5話 更なる決意
とある日。
ルビィの狩りに付いてきた、俺とネオン。
朝に一悶着あってギスギスしてる中、草原の向こうからまさかの化け物いらっしゃーい!
ネオンを逃がす為に化け物相手に時間を稼いだけど、限界ギリギリの俺。
なんとか上手く立ち回り、後は助け(ルビィ)が来るのを待つだけだが、いよいよ絶体絶命のピンチ!
そんな俺の目に映ったのは、白髪のオッドアイ、魔王の娘ネオンディアナ・キングスターだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
!?
あれはネオン!?
山の方へ逃げたはずのネオン…。
真剣な眼差しで、こちらに向かって手の平を構える。
俺に向けてでは無く、化け物に向けている様にも見えるが…
そんなネオンの手の平が、白く輝きだす。
白っぽく淡い光は広範囲に散るように手の平から放たれ、化け物のすぐ横に風の塊が飛んで行くように見えた
その瞬間…
ギュルルルッッ!!!
っと音を立て化け物の腹部が、削り取ったかの様に風の塊に巻き込まれる。
「ギョォォォァアアアアッッ!」
叫び声を上げながら風の塊から距離を取る化け物、そんな化け物に追い打ちをかける様に、また風の塊がネオンから放たれる。
一度痛い目を見た化け物は風の塊を大きく避ける、そんな化け物にネオンは攻撃の手を休めない、手の平から放たれる風の玉は、ビー玉サイズから拳大へと、距離を進む毎に大きさを変え、化け物に到達する頃には化け物の頭がスッポリ入るくらいの大きさの風の塊となる。
風の塊を回避しながら化け物はどんどん後退して行く。
「なるほど…離れてれば離れてる程威力が上がるのか…」
そんな攻防を遠目に見ながら、ネオンの風の玉を分析する。
ネオンは上手く化け物が自分から離れる様に着弾点をずらして打ち続けている。
足元、上空、と撃ち分ける様に正確に化け物を遠ざけるネオン。
「すげぇ…。」
一瞬で距離を詰める、あの跳躍も、これだけ攻撃されちゃ難しいな…
低脳であろう化け物があの風の性質に気付いて無いのが救いか…。
玉砕覚悟で詰められたら、多分打ち出しの風の玉程度じゃダメージにならないしな…。
化け物はどんどん離れる、ネオンも次々と撃ち続ける。
一撃当たれば、肉を剔り、カマイタチのような真空にその身を巻き込まれる。
だがしかし、どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味が無い…
化け物の足を止められれば、あの風で一発なんだが、かなり距離があるな。ネオンは、このままルビィが来るまで時間稼ぎできるのか?
そんな事を考えていると、遠くのネオンが風の玉を撃ち出すのを止め、両手を化け物に向ける。
向けた両手から全身へと光が満ち溢れ、淡い光は輝きを増しネオンを見ているのが眩しいくらいの白い光の塊となる。
そんな光景をも関せず、化け物はネオンの攻撃が止んだと分かって、すぐにネオンに襲いかかろうと姿勢を低く構える…
あの体勢は!マズいっ!
「ネオンッッ!避けろぉーッッ!」
化け物の後ろ足の下の地面がひび割れる。
その瞬間…
ヴーンッ…
大気が震えるような音が聞こえた気がした。
化け物はネオンに襲いかかる事無くその場に留まっている…
いや、動けずにいる。
ネオンを見ると輝いていた光は失せ、両手から化け物に向かって淡い光が続いている。
その光の先、化け物を中心にドーム状の半円が展開される、辺りを包み込むその円内。
どんどん範囲を広げこちらへ近付いてくる。
化け物を警戒するように構えていた俺の剣の先端がドーム状の半円内に入るや否や、地面に剣先がめり込む。
「う!?重いっ!?」
急に重くなった剣を思わず手放す。
ズンッ!
という音を立てて地面にめり込む剣。
「いったいなにが!?」
事の流れに頭が追いついていかない…
が、目の前の光景に思わず声を上げる。
「えっ?」
化け物が地面にめり込むように押しつぶされてる。
まるで見えない壁に頭から押し付けられてるようだ。
その見えない壁は化け物を中心に大きく円を描くように辺りを押し潰す。
地面に生えている草も、飛んでいた虫も、俺の持っていた剣も、その円の中で押し潰される。
重力魔法的な…あれか?…凄ぇ!
「ネオンっ!」
「…。」
こちらに向かって手で合図を送っているネオン。
「離れろ」という意志が伝わる…。
「なるほどな、こりゃ至近距離じゃ使えないわな。」
すぐさま円の後方に下がる、その瞬間円内の重力は更に重みを増し…
ズンッ!
という地響きのような音と共に全てを押し潰す…
化け物は声を上げることすら無く、地面にめり込み沈黙した。
「終わったの…か…。」
その光景を見納め、ネオンが俺の方へ駆け寄る、俺もゆっくりとネオンの方に歩いていく。
……
「はぁっ!はぁっ!凄いなネオン。おかげで助かった。」
「…。」
フルフルと首を振りながら俺の傷口を見てるネオン、何とも言えない表情だ。
赤と紺のオッドアイには涙が溜まって今にもこぼれ落ちそうだ。
「そんな顔するなよ。全然平気だ。ネオンのパンチの方が効いたぜ?あ、いやルビィの目潰しもなかなか……って」
ガシッと突然ネオンに抱き付かれる。
「…。」
声を出せないネオンの肩は震え、胸に埋めた顔からは温かい吐息。
「助かったよネオン…。だから泣くな。」
頭を撫でながらネオンの背中に手を回し、優しくギュッと抱きしめてやる。
小さな身体、これ以上強く抱いたら折れてしまいそうだ。
「…。」
ズズッっと
鼻を啜る音がする。
「格好悪いとこ見せちまったな、でもまぁ俺にしちゃ良く出来た方なんだぜ。」
俺の胸に顔を埋めたまま、頷きながら泣いているネオン。
色んな感情が溢れてるのか一向に泣き止む気配が無い。
……
「2人とも何をしているのだ?」
少女を泣かしながら草原の真ん中で抱きしめてる俺に、背後から低く鋭い声がかけられる。
「……!?」
バッ
と離れるネオン
顔は真っ赤で息は荒い
「おう、ルビィ、来るの遅いよ。」
事が済んだ後に現れた勇者様。
肩に剣を担ぎゆっくりこちらへ近づいてくる、なんか目つきが怖いような…?
「はぁ…ユウ、お前は節操というものが無いのか?朝はネオンの裸体を覗き怒らせて、昼には泣いているネオンを抱き寄せるとは…。私が居ない間に何をする気だったのだ?」
え!?嘘!?とんでもない誤解してるし、この人。
ちょ!?俺血だらけですけど?
ネオン抱きしめながら頭撫でてただけじゃないか…なんでそんな誤解が生まれるかね?
「いや、今化け物と遭遇して、ちょっとな?」
「化け物?ん?ユウ怪我しているのか?」
「ちょっ!お前!血だらけの姿見て気付けよ!どう見ても怪我人だろ!ルビィの中で俺の評価どうなってんだよ!」
「…ッッ!!!」
と、そんなやり取りの中ネオンがルビィの手をグイッと引き、自身の額に寄せる、意図を理解したルビィがネオンと通信する。
ふぅ…なんだかんだで落ち着いたか。
しっかし、いきなりあんなの出て来るなんて思ってもみなかったぜ、下手したら食われてたんだよな…ってか半分食われてたしな。
剣を持たせてくれたルビィに感謝だな。
ネオンの魔法も凄かった…初めから使わなかったのは距離が近すぎたってことだったんだな…逆に対遠距離なら最強じゃないのか?
まぁ、今回は俺が近くに居たから使えなかったんだよな…。
てか、知らなかったとは言え完全に足手まといだったって訳か。
何故だか、命拾いした安堵感と結果足手まといだったという悔しさが同時にやってきてモヤモヤする。
少し冷静になってきたので、噛まれた傷口をそっと触るとヌルっとした血が手のひらにベットリと濡らす、緊張も解けて麻痺していた痛みがズキズキとやってくる。
……
「待たせたな事情は大方分かった。怪我はどうだ?」
ネオンと通信を終わらせたルビィが口を開く、俺は痛みと恐怖により、震える身体を無理やり抑え込みながら、出来る限りの余裕をつくりながら口を開く。
「あぁ、そうだな。意識はあるけど、早く家に帰って治療したいな。
回復魔法とかあるなら宜しくどうぞって感じだ。」
「…。」
「すまない、私もネオンも治癒は専門外なのだ。そもそも魔法?とはなんだ?」
「あ、ああ、術っていうんだっけな。俺の世界での呼び名だよ。説明出来ない様な現象は全部魔法っていうんだ。」
「……?」
首をかしげるネオン。
まぁ、術が当たり前の世界なんだから呼び名が違うだけで大した問題でもないか…回復術無いのかよ!まぁ、あったなら俺の骨折治療もあんなに時間掛からなかっただろうしな…。
ふうーっと、一息吐きながら、怪我の具合を確認する。
噛まれた箇所の出血は先程より治まってきている、さっきは興奮状態だったのもあってドハドバ出てた感じがするが…足も動く、打撲や裂傷など細かい痛みはあるが、動けない程じゃない。
「悪いなルビィ、せっかく連れてきてもらったのに。ちょっと狩りは無理っぽいから、俺は少し休んでるよ」
「それは構わないが、怪我の治療を早くするべきだと私は思うがな。」
「…。」
ネオンがルビィに何か伝えようとしてる。
ルビィもネオンの額に指を当てながら、ふむふむと頷いている。
……
「ユウ、ネオンと家に戻って手当てしていろ。今の戦いで分かったと思うが、ネオンは遠距離相手なら、まず大丈夫だ。まぁ、この大きさの化け物ならば遠くからでも見つけられるだろうしな。」
「そうだな、遠距離最強ってのは俺も十分感じたよ。」
あの風の玉と重力の術を使えば遠距離なら敵無しだ。
もしルビィが近くにいたら、近距離はルビィ、遠距離はネオンてな具合のフォーメーションか…。
ますます俺いらねぇな。
下らない事を考えていると、ルビィがネオンの前に立ち怖い顔をしている。
「ネオン、厳しいようだが、ユウの怪我はお前の油断もあるのだ!帰りは周囲をしっかり警戒しながら帰るんだ、分かったな。」
珍しくルビィがネオンに説教してる。
ちょっとシュンとしてるネオン。
なんか可哀想だな…。
「いやルビィ。そりゃ言い過ぎだよ。ネオンだって完璧じゃないんだ、ミスする事だってあるだろ?」
まぁ、正直俺が居なければネオンは一人でどうにか出来たはずだしな。
「いや、二度と同じ事が無いようにネオンには言っておかなければならない!」
「それもあるけどさ、もっと言い方があるだろう?ルビィお前ならもっと違う言い方が出来るんじゃないのか?」
「私はっ!ただユウがっ!…っっ」
そう言ってルビィは黙ってしまう。
「らしくないぜルビィ、確かに間違った事は言ってないが…それじゃ俺もネオンも報われない、ルビィならもっとあるだろ、俺とネオンが生きてて良かった。そんな一言でもいいんだ、なんでネオンを責める?」
そんな俺達のやりとりの間にネオンが割って入る。
「……」
申し訳なさそうに俺とルビィを交互に見た後にお互いの手を取りギュッと握る。
そんな少女の仕草に俺もルビィも冷静さを取り戻す…。
「ごめん…ルビィ、少し言葉キツくなっちまった。」
「いや、私もどうかしていた。ネオン、ユウ、すまない。」
「……」
ブンブンと首を横に振るネオン。
手から伝わるネオンの熱が心地よく温かい。
逆上せてた頭が冷静になるようだ、今の今まで言い合ってた事が馬鹿みたいだな…
「まあ、ルビィが来てくれてりゃ、こんなに変な空気にもならなかったんだけどな。」
と笑いながら軽口を叩く。
「ふふっ、まったくだ。私が居たら化け物の声すら聞けなかっただろうな。」
笑いながらルビィも軽口を叩く。
「……」
ネオンもニッコリ笑う。
それでいい。
これでいい。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
結局狩り場にはルビィを残し、俺とネオンは手当ての為家に帰る事に…
帰り道さっきと同じ双頭の狼が遠くに見えて身構えたが、ネオンがあっさりと重力魔法で押し潰した。
どうやら視認出来る距離ならいつでもぶっ放せるらしい。マジ遠距離最強。
帰り道、ネオンに油断は無いみたいだ。
メンタルの問題もあるなら、朝のラッキースケベが無ければ、俺もこんなに怪我しなかったのか?
まさかの代償だ。
「なぁネオン…」
「?」
「ありがとな」
「…」
笑顔で頷くネオン。
……
帰り道ふたりで他愛も無い話をしながら歩いた。
と言っても俺が一方的に話をして、ネオンは頷いたり、驚いたり、ちょっと拗ねたり、表情と身振りで俺と話をしていた。
道中、話が途切れると恐怖感が俺を襲う。
何か話をしていないと死にかけた記憶がフラッシュバックして足が震えてくる。
怖い…。
時間が経つにつれ、恐怖感が呼び起こされる。
怖い…。
いつまでこの世界に居なければならないのか。
怖い…。
ルビィみたく剣を振れない。
ネオンみたく強力な術も使えない。
俺は無力だ。
怖い…怖い怖い…怖い怖い怖い…
…ん?
スッとネオンが俺の前に立って道をふさぐ、真剣な眼差しで俺を見つめる。
何故だか分からないがその視線から逃れられないような不思議な感覚に陥る。
「……!……!」
口をパクパクさせて俺に訴えてる
「どうしたネオン?」
「……!……!」
俺が聞いても同じようにパクパクと何かを口にしている。
筆談すれば良いんじゃないか?
どうしたんだ?いったい何を…
(だいじょうぶ!だいじょうぶ!)
っ!!
(だいじょうぶ!だいじょうぶ!)
そう言ってる。
ネオンは俺に大丈夫!と言ってる。
俺の不安。
恐怖を分かって…
へ…
ホント…今日の俺はダメダメだな…
「ネオン…大丈夫!大丈夫だ!ごめんな!変な心配掛けて、俺…」
そこから言葉が出てこない、何を言ったらいいのか自分でも分からない。
そっと俺の横に立ち右手を握るネオン。
「…。」
笑顔で俺に(だいじょうぶ)と言っているネオン。
右手を握る小さな手が温かくて柔らかくて安心感が俺に伝わってくる。
……
「あのな?ネオン…は…その怖くなかったのか?」
「…」
フルフルと首を振る。
「怖かったのか?」
「…」
コクンと頷く。
「そっか…。俺もだネオン…怖かった…死ぬかと思った」
「…」
「ルビィはネオンのミスって言ってたけどな、それでも、ネオンが俺を守ってくれた、俺を助けてくれた」
「…。」
俺を見上げてるネオン。
そんなネオンの眼をしっかり見据えてを口を開く。
「次は!俺がネオンを守る番だな!」
笑顔でネオンにそう告げる
「……!」
ネオンも笑顔で頷く
俺には何の取り柄もない。
だけど、誰かを守れるくらいにはなりたい!
守られてばかりじゃ駄目だ!
俺は強くあろう。
せめてこの手の温もりを守れるくらいには…
そう決めた。
そんな小さな決意を胸に家路をネオンと歩いて行った…。