端南
銀河系にある恒星は1000億以上。
そこには広大な世界が広がっているにちがいありません。
さあ、無限にひろがる宇宙ですが、我々が行けるところまでは有限です!
それでも行けるところまでいってみましょう!
2016年12月2日。執筆開始です。
街道沿いに雑然と並ぶ露店、出店たち。
清潔感はあまりないが、活気が半端じゃない。
その男子中学生は、こういう賑やかなところが大好きだった。
故郷でもお祭りときけばそこへ行き、よく出店を楽しんだ。太鼓のリズムは心が躍る。
懐かしくもおだやかな視線で露店を見ては、ゆっくりと歩いていく。
無造作にならべられている骨董品の類に目をとめながら、たまにはそれを手に取ったりして、気に入れば衝動的に買った。
(ここは…巣鴨か浅草に似ているかもしれないな)
そう懐かしみながら露店をまわった。
荷物になるのは手間なのでなるべく小さい物を買ったが、それでも数を重ねればかさばる。
彼は何を買うにも直感を大切にしていた。
今回の一番のお気に入りは、小さなメダル。
対照的な六角形の彫刻、そして何語だかわからない文字がそのメダルのふちに刻んであり、ぐるりと一周している。裏にはそのわからない文字が数行にわたって刻まれていて、なんだかおもしろい。考古学的興味がふつふつとわいてくる。
(古代の文字だろうか。帰ったら調べさせてみよう。でも案外くだらない事が書いてあったりして!)
と大きすぎる期待を抑えながらも、未知への興味が抑えがたかった。
なんせ僕は今いろんな事が知りたいんだ。その未知への興味を満たすことが、とても大きな満足感と快感を得ることができる。
すべてを知れば、自分でも想像のつかない境涯に立つことができる――――。
それが彼の主義でもあった。
そして何よりも、彼はいつでもなんでも知ることができるのだ。そういう立場にある。
雲行きがややあやしくなってきた。道のはじに止められている官用御車を見つけると、扉の脇に、体格の割には小さめな手をかざした。
「この御車は、従六位下・城飯大聖・辺境守端南・飛鳥・新卒の指揮下に入ります」
と自動音声が流れ、運転席への扉が上に開いた。
官用御車はいたるところに設置されていて、本人の認証をすれば自由に使うことの出来る自動車だ。いわば国が用意した、乗り捨て自由なコンビニエンス・レンタカーシステムだ。
城飯大聖と呼ばれたその男子中学生は、事故が起きないようにゆったりとした運転で帰途についた。
ここは浅草でも巣鴨でもない。
地球でもなかった。
城飯大聖の故郷は確かに地球だが、それは一万光年先にあるはずだ。
「飛鳥國」の帝である「飛鳥女皇」より賜ったのは「飛鳥」というもう一つの名字と「従六位下」の位階、「辺境守端南」の官位と「新卒」という最低の軍階級。
そして領地としてもらったのが「地球」と今いるこの惑星「端南」だった。
大体の惑星にはそれぞれ行政システムが設置されているが、地球にはまだないので仕方なく僕はここに赴任しているというわけだ。
━━━そう、みんなの地球は、じつは僕のものなんです。
惑星管理システムはすべて「国府」に集中していた。ここから飛鳥國の支配を行政にいきわたらせるのだ。
惑星全体が国府というひとつの拠点で管理運営されている。惑星ひとつを管理するのだから、その敷地はどうしても大掛かりになってしまう。ここも例外ではなかった。
もうすっかり雨が降り出してきて薄暗い御所の中を、大聖は御車で検問をいくつも経て、仮住まいであり仕事場でもある「殿」へ帰ってきた。
「戻ったよ」
「おかえりよ、タイセー。御車はすぐみつかったか?」
カタコトの返事がきた。
「ああ、あそこはすごい賑やかな街だからな。官用御車もあちこちに用意されていたよ」
「へぇ。それはヨカタよー」
女性の副官である「ぱいファン」は緑の瞳を輝かせて、腰のありそうな張りのある黒い髪をゆらしていた。
ぱいファンはこの国出身の民族ではなかったが、強気だけど聡明で元気な女の子だった。
彼女は大聖にとって部下であり先輩だ。そして僕より1コだけ上の年齢。
地球だったら高校一年生のおねーさんになる。
ぱいファンは一流の公務員として家族の誇りを胸に職務に就いていたのだが、ある日いきなり飛鳥國から見ればド田舎の地球出身で年下の人間を上司にあてがわれてしまったのだ。
でもそれでも何かと世話を焼いてくれて、飛鳥に慣れない大聖をずいぶん助けていた。
日本のことなんか彼女はわからなかったが、そもそも飛鳥國が和の文化の発祥であったので話の理解は早かった。会話ももちろん日本語でおっけー。
飛鳥國の文化はそのまま地球の、日本という国に伝えられたからだ。
二人はしばらく出店市のことで雑談を交わした。
楽しく語る彼女の何気ない仕草は、非常に魅力的だった。特に太ももまで届くつやのある髪の毛がゆれると、ハープを奏でるように綺麗だった。
あまりに手触りのよさそうな髪なので、つい手で彼女の髪をとかしてみたくなるのだが、そこは上司と部下の関係だから、そういうことは気軽にできない。
「なにするか?!」とか言われて弾正台(貴族や役人を告訴するところ)に訴えられたら、いくら彼女が部下で上司の大聖が位階が従六位下の辺境守でも必ず処罰を被る。
かつて若き大貴族、アレ・ブリンド三位大納言は、自分の部下の女性に訴えられて、すべての職を剥がれ辺境へ遠流(ものすごく遠くへ移民させられる刑罰)されたことがある。
大納言といえば飛鳥國においては皇族かそれに次ぐ高位であり、手に入らないものはなく、領土は惑星やコロニーなどあわせていわゆる「郷」とよばれる土地は1万郷。総人口100兆人。その石高は1兆950億石である。帝国でも重要な政治家の地位にあり、擁する軍も300の艦隊と1兆人の兵と強大だった。宇宙広しといえども彼に逆らえる者などいるはずがなかった。物量のケタが違う。
ただ、お付きの女性武官のくちびるをやや強引に奪い、婚約者への操を失った彼女が自刃した時、それは驕りであることを思い知らされたのだ。
飛鳥女皇は即時断罪した。
飛鳥國は、女性上位社会といってもいい。役人はほぼ女性だし、貴族以外は男性は兵士など肉体労働に従事することが多かった。
そうやって飛鳥國は永きにわたって発展してきたのだ。
だからこその厳然たる公平さが、飛鳥帝国を栄えさせてきた要因であることは間違いない。
法の前では誰もが厳然と平等な国家なのだ。
大聖はもともと威張る性質でもないし、ぱいファンの上司に対する気さくなしゃべり方にも咎めることはない。むしろ、これまで一緒に仕事をしてきた彼女とは強い仲間意識があって、変にへりくだられると還って怖いくらいだ。
純粋に好きな仲間だからこそ、彼女を大事にしたいと思う。だからヘンなことなんてしない。
ぱいファンとの雑談は時の流れを感じさせない。
「あ、そろそろ行政の時間ヨ?」
雑談は楽しかったが公務が割り込んできた。
大聖は中学三年生だが毎日のように仕事をしていた。惑星の運用である。
二人はモニターへ目をやり、各行政官の現状報告に耳を傾けはじめた。
ところで、彼ら政治の中枢で全てを運営している者達に休日はない。
外出は自由にできるが行政の定刻までには殿に戻っていなくてはならない。実務的には末端の行政はそれぞれの地域で自治体があり、通常は数分に及ぶ現状把握とその対策の意見を聞き、あとは大雑把に指示するだけなのでそう時間はかからない。
つまり地球で言えばアメリカ大統領とか日本の首相とか国連事務総長とかの報告を聞いて、重大な案件がなければそれでOKを出すだけだ。
ぶっちゃければ誰でもできる仕事だった。
しかし大聖としては、いくら実働時間が少なくて作業が楽でも休み無く毎日行政に務めるのは楽ではないと思っている。
いや、休みがないなんて宇宙最大の非常識だ。働いているのは中学三年になる僕と副官は高校一年生の女の子だし。そういえば役人たちも若い子が多い。とんでもないブラック企業だ。
「僕が病気になったら、どうするんだい?」
ぱいファンにそうきいたことがある。
「わたし代わりヨ?」
「じゃ、二人同時に病気になったら、どうする?」
「行政は、郡の大領に任されるコトなるよ」
「大領?」
「…地元の、惑星民の行政官ヨ。つまり地元国家のエライヒトたちが勝手に政治をやるヨ!」
「じゃあ初めからソイツらに委任すれば、長期の休みがもらえるな?」
「あいよぅぅ…」
あきれぎみにぱいファンが言う。「あいよぅ」とはぱいファンの故郷の「呆れる時」の言葉だった。
各自治体に委任しっぱなしだと領主の怠慢ということで、太政官か弾正台より警告が申し渡され、それでも怠慢が続く場合、女皇直々の綸旨により領地をとりあげられたり罰せられたりするのだ。
「ていうことはぱいファンと一緒には、お出かけできないというわけか」
ぱいファンはとてもよく気が付く人で、本当に頼りになる。
彼女がそばにいてアレコレやってくれるのは実に楽で効率がいい。
「用事あって、いっしょ行く場合。届け出す問題ナイヨ! わたし、一応行政を指示できる「辺境掾」だけど、代わりにできる人が来ればまかせるイイネ! わたしも休める! 「辺境目」の行政官とか民部省の役人、もっと来るとイイネ?」
守、介、掾、目、は四官の位をあらわす。官職によって字は違うのだが、飛鳥國の官位には四つの位があるらしい。カタコトながらも、どこかのヘルプ機能なみにそう説明してくれた。
「でも惑星がたった2つ! 下下の領地ね! 女皇様からもらえる役人少ないネ! 今、国府を仕切ることデキルは、わたしとタイセーだけヨ!」
「下下の領地って…惑星2つも支配できれば、なんていうかスゴイとおもうけど?」
「んー。辺境守がたった惑星2つは、ひっじょ━━━━っに、少ないネ!」
透き通る白い肌を真っ赤にして言う。よっぽど稀なんだろう。
六位以上の階位は飛鳥國の貴族にしか与えられない。貴族とは血のつながっていようはずもない地球人の大聖だが、なぜか女皇から叙任されてしまっていた。理由は女皇しかわからない。
「しかも女皇様から直々(じきじき)に親授された、親舗あらせられた、それはそれは大そうなご身分とやらナノニ…なんでこんなに待遇が冷たいか?」
「そ…そんなに冷遇なワケ?」
「傍流の皇族が罰をうけて実刑判決くらったぐらいの寒いヨ?」
ぱいファンは疑惑の目でチロチロ見ていた。
「わたし前にいた星、飛鳥の都から近かったよ! 領主様、あの西方鎮守府将軍ぜんざい飛鳥様ダッタヨ!」
緑の瞳は憧れに満ち満ちてウットリと話し出した。
「ぜんざい様、トテモ麗人ダヨ! 身長がスラッと高くて、栗色の短い髪がよく似合って、そのお声は勇ましくてキレイで、賊との戦いで、敵とかめっちゃ倒した軍神ダヨ!」
「麗人…て、女性?」
「そうよそうなのヨ…! でもでも、そのへんのボンクラ貴族ちがう、それはそれは憧れる勇ましさネ! 男どもなんか近寄れないヨ!」
どんどんあがっていくぱいファンのテンション。
「まさに殿上人アレネ。身分も従五位下・西方鎮守府将軍とかトウトイある、よきある、分かりがアル!」
「ど、どうした?」
「わたし、惚れまくりヨ! んで、ぜんざい将軍、惑星を2000個も領地もってるヨ!」
「2000も!」
「東方鎮守府将軍のフォーティア飛鳥様、1200個ぐらいアルヨ!」
「1200って、2000に比べれば少なく聞こえるけど…凄いぞ、そんな領地」
「タイセーは?」
「ん、まぁ、2個かな?」
「2個ヨネ…」
「でも、上には上がいるものだ。きりがない。僕は2個で十分」
と、そう言いながらも600倍の差は少し気になった。
休みのない仕事が二つあって、それをかけもちしなくてはならない。
領地の経営と、子守り。
だから、飛鳥國にはおもしろい疑似体験装置━━━ゲーム機のスゴイやつ━━━が星の数ほどあるらしいが、それで遊ぶ時間はほとんどない。不満だ。
何回かプレイしたことがあるが、重力下戦闘機体感シュミレーターはGや遠心力も本物と変わらず五感で味わうことができるし、戦略シュミレーターでは、実際に自分の言葉で指示を出せば、どんなことでもちゃんとした対応をする。
一回シャレで「市街地の銀行を襲え」と歩兵に命令したらそのまま実行し銀行を破壊するし、「すべての市民を抹殺せよ」と言ってみると、後悔する結果が眼前で繰り広げられた。
調子に乗って「非戦闘員をモヒカン刈りにせよ」という命令までも無情なまでに実行されたが、結果的に戦勝国にもかかわらず軍事裁判にかけられ、処刑されるシーンなんて本当に失神するところだった。
各自治体はさして変わった報告もなく退屈ぎみだったので、大聖はそんなことを思い出していた。
そのうちに行政会議も終わり、ほーっとして湯のみの飛鳥産ほうじ茶をすすっていると子供の手が大聖の袖を引っ張った。
はっとして見ると黒髪をおかっぱにして腰まで長くのばした華奢な幼女が、一生懸命くいくいと袖をひいて、何かを訴えている。
ぱいファンよりも肌が白くて、髪が長いおかっぱで白い肌と黒い瞳なので、いつ見ても「ゆきんこ」(雪の子)だと勝手に思う。「座敷わらし」じゃ、ちょっとイメージが違う。
大聖はもう三ヶ月もこの子と一緒にいる。
「ゆきんこか。会議はおわったよ。なにがしたい?」
大聖は本当の名前で呼ばず「ゆきんこ」の愛称で彼女を呼んでいた。
ゆきんこは黒い瞳をにっこりと嬉しそうにすると大聖のひざに登って、すわった。
「・・・・・」
ゆきんこはにっこりとして、微笑んでいるがなにも喋らない。
「ゆきんこちゃんネ! おねーさんと遊ぶか?」
ぱいファンもこの子の世話をよくしてくれていた。
「ねえ、タイセー。ゆきんこちゃん、あなたの子供か?」
「うは! ちがうって! ある人のご息女で、しばらくお預かりすることになったんだってば!」
「ふーん。もう三ヶ月たつ、そろそろ親元へ帰る良きよ?」
「それはまだできない。僕の二つめの、休日のない仕事さ」
帰せるものなら帰したい。しかしまだそれができない理由があった。
「んで、その人ってダレヨ?」
「ん、んんと」
「そいえば、いつも着ているこの服とか、これ相当お高いヤツよ?」
ぱいファンがまじまじとゆきんこの服を品定めする。
水干ふうの上下は緞子づくりで、純白ながらも天上の「飛鳥文様」がほどこされていて、ぱいファンの長い役人生活の中でも今まで見たことがないものだ。
「まあなんだ。知らない方がイイコトだってあるよ」
大聖は嘘もつけずにお茶を濁した。
この子を一般人として育ててください、と命令されているからだ。
「そうだ、ゆきんこ。これから地球へいってみるか?」
「えっ、大聖地球へ行くの?! 何しに?」
ぱいファンが不満そうに言った。
ゆきんこはこくこくと喜んでうなずいている。
「僕も久しぶりに家へ帰りたくなったのさ」
「あいよぅぅ…」
仕方ないわねぇ、という表情でため息をするぱいファンを見た大聖は、許可してくれたと思って少し安心した。
地球には以前から異星人が住んでいた。
それを聞いた時、あまり驚きもしなかった。
UFOらしきものもなんとなくではあるが見たことはあるし、オーパーツというものが世界中にあちこちある。エジプトのピラミッドをはじめインドの叙述詩ラーマーヤナ。ナスカの地上絵。火星や月の建造物など。
世の中の不思議に魅了されていた彼は、見たり調べたりして未知への憧れを抱いていた。
でもまさかこういう形で真実がわかってしまうとは思わなかった。
この地球の領主になるまでは、普通の中学二年生だった。
普通に学校に行って帰宅して、程よい疲れのなかで眠りに落ちた、いつもの夜。
世界が平和であればいい。
一切の生命が穏やかであればいい。
そう夢に聞いた声、「飛鳥の女皇」と名乗る女性から聞こえた心の響き。
そして導かれるままに心をかたむけた。
寝ているか起きているかわからない状態が続いた。
しばらくして、ゆっくりと言われるままに目をあけた。
なんと、そこはもといた自分の部屋ではなかった!
どこかの宮殿にいる…!
そこには赤ん坊を抱いている女性が一人、いた。
お母さんは「飛鳥女皇」、赤ん坊は「みゆき」という女の子だという。
「この子を、普通の子供として、育てて下さい」
なんということか、その赤ん坊を僕に手渡す女皇。
僕は一瞬にして真っ白になった。
もともと自分の部屋に寝ていたものを一瞬にしてどこだかわからない宮殿に連れてきて、みずしらずの女性にいきなり赤ん坊を育てろと言われるこの状況。
さらに女皇は、とんでもないことを口走った。
「あなた方が地球と呼ぶ惑星には、十万年前から他の星の者が住んでいました」
いつもの駅前でこう話しかけられたら。ただの気の毒なヒトと思うのだろうが。
いきなり自分の部屋から連れ出されて、信じられない壮大なものすごい宮殿にいて目の前の女性がちょっとアレな気の毒なヒトだとは思えなかった。
銀河系は無数にある。もちろん生物の生存に適する惑星も、無数にあるという。
納得できない話じゃない。
この星にはじめてできた人類は王国を持った。大和だという。
初代の天皇は飛鳥を名乗った。女帝だ。
もちろん、地球のハナシじゃない。今の都の「惑星飛鳥」のコトだ。
古い歴史のなかで人々が血を流し、民は苦しんだ。
大和の人々は本当の悪が、争いだということに気がついた。
人類は初めにできた王国「大和朝廷」を仰いで、戦争や悲惨をこの世から一掃した。
戦争という無駄なことに力をそそぐ必要がなくなった人類は、飛躍的な発展をとげる。
ついに大和朝廷の飛鳥帝は武力によらない大統一を果たし、惑星をまるまる一つ、国にまとめてしまった。
そのときより国号も飛鳥と変え、超国家飛鳥は、長い長い平和の時を刻み始めた。
飛鳥國は11111代続いた。代々女性が帝位に就き、女皇となった。
その間には宇宙に進出し、資源をあつめ、生物が住めそうな惑星に移民をし、豊かな宇宙帝国となっていった。
地球は、めずらしい星だという。
飛鳥が移民しなくとも、もともとそこには人類というものが誕生していたからだ。
その地球に飛鳥國人が移民するとはいえ、原住民を殺戮するのは、もはやこの頃の飛鳥では考えられない重大犯罪である。
そこで飛鳥は早く地球が立派な文明をもてるように、指導者を送った。
まだ狩猟で暮らしていた原始人のまえに、神とおぼしき「飛鳥の役人」が地上に舞い降りた。
地球人は天より来た神に従い、祈り崇めた。
飛鳥は地球に文明をおこしたのだった。
しかし、地球に指導者を送ったのは実は飛鳥國だけではなかった。
他の勢力も隠密裏に指導者を送っていたのだった。
結果、地球の各地でまるでちがう文明が花開き、争い、滅び、その跡をとどめたりしていた。
日本は飛鳥の役人が統治した。インド、アフリカ、ヨーロッパ、中東、中南米などには他の国家勢力からそれぞれ独自に指導者が送られたのだった。
その国々に残る古い不思議な遺跡は、その時に送られた指導者による記念碑だという。
要するに、ここを支配するのはわが国家とばかり、大きな建造物を競うように作ったのだった。
あらゆる勢力は、宇宙を舞台に戦争をしようとは思わない。
もし自分の国の宇宙戦力を動員すれば、強大な飛鳥國と深刻な紛争になるからだ。
よって各勢力は地球上で「地球人として」争うことにしたのだった。
そういうわけで、わが地球は目立たないような「異文明同士が争う歴史」を繰り返してきたという。
広大な領地をもつ飛鳥國の人々には、都より何万光年も遠く離れた辺境の開発区のような「地球」の支配権なんてどうでもよいことであった。
地球にとっては血の歴史であっても、飛鳥にとっては、遠い森の動物達が騒いでいるに過ぎない。
あえて干渉に及ぶ必要はなく、今に至るという。
しかし女皇は、人を探していた。
しかも女皇には時間が残されていない。
必死で意識をめぐらせているうち、これはという男を見つけたのだった。
「それがあなた、大聖」
「・・・・・」
黙るしかなかった。
かけがえのない地球の大いなる歴史が、いきなりどうでもいいようなスケールで語られ、ただなんとなく選ばれて、悪く言えば突然拉致されたのであった。コメントのしようがない。
「この子が育てば、多くの人々が、末永く幸せになれるのです」
…色々ツッコミたかったが。
僕、フツーの中学生なんだけど。
独身の僕に新生児っぽいコを預けるとか、どうなんだろうか。
ここがどこかすら、わかってないし。
まて、この女皇とやらは、子連れで再婚希望か? 僕初婚で子連れの嫁?
てか、子供育てるなら、施設とか保育園とかあるだろう?
そもそも、育つと多くの人々が幸せってなんだ。
他の子じゃ、だめなんだろうなぁ、っていうか末長い幸せってなんだ?
「いろいろ、不審に思われているようですね…?」
女皇は、にっこりと微笑んだ。
「あ、あの」
「…わかりました」
女皇はそう言うと、じっと僕を見た。
それで、こうのたまった。
「あなたに、地球を差し上げます」
わぁい。
「・・・・・」
…んなわけねぇ。
…んなわけねぇーです!
女皇は目を細めて、じーっと凝視している。
まるで、疑っているのか、とでも言いたげです。
「…では、あなたが、地球において、叶えたいことを言ってください」
叶えたいコトだって。
どうするよ…おい?
「…よし、ではまず、世界中で繰り広げられている戦争は、即時停止ね」
「はい」
「はいって、まだ世界では200以上もの戦争が…」
「そのようですね。困ったものです」
平然と回答かよ。
「そ、それと…月々の国民健康保険が高すぎるし、国民年金も払ってらんない。大体、もらえないだろ?」
「あなたがたの星では、まだそんな程度なんですね」
「それと! 世界中で飢えているヒトに食料を!」
「はい」
「温暖化も止めないとね。有害物質使用禁止ね」
「はい」
……できるわきゃねぇし。
「余計な国の財団法人が多すぎる。いらない組織は減らそう」
「はい」
「原油高で多くの人が困ってる。一部のヘッジファンドは儲けすぎだ」
「はい」
「近所にハンバーガー屋さんがない」
「はい」
「あとお小遣い欲しい」
「はい」
「給仕してくれる若い女性。ショートカット希望」
「はい」
「・・・・・」
「もう、ないのですか?」
「んん。世界中の人が笑って暮らせるといいな!」
「はい」
「ハイハイって。もうこれ以上なにもないぞ?!」
「そうですか。わかりました」
「わかったっつったって…」
「あなたの部屋に帰します」
そう言うと、どこからともなく女性が近づいてきた。
「大聖殿。お部屋まで送ります。こちらへ」
といって、退室を促した。
見知らぬ宮殿は広かった。
まず、黒塗りの車っぽい乗り物で40kmほど移動したと思う。
でも1分もかからなかった。それほど早い車だった。
着いた場所にあった乗り物は、水滴を横にした形。表面は磨いたステンレスのようだ。
鏡面仕上げでピカピカだ。
側面のドアが開いた。
案内してくれた軍人ぽい女性が運転するらしい。
なかは普通の車とあまり変わらない。
後部座席に深く腰を下ろす。
一瞬、ふわっとしたかと思うと、なんとなく前進しているような気がした。
今この不思議な乗り物を運転しているのは、案内してくれた、女皇の側で仕えている女性だ。
グレーのショートカットで、どこかロシア人っぽい。
妙に気になって、すこし話してみる。
「…君の名前、聞いてもいい?」
「シャリアパース飛鳥です」
「へえ。いい名前だね。やっぱり、あの、女皇のところで働いているの?」
「ぷっ」
思わず噴出したという感じ。
「なにか、おかしい?」
「いえ。右近衛大将・検非違使の別当です」
「うこのえ。検非違使? 別当?」
「まあ、女皇の身辺をお護りしています」
「ふーん」
聞かなきゃよかったかもしれない…。
そんな会話が、おそらく40秒ぐらい。
「…着きました。大聖殿」
「んんん??」
横のドアが上に開いた。
僕の家の前だ。
唖然としながら降りる。
「それでは…」
シャリアパースは、そういうとドアをしめた。
2秒後に、消えた。
翌朝。7時。
いつものようにガッコーへ行かなくちゃならない。
昨日のことは、夢じゃない。
あれから、午前3時11分の時計を確認して寝なおしたからだ。
やや寝不足のだるさはあるが、不思議な体験に頭は冴えていた。
何気なくテレビをつける。
「んん!」
すべてのチャンネルは特番体制だった。
教育テレビとあのTV局はいつものとおりだったが、他は全て一つのニュースを報じていた。
「地球国政府発足か! 世界がひとつに!!」
「山積みの問題を一挙に協議! 世界の夜明け!」
朝食のフレークを冷たい牛乳で食べながら、ヘンなニュースに見入ってしまっていると、突然携帯が鳴った。
ディスプレイには、担任の先生の名前が。
「はい、城飯っす」
「おお、城飯ぃ・・・」
担任の伊藤先生は、こう言った。
大変なコトになったぞ。
おまえ、中学校クビになった。(!)
「ちょ、待ってくださいよ、義務教育?!」
代わりに、日本国総理府の顧問に、なったらしい。(!!)
今日から。
ちなみに、アメリカ合衆国の大統領補佐官にも、なったらしい。(!!!)
今日から。
僕にも学校にも、莫大な現金が円とドルで支払われるという。
校長と学年主任と伊藤先生たちは永田町で待っているらしい。
「おまえ早く永田町に向かえ。議員会館にいる」
議員会館の部屋。校長たちがいた。
日本の首相と話している。
テレビでしかみたことのない、あの顔が目の前にあった。
一通りの話がついていたようで、うちの校長はすぐに帰された。
「城飯君、短い間だったが、ありがとう」
「えっ、いやあの、なにがなんだか?!」
「君には、わたしから説明しよう」
首相は、こわばった面持ちでこちらを見ていた。
テレビでしか見たことがないし、とても緊張する。
昨夜、午前2時頃。
首相官邸に一本の電話が入った。
日本には、ある組織が存在する。
それは、べつに政治に口を出したり、利権を振りかざすことはない組織だ。
ただし重大な事件や懸案があると、全世界に向けて「絶対的な指示」を出すという。
しかし戦後一世紀が過ぎるが、一回も指示を出されたことはなかった。
「国司だ。この地球を治める、飛鳥の国司だ」
その、女性の国司からの電話だった。
内容は僕が飛鳥女皇に言った、あのとりとめのない願い事を、そのまま実行しろとアメリカの大統領や主要先進国の首脳に「指示した」ということだった。
そのアメリカ合衆国大統領からも、ホットラインで電話が入った。
アメリカにも同じように指令をうけていた。
そこの指示で、地球に関する問題解決に尽力しなくてはならない。
至急、各国首脳を一同に集めて「地球国」を立ち上げることにしたという。
国連が世界の行政を担うのだ。
「さあ、きみはアメリカ合衆国の大統領補佐官でもある。わたしと一緒に行こう」
2時間後。午前10:30。
いつもなら、教室で二時間目を終えて三時間目にとりかかるところだが。
日本国首相と政府専用機に乗って、ワシントンへ向かっている僕がいた。
アメリカ。ワシントン。
ホワイトハウス。
もちろん、普段使っている携帯は圏外。
海外モードで使うなら莫大な料金がかかる状態だ。
大統領執務室。
やっぱりテレビでしか見たことのない顔が、そこにあった。
形式の挨拶を交わす日米両国首脳。
通訳が大統領の言葉を翻訳する。
「君は何者かね?」
「…僕? 城飯大聖といいます」
「名前じゃない、君が飛鳥とどういう関係なのかと聞いている」
日米両国首脳に、昨日のことを正直に話した。
わからない、では能がないし、嘘をついていないのだから、不思議な乗り物や、飛鳥女皇のことまで一通り話した。
「女皇と…会ったのか?」
プレジデントはアメリカ人らしくおどろきをオーバーに表現した。
「それで、女皇は君に地球をくれると、そう言ったのかね?」
「まぁ、そうです。いまここに、こうしてわたしが居ることを考えれば、今では少し本気にしていますけどね」
ちょっとアメリカンジョークをきかせたつもりだったが…。
大統領は、ふーっ、とため息をついた。
「おかげで、我々は今とても忙しくなったよ」
翌日、世界は騒然とした。
日本国を発起国とした「地球国政府」が樹立したのである。
同時に国際連合はその機能を地球国政府に切り替え、実質的な行政の調整にはいった。
それはもう、とても強引に。
世界中の省庁・役所は激変した政治体制に不眠不休で対応していた。
その日の夜。
世界中のあらゆるメディアが、一つの番組を共同配信した。
地球国政府の建国宣言である。
「人類は、いまだ幸福には程遠い。なぜなら、紛争や飢餓、環境に対して実効的に取り組んでいないからである。 誰が本気で実行したか。残念ながら、誰もが、どの国もが自身のことばかり顧みて、何も出来ていない。ここに、真実の幸福を、誰もが平等に享受できるよう、我々は一つとなり、地球国の建国を宣言する!」
即日発効された憲法。
あらゆる紛争、武力行為、テロル、軍事行動を禁止する。
順次発効される政策。
地球市民の安全保障、健康保障、年金保障。
世界的飢餓対策。支援物資調達ルートの統合。
生活必需物資の価格統制。
各国軍の統合・解体・調整。
各国の核物質の統廃合。
各国の政府組織の統廃合。
過剰な財産を所有する企業・機関の解体。
京都議定書・ROHS指令などの批准厳守に向けての機関設立と可及的促進。
しばらくは各国の憲法・法律・国際条約に基づきつつ、順次地球国の体制へ移行する。
財産を持て余している資産家は、資産の殆どを接収された。
そして僕の家から3軒となりに「どっこいバーガー」が新装開店した。
その日ホワイトハウスの一室でずっとテレビを見ていたが、急にまた大統領に呼び出され、僕は執務室へと向かった。
合衆国大統領執務室には数人いた。
一番奥に、膝まで届くような美しい黒髪の女性がいた。
それが、ぱいファンとのはじめての出会いだった。
「大聖飛鳥サマの補佐スル、副官やるヨ! わたし、ぱいファン辺境掾言います!」
「え、中国の人? あ、飛鳥??」
「タイセー、女皇から名を下賜されたヨ、大聖飛鳥サマ!」
「へ…ぇ」
「これから飛鳥の都へすぐ行くゾ。タイセーサマは、女皇直々に位階を親授される、すごいヨ!」
ホワイトハウスの前に、あの、水滴を横にした銀色の乗り物があった。
やっぱり40秒ほど後に、あの宮殿に着いた。
日本の自宅からも、アメリカのホワイトハウスからでも同じ40秒ぐらいで着くところなんて、想像すらできない。降りるとすでに宮殿の中なので、外の風景も見えない。ここはどこなのか。
宮殿は広かったが、前に来た部屋ではなく、もっと大きい。
大広間というよりは、朝廷といったところに通された。
そこはさすがに聖域らしく、自分一人だけが謁見を許されて入殿を許可された。
左右にそれぞれ高官らしき人たちが100人ずつは並んで道をつくっている。
玉座にいる飛鳥女皇は微笑んでいた。
「大聖。あなたの故郷はあなたのものです」
「・・・・・」
やっぱり返答に困る。
「飛鳥、一億年の歴史をもって、汝大聖に、名字の飛鳥を授ける」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖飛鳥を、従六位下に叙する」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、従六位下大聖飛鳥を、辺境守端南に任じる」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖辺境守飛鳥を、新卒に任じる」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖辺境守飛鳥新卒に、地球と端南の2郷を授ける」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖辺境守飛鳥新卒に、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を授ける」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖辺境守飛鳥新卒に、陸軍2個大隊2千人を授ける」
「飛鳥、一億年の歴史をもって、大聖辺境守飛鳥新卒に、副官と資人5千人を授ける」
「飛鳥、一億年の歴史をもって大聖に命ず、みゆきを普通の子として、育てるのです!」
女皇が宣旨を下すと、高官の一人が勅書と印を大聖に手渡した。
一億年の歴史の重み。どんどん長くなる自分の名前。
職掌と身分の高下はイマイチわからなかったが、一億年続いた壮大すぎる歴史の責任を課せられたように思えた。
飛鳥の軍は、それぞれの地方自治単位で運営されている。
だから、各方面でその軍備の質などは多少の差異があった。
いま大聖が下賜された軍艦や兵、役人はすべて誇りある女皇直属の「左近衛府」から異動されたもので、その中でも一流装備のピカピカなスペシャリストたちだった。
識別標章も栄えある左近衛府の特別なもので、階級に関係なく、いちだんと光を放っていた。
一流のスタッフ総勢7千名、宇宙航行ができる軍艦数隻と、そして地球他惑星2ヶをもらってしまった僕。
そしてさらに「ゆきんこ」のお守りを命ぜられたのだ。
そういうわけなのだった。
まぁ子守をするからには、いい子にしたい。
地球は、たしかに未開かもしれないけれど、そこにはそれなりの良さっていうものがある。
「ゆきんこ」に富士山を見せたかった。
有名アトラクションリゾートへ連れて行きたかった。
…それは自分も行きたかっただけなのかもしれない。
巡洋艦「おおもりごはん」は、惑星端南から最高速度で小一時間。あっというまに地球につく。
着地場所は地球の司令部である、東京大学を改造して建設中の「地球国府」だ。
なぜ東京大学が選ばれたのかは色々あるが、とりあえず僕の故郷である日本の東京で防衛システム網を張りやすく、また物理的攻撃にも耐えうる軍備が必要となったため選ばれた。
東京大学はそのまま生かすことにして、行政と防衛のシステム施設を付け足すことにしたのだ。
いまでは完成にむけて飛鳥の役人や一般人がここに往来する。
おかげで本郷の地は学生街の頃とはまたさらに別の、六本木や赤坂のような賑わいに沸いた。
未開人と一流人の、融合。
本郷東京大学は飛鳥人と地球人が接触できる場となり、飛鳥全土のメディアに名物の地として紹介されている。最果ての未開人と貴族的飛鳥人とのカップルがセンセーショナルを投げかけもした。人間というのは、こと恋愛に関しては意外にたくましいものだった。
飛鳥の貴族、つまり僕は、その生命を外敵からまもるために護衛がつく。
女皇より拝領した2個大隊のうちから、2個中隊600人がその護衛の任につく…らしい。
端南の留守番をぱいファンに任せて、ゆきんこと僕は地球に降り立った。
東京大学につくられた宇宙艦発着場に接舷し、ゆきんこと僕が艦を降りると、精兵たちが整然と整列していた。
そして2名が真っ先に僕たちを出迎えた。
真紅の長い髪をなびかせた、スラッと背の高い女の子。
それと、薄い金髪をショートにした、ちょっとたくましい女の子。
担当中隊の、中隊長らしい。
真紅の長い髪の女の子が、高く透き通った声をかけてきた。
「護衛の任にあたります。中隊長ミク=サファーラ校尉です」
「同じく、ラミット=パラっす!」
ショートカットの女の子はものすごく元気にそう挨拶してきた。
それぞれ年頃の女の子らしく、はつらつとした声の張りだった。
「えっと、えっと…中隊長、で、校尉なの?」
「はい!」
元気なのはいいけど、ものすごく信じられない軍の人事だ。
いくら飛鳥國が女性上位の社会だからって、どう見ても高校生ぐらいのコが隊長な中隊、ってどうなんだろう?
僕のあきれた視線を察してか、ミク=サファーラが真紅の髪をなびかせながらこう言った。
「我々は、れっきとした皇軍の、選抜された中隊ですから、どうかご安心ください!」
「重力下ならあたしらに敵なんかいないよ!」
ラミット=パラはにっこりとして、ちからこぶを右の二の腕に作って、そう元気に言い放った。
本当に自信満々に言うものだから、もうこれは信じるよりどうしようもなかった。