旨とする文化の惑星だ。
アヌンナキは自国の統治宙域下にある惑星のひとつが独立を保って存在することに干渉しない。
アヌンナキも似たような文化や宗教はあるものの、ミクトレス連合のように異教徒を虐殺するような過激な政策はとらなかったのだ。
むしろ、ミクトレス連合みたいな過激派国家などと関係を持とうとさえしなかったのである。
今でもずっと国交や貿易は皆無であり、ミクトレス連合も外来人を受け入れないのである。
恩来国は、この過激な惑星国家に目を付けた。
傘下の属国に「イデアン・クッカ」がある。
そこからミクトレスに兵器の供与や物資の莫大な援助を申し出させたのだ。
莫大な物資は恩来国からイデアン・クッカへに納入され、手数料をさしひいてミクトレス連合へ贈られる。
イデアン・クッカはミクトレスと唯一といっていい盟友関係となる。
そしてどのような時代にも、崇高な思想を持った組織であっても、地位や権力、そして莫大な財産に目がくらむ人間はいるものだ。
異例の援助案は受け入れられ、他惑星にもミクトレスが広まる時が来たとばかり喜んだ。
そして恩来国の工作員はイデアン・クッカにこう要求した。
「地球という、なにもない惑星だが、これをミクトレスに領有してほしい」
飛鳥國に紛争をしかけるということは、国家の存亡が危惧されるはずだ。
しかしそれを厭わないのがミクトレスの風土である。
平和と生命を軽んずる宗教の恐ろしいところだ。
純粋な狂信者たちを扇動するのはそれほど手間のかかることではなかった。
地球の堕落ぶり、宗教者による古典のこじつけにより、攻めるべき方向とあらゆるメディアで喧伝され、民意は地球占領へと高まったのだ。
そして地球から西へ数百光年にある惑星ミクトレスから、恩来国がイデアン・クッカに援助させた宇宙戦艦を旗艦とする艦隊と多数の揚陸艦、兵員5000万人が動員された。
「ミクトレスは偉大なり!」
聖戦の行軍の始まりである。