地球、本郷
よく考えてみたら自分が自由に使えるお金ってどんだけあるんだろう、って大聖は思った。
内閣府の首相補佐官だし、合衆国の大統領補佐官だし、それはすごい月給とかあるはずだ。
それに飛鳥國からもさらにすごいのがあるはずだ。
さっそく両親に問い合わせてみた。
まずは地球が連邦政府になったときに、補佐官の職は日米ともに解任されてしまっていた。
なので数日の手当のみで、そんなに多くはなかった。
携帯端末から端南にいる副官のぱいファンを呼び出す。お互いの姿と現在地などが画面に共有される。
「ウェイ! タイセー元気か?」
ぱいファンはとても元気そうに話す。
「ぱいファン、僕の、お給料ってあるの…?」
おそるおそるきいてみる。
「あるヨ。当然よネ!」
「いくら…?」
そして飛鳥國の従六位下辺境守としての給料は。
なんと!
地球の年間実質GDPは5825兆4139億円。
端南は4京6603兆3112億円。
合計5京2428兆7251億円。
━━━その1%が大聖のお給料なんです。
「飛鳥円と地球円の交換レートはいろいろアルけど」
524兆2872億5100万円。が年棒です。と言った。
「は、はいい??」
「日給は1兆4364億0343万円になると言えますネ」
「…」
「どした大聖? 足りナイか? 増税スル?」
気が遠くなりそうだった。
…とりあえずお財布には必要なだけ入れておくことにした。
こうして大聖とゆきんこは、欲しいものや必要なものはなんでも手に入るのだが、護衛たちのおかげでどこに行くにも大げさになってしまうのには困った。
食事を終えて、一通り東京大学の施工状態を視察する。
野球場から根津神社はその敷地をフルに使い、宇宙航空研究開発機構が併設された「宇宙巡洋艦」が停泊できる港になった。これは後に不忍池や上野公園にまで広がり、1個艦隊が停泊できる規模になる予定だ。
安田講堂や三四郎池、御殿下などの外装は対空砲火施設が設置されて微妙に外観が変わっている。
法文館のあたりは、大規模な内装工事が施されて地下の増設がなされ、学び舎の他に飛鳥國の民部、治部、刑部、兵部各省の出先機関が設立され、地球と端南をつなぐ防衛や行政システムの構築がなされる。
周辺のあまり活気がなかった本郷通りや弥生町や西方、白山、向ヶ丘の街は一気に開発ラッシュ状態になって飛鳥國のハイセンスな集合住宅や商店が立ち並ぶことになる。
特に独特な情緒のある湯島周辺の人気は高く、飛鳥人がこぞって移住してくるようになる。
そのあと官用御車で首相官邸に行き、地球政府の報告を受けた。
今日はこれでもう夜になってしまう。
地球は大聖の願い通りにすべて取り組んでいた。
まず、あらゆる紛争は強引な武力介入によりすべて解決される。
中東の境界線決めはジャンケンで決まった。
アフリカ大陸の内戦はコインの表裏で解決し、東南アジアやロシアはくじ引きですべて解決した。
終わらせなきゃいけないと決まれば、意外と解決できるものである。
経済格差は劇的に縮まり、虐待や略奪などは10万分の1に減る。
社会福祉は世界共通の万全なものとなり、生活保護世帯は増えたが、世界的予算からみて余裕で賄える。
無駄な軍事費が世界各国で劇的に減ったからである。
地球連邦の各州の代表、つまり世界中の首長があつまる晩餐会に大聖とゆきんこは参加する。
各国の首長が来日しており、東京の街は厳戒態勢だった。
日本列島を航空自衛隊機が直接援護飛行をしており、空はごうごうとしている。
外出は控えるように都民に通達され、いたるところに警察官が立哨警備していて、歩行者をしつこく呼び止めて職務質問していた。
くっそ長い日本の首相の挨拶のあと、先進国の首長たちがスピーチをする。
国連総会でもこんな光景はないだろう。
なんせ会場の人々が全員、総理大臣や大統領、主席や書記長なのである。
今の大聖たちの警備担当は、二交代制でミク=サファーラ校尉になっていた。
ふわぁぁ。
ゆきんこが、とってもつまんなそうにあくびする。
大聖もつられてあくびした。
アメリカ大統領も日本の首相もロシアの大統領もここぞとばかりに自分をアピールしようと、それはそれは頭脳明晰な高官に原稿をつくらせて、とてもアカデミックな論陣を展開していたのだ。
つまらないものだが。
サファーラは、手を振ってスピーチを早めに終わらせるよう、大統領にアピールした。
大統領はものすごく残念な表情をして、早急にまとめに入って壇を降りた。
そんなこんなで1日が終わり、翌日。
公務は昨日で片付いたので、今日は目一杯遊べる日である。
大聖とゆきんこたちはまず大聖の実家へ立ち寄るために、宿舎である東京大学の安田講堂を出発した。
正門を出て、旧中山道を曲がって第六中学校の裏門を右手に過ぎてゆっくりと陽だまりを歩いていく。
交通は規制され、昼担当ラミット=パラ校尉率いる中隊200名と軽車両、陸上自衛隊の第1師団6300名が文京区全体を警戒していた。
白山1丁目のとてもせまい、ごちゃごちゃした住宅地の路地奥。
日当たりの悪い家が大聖の実家である。
1丁目町会の住民はすべて外出を規制され、歩行者は職務質問をうけた。
「これじゃ、家にも帰ることができないじゃないか…」
大聖はあきれてものが言えなかった。
それでも久しぶりに、なつかしい自分の部屋へ。
好きな漫画とアニメのフラッシュメモリーデータを官舎へ持っていくことにした。
ゆきんこは手作りご飯を食べながら、お母さんの膝の上で頭をなでられていた。
とっても幸せな時間を、わずかながら過ごすことができた。
「これ、よかったら使ってよ」
両親に昨日の分の日当の2%ほど━━━300億円━━━を通帳で両親に贈った。
もし現金だったらパレットで10枚、大型トラック一杯の現金になる。
うひゃあ! 両親は腰をぬかした。
それから、有名なリゾート遊園地へ行くことになっていた。
警戒区域が千葉県一帯に移行する。
「あの、ラミット校尉!」
大聖は移動する前にラミットにお願いする。
護衛が多すぎるので、2~3人だけにしてほしい、濃紺の軍服じゃなく、地球の私服に着替えてほしい、一般のお客さんの邪魔をしないようにしてほしい、移動手段は東京メトロを使う、という内容だ。
ラミットの動きが止まった。
「2~3人のみですか…?」わなわなと震える。
「そう、ゆきんこと僕とラミット校尉とあとひとりぐらいにして!」
「むむむ…」
「なんでむむむなのさ」
「…ムリっす!」ラミットは赤くなった。
「眠いんですけど…」
急きょ寝ているところをラミットに叩き起こされたサファーラが抗議した。
ラミットはスポーティにデニムの上下でバッチリきめて、サファーラは赤いワンピースとつばの広い帽子で真紅の長い髪にマッチした素晴らしい装いになっていた。
東大前駅の長いエスカレーターを下って、普通に南北線に乗り、飯田橋で乗り換えて新木場から舞浜へ移動する。
ゆきんこは普段あまり外出することもなかったし、今大聖と一緒にお出かけしてワクワクしてぴょんぴょんとスキップしながら鉄道の道のりを楽しんだ。
いっぽう、さっきまで大聖の警護で中隊と自衛隊との連携に必死になって指揮をとっていたラミットとサファーラは、意外と安全でのんびりした道中に眠くなってしまっていた。
「そもそも僕を襲うなんて、どこの国がそんなことするのさ」
大聖は今まで抱いてきた疑問をぶつけた。
「サファにまかせるよ、たのむよ」
「しょうがないわねえ」
サファーラは眠かったが、ラミットのお願いを聞いてあげることにした。