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ここではないどこかへ  作者: ししまる
第一章 異世界 ~封印の地~
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4話 突如恐怖はやってくる

 

 異世界生活1ヶ月も過ぎただろうか、骨折した足は完治した。まだ筋肉の衰えを感じるが私生活には何の影響もない。


 不思議と異世界の生活に不便を感じない。

 まぁ、適応能力だけは人一倍だと自分でも分かってるが…。


 あの訳の分からない夜から1ヶ月か……。

 ふぅっ……と

 庭に枯草を集めながら一息。


 気候的には初夏くらいなのか、陽射しも少しジリジリ暑くなってきている、どこからか吹く心地よい風が汗ばんだ身体を通り抜けるとなんとも言えない爽快感だ。



 そう。1ヶ月…。そろそろ本格的に街に出て情報収集を始めようと思ったのだが、最寄りの街が遠すぎる。


 歩いて1年、最速馬車ってのを使っても20日掛かるなんて絶望的距離だ。


 しかし情報収集は諦めない。前回ルビィに頼んだ「アレ」が届けば、手がかりくらいは何とかなるかもしれないし、この地でも調べる場所は残されている。


 そういや、元の世界で俺の周りはどうなってるんだろ、母親は行方不明の俺をまだ探してるのだろうか…バイト先も無断欠勤だし、クビだろうなぁ…家賃はまだ蓄えがあったから、追い出されてないと思うけど、行方不明者の住まいってどうなるんだ?


 まぁ、戻って真っ先にやることは仕事探しか…。


 捕らぬ狸のなんとやらを考えていると、後ろから何とも言えない心地良い声が聞こえてくる。


「ここに居たのかユウ!ネオンが探していたぞ?何やら怒ってるみたいだったが、何かしたのか?」



 背後から俺に亜人語で話し掛けるルビィ、彼女の声は、怒っていても、笑っていても不思議と俺を安心させる。


 俺は何とか亜人語をマスター。

 ルビィも日本語をマスターし、読み書きも出来るようになった。

 ネオンも亜人語と日本語は完全にマスターしたみたいだ。


「あぁ、まだ怒ってたのか。参ったな」


 というのは、今朝寝ぼけながら水浴びをしようと服を脱いで水場に行くと、丁度水浴びをしていたネオンと鉢合わせというラッキーイベント。じゃなくハプニング。


 まぁ、いつかやるとは思っていたがな…。



 口をパクパクさせ、顔を真っ赤にしながら身体を隠すネオン。俺もそんな現場に鉢合わせたのは人生初なので、とりあえず相手の出方を伺っていた、ネオンは俺の顔と下腹部を交互に見ながら唖然としている。



 あんまり見ないで恥ずかしい///



 俺もネオンの裸体を上から下まで堪能させてもらった。しょうがないじゃん!男なんだからさ!


 水に濡れた白髪は頬から肩、腰へと貼り付き、ネオンの身体のラインをハッキリと晒す。


 成長途中な胸の膨らみは手で覆っているので、全貌が見えないが、ほんのり赤く染まった張りのあるお尻が、これはこれで…。と俺の中の悪魔を目覚めさせる。


 そんなよこしまなことを考えていると、ネオンの手の平が俺の方を向いて光だしたことに気付き慌てて水場から退散した。


 その後テンパった俺は急いで服を着たんだが、何故かネオンのパンツを履いてしまい、それに気付いたネオンが大激怒。ルビィの剣を振り回しながら大暴走。


 命からがら家を飛び出し何とかほとぼりが冷めるまで枯草集めしてたんだが…。


 ふう。


「何があったか知らんが朝飯迄に謝っておけよ!全く!朝から騒々しい。」


 プンプンと腰に手を当てながら、ポーズだけは怒っているルビィ、多分うるさくて目が覚めたんだろうな。


「ルビィ、一つ聞いていいか?」



「なんだ?」



「例えばの話な、ルビィが水浴びしてる時に、俺に裸を見られ、尚且つ下着を取られ、更にその下着を着用されたらどうする?」



「凄い例えだが、まぁ一言で言えば、斬る!だな。」



「ですよねー!!!!!」




 ……




 朝飯の為に家に戻った俺とルビィ。


 片手に剣を構えて俺を待っていたネオン姫は大層御立腹だ。

 ここは先手必勝!「THE土下座」でネオンに謝罪。

 が!そこに迷い無く剣を振り下ろす小さな暴君。


 振り下ろされた剣が後頭部に少し触れた辺りでルビィが止めてくれた。

 ちょっと頭から血が出てるけどな。

 少女のネオンだから逃げ切れたけど、剣士のルビィだったと思うと背筋が凍りそうだ。


 アイツ女の敵は容赦なく斬るって前言ってたしな。



 ……



 そんなこんなで、朝飯を食べて支度をする。

 今日は3人でお出掛けだ。

 というかルビィの狩りに付いていくだけなのだが…。





「一応ユウも持っていけ。」


 そう言ってショートソードを俺に渡すルビィ、片手で持ってみるが以外と重い。


 平和ボケした俺の身体には不釣り合いな代物だ。


「ほっ!よっ!そりゃっ!」


 と、見よう見真似で剣を振る。


 打ち下ろしから、切り上げ、片膝を付いて居合い切りのように横薙ぎ。

 これだけの動きで疲れてしまう。重いな剣て。


「ま、男子たるもの剣には憧れるよな。」

「ほう。興味があるなら教えてやろうか?」

「勘弁してくれ握った事もない俺が使えるほど剣は甘くない。そうだろ?(いや、まてよ、ここで都合よく目覚める俺の能力とかあるのか…)ブツブツ。」


「ふふっ。剣なんてものは型よりも実践だぞ?ほらあそこにユウの宿敵が群れている。恨みを晴らす好機じゃないのか?」

「ウサギ相手に殺されかけた思い出をほじくり返してんじゃねえよ!」


「ふふっ。冗談だ、奴らはああ見えて獰猛だからな。今のユウでもあの数相手だと無傷でいかないだろうな。」

「おう、その通りだ。ルビィ!だから俺は奴らが単体の時にフル装備で倒しに行くんだ、それまでは見逃してやるのさ。ははっ!ははは!」


 左手の中指がズキンと痛む。

 あんのウサ公め!今夜は塩焼きにしてやる!





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 





 家を出てから四半日(6時間)程歩いただろうか、ひたすら大草原、ようやく本日の狩り場でもある、山の麓に到着した。


「ぜーはー、ぜーはー。」

「…。」


 息絶え絶えの俺をチラッと見て、ふんっ。と顔を背けるネオン、まだ怒ってるのか…

 そんな中ルビィは坦々と準備を済ませ口を開く。


「さて、私は罠の確認と獲物の場所の把握に行ってくる。ネオン…いつも通り危険を感じたら、使っても構わないからな。」


「はあっ!はあっ!ネオンは…なんか使えるのか?はぁはぁっ!」

「あぁ、ちょっとした術をな、まぁ使う事態にならないように私も頑張るがな。」

「…。」


 そう言って山の中へ足を進めて行ったルビィ。


 さすが慣れているだけあって、木々が鬱蒼としている山へサクサク入って行く。



 それを見ながら仰向けに倒れ、息を整える!



 はぁ…はぁっ、気持ち悪い、俺体力無いなぁ…。

 ネオンは全然平気みたいだし、そんな身体のどこにスタミナ隠してるんだ?


 そんな俺を見下すネオン。言葉を発しない分、顔が物語る、私は怒っている…と。


「なぁネオン、そろそろ機嫌直してくれよ。」

「…。」



 フンッと、ほっぺを膨らまして顔を背けられる。効果音を付けるなら「プイッ」だな。


「はぁ…。別に俺だって見たくて見た訳じゃないんだ、事故なんだよ」


 キッ!っと

 こっちを向いて紙に何か書いてる


(裸を見たことを事故で片付けないで、いっぱい見てたくせに!嘘つき!)


「いや、そうは言ってもなぁ。ネオンも俺の身体いっぱい見てたし、お互い様だろ」


「!!!?」

 顔を真っ赤にして口を開いたまま固まってるネオン。これはマズいか…。


「あ、いや、えっと…ルビィが風邪ひいた時みたく、裸見られたらお嫁に行かなきゃーとかって文化ないよな?ネオンは可愛いし、綺麗だし、だけどほら、年齢的に俺犯罪じゃね?みたいな?違うな…えっと、なんだ?何て言えばいいんだ?あれだ!ネオンの身体凄い良かった……」


 ボゴッ!


 拳が鼻っ柱を突く


「ふんげっ!」


 必死で会話を組み立ててる最中に、ネオンの不意打ち、思わず倒れ込んでしまった。


 肩で息をしながら赤い顔のネオンが俺を見下すように何か書いた紙を丸めて投げつける


(ばか!もう知らない!うんこたれ!)



 書き殴られた文字を見ながら俺は自分の発言に後悔…。

 もっと上手くフォロー出来たろ俺、ミスったなぁ…。


 てか、垂れてねえよ。子供かよ全く!

 まぁ、子供か。



「はぁー。年頃の女の子は難しいわ」



 ……




 俺を置いて遠くへ行ってしまうネオン。


 足下の草をゲシゲシと蹴っている、見渡す限りの大草原。小さな暴君は地面に八つ当たりだ。


 こりゃ触らぬネオンに何とやらだな…





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 ボケーッと空を見上げながら、どれくらいの時間が過ぎただろうか…。

 身体を起こしてネオンを探す。

 視界に映る場所で相も変わらずチョコチョコ動いている。

 まだ御立腹なのか、それとも楽しくなってきたのか未だに草を蹴り飛ばしているネオン。


 そんな微笑ましい光景の遥か向こう側。





 蠢く怪しい影が1つ。







 のっそりと辺りを警戒しながら此方の方へ歩いて来る。




「なんだ?あれ?獣みたいな…。」



 ネオンは気付いていないのか、アレはなんだ?

 遠くてよく分からないな…。


 犬…か?

 いや、狼…いや!


 もっとでかい!アレはマズい!



「ネオンっ!!危ない!こっちに来い!!」

「?」


 俺の声に気付き、すぐに辺りを見渡し獣に気付くネオン。

 瞬時に状況を把握し、俺と獣を交互に見た後、何かをしようとしたが、悔しそうに諦め、直ぐさま全速力で俺の元へ走り出す。


 獣もこちらに気付いたのかスピードを上げて向かってくる。




 ……





 身体中に緊張が走る。


 変な汗を額に浮かべながら、駆け付けたネオンを庇うように剣を構える。


 手は震え、俺の意識とは関係なく震える足。



「おいおいおいおい。デカすぎだろ、あれ。」



 どんどん近づいてくる獣は俺の知ってる獣の大きさを遥かに凌駕していた。

 地響きのような足音は俺の戦意を容易く喪失させる。





「「グォォォォォォンッッ!!!!」」





 四つん這いにも関わらず、頭の位置は優に3メートルは超えている、地面を掴むその足は人間の胴体くらいの太さで自らの巨体を支え、地響きにも似た雄叫びを目の前の獣が放つ。


 俺とネオンを見下ろす眼光は鋭く、頬の端まで裂けた大きな口からは鋭利な牙、巨大な狼と表現出来れば簡単なのだが、目の前の獣には頭が二つ。



 双頭の狼。




 身体が緊張で固まってるのが自分でも分かる。

 剣を握っていた手の平からじんわり汗の感覚、何度も握力を確かめる様に剣を握り直す。


 背中からギュッと俺の服を掴んでいるネオン。


 その行動に冷静さを少しずつ取り戻す。



「さてと…安心しろよ、なんて軽く言えないな。頭は馬鹿みたいに冷静になのが救いか…。こんな化け物相手に、ルビィが戻って来るまで時間稼ぎなんて保ちそうにないな。」


 チラッとネオンを見る。

 驚き、恐怖、絶望、そんな表情を浮かべている。

 それだけで目の前の化け物の危険度が分かってしまう。



 どうする、どうする。

 今の俺に出来る事…

 とりあえず火を放つか?こんだけデカいと、なかなか厳しいなぁ、ウサギの時みたいに枯草も無い、となるとルビィがさっき言ってたネオンの術か?



「ネオン!なんか術使えるなら今がその時だと俺は思うんだが、どうだ?」

「…………」


 口を開けて首をフルフルと震わす。


 駄目か!理由が聞きたいけど、筆談している余裕は無いな、ネオンが術を使えないなら仕方ない。

 とにかくネオンだけでも良い、この化け物から離さないとな。




「そっか…少しだけ期待してたんだけどな。いいかネオン聞いてくれ。俺がコイツの注意を引き付け、上手くルビィの方まで誘導する。これが第一案だ!

 まぁ、でも多分上手くいかないだろう、だから俺がコイツの足止めをしている間にルビィを呼んできてくれ、これが第二案!

 どっちかうまくいけば、ルビィがなんとかしてくれるはずだ。

 まあ、病み上がりのリハビリにしちゃぁ、ちょっと乱暴だよな、剣も碌に使えない俺がどこまで出来るか……」



 そんな軽口を言っている中、化け物の前足が横にブレたのを俺が視認した瞬間…





 視界がグルンッと変わった。


 直後に訪れる痛み。

 身体の自由がきかなくなる様な浮遊感。




「ぶォ!ぐっァァァッッッ!」


 なんだ!?地面っ!?は無い!?

 一撃!?肩!痛っ!

 今俺は飛ばされたのか!?



 宙に浮きながら、猛スピードで変わる景色、ぼんやりと化け物の位置を確認する、払った前足を再び地に付けネオンを威嚇している、急に俺が目の前から飛ばされ、胸元で手を重ね震える少女。




「んっ!なっくそっ!話の途中だろがッ!」


 ダン!っと受け身を取り、剣を握りながら化け物へと走り込む、痛みと恐怖を抑え込み必死で地面を蹴り上げる、踏み出す一歩は化け物へと距離を縮める、眼前の少女を助ける為に力強く地面を蹴り上げる。



「こっちだぁっ!!!!」



 と虚勢にも似た声を上げ化け物の方へ走りながら注意を引く、何とか化け物の狙いをネオンから俺に変えなくてはならない。


 まずは、一撃入れてルビィの向かった先へ、山の方へ俺が逃げる!

 化け物が俺を追ってくれば、それだけでこの場のネオンは助かる!

 俺の命はルビィ任せになるが、コレが最良!


 これだけデカい化け物が山へ入ればルビィなら気付いてくれるはずだ!行くぞ!俺!覚悟決めろよぉっ!




「っらぁぁぁぁあっっっ!!!!」



 なんの技量も無く、力強く握った剣を化け物の前足を狙い、大きく振りかぶり、全身の力を使い手に持った剣の刃を化け物にめり込ませるように打ち下ろす。


 そんな素人の剣は化け物にあっさり躱されてしまい、剣先は地面を叩く。



 ガィンッ!




 っという音と共に、肩までシビれるような感覚に襲われ剣を手放しそうになるが、なんとか堪える。


 くそっ!外したか!


 剣を振る度にスタミナが持っていかれるが、構ってられない。


 痺れた手でもう一度剣を強く握り化け物の前足を狙う。


「これならっ!」


 込めた期待も虚しく空振る剣、そんな俺の奮闘も虚しく、化け物の反対側の前足が顔を掠める。




 バシュッ!

 っと風を切り裂く音が聞こえ身体中に寒気が走る。




「危なっ!」


 あの軽く払ってる感じで、俺が数メートルふっ飛ぶからな…やっぱり接近戦は厳しいか?


 なんか弱点無いのかよ!


 普通に考えて、生物は眉間から下に一直線に正中線が急所だよな…。

 じゃぁ上から…

 ってこれじゃ…


 急所を狙いたいのは山々だが、如何せん頭の位置が高すぎる。

 そして頭が2つの化け物、それぞれが独立の頭の動きからして、どちらかを不能にしても、どちらかが動く事態なのは間違いないだろう。


 ならば!狙うは胴体か!?


 心臓や股間に一撃剣を突き立てれば何とか勝機はある。


 そう思い前足をくぐり抜け腹の下から剣を突き上げる。

 剣先が化け物の皮膚に触れたかと思った瞬間、化け物はその巨大を浮かせその場から離れる。


 巨体を浮かせた跳躍は地面に窪みを残し、離れた場所にズズンッ…と音を立てて化け物が着地、同時に俺に警戒を向けるかの如く雄叫びを上げる。



「っるせぇぇな!くそっ!逃げやがって!」



 剣を握り直し前に見据える化け物にその剣先を向ける。


 逃げたって事は接近戦は有効か…?


 足払いも後ろ足じゃしてこない!警戒は前足か?



 ちくしょう!怖えぇ!

 だけど少しだけなんとかなりそうな感じだな!


「っしゃぁ!行くぞ化け物!!」


 再び化け物に向かって走る、前足を警戒しつつ剣を振るう。


 先ほどの攻防で、俺の一撃は躱され、その隙に懐に潜り込んだ、今回もその要領でやれば良い!

 躱される前提の見え見えの剣擊を打ち続ける!


 俺の剣擊を躱す化け物が動く度に地面が揺れるような感覚、近くにいるだけで被害は免れない、接近戦はかなり不利だが他に方法が無い、俺は一擊に全力を込めながら何度も剣を振るった、全力での打ち下ろしは大振りとなり地面を叩く、見え見えの横薙ぎはアッサリ躱され空気を切り裂く、下から振り上げる剣が、化け物の毛先をほんの少しだけ切り落とす。



「はぁーっ!はぁーっ!たった少し剣振っただけでこのザマかよ!くそっ!」


 先ほどとは違い、化け物は前足をくぐらせてはくれない、学習能力があるのか、一歩引きながら俺の相手をしているみたいだ。



 肺が悲鳴をあげる。

 体温が上がり汗が噴き出す。

 手足が重い。辺りを確認すると、視界の端にこちらを心配そうに見ているネオンの姿があった。



 まだ無事っ…



 そんな俺の考えとは関係なく、油断していた俺を化け物の頭の1つが大きく口を開き、此方へ迫る。


「しまっ…!!」



 一瞬の出来事に身体か硬直し、その攻撃を回避できず、化け物に頭から噛み付かれる。



「ふんっ!ぐぅ!」


 鎖骨と両肩、背中に尋常じゃない激痛が走る、鋭利なドライバーが何本も刺さる感覚。


 肉を貫通するその牙は骨に到達し、徐々に俺の身体を噛み砕こう力を込める。


「かっ!は…。」


 息が詰まる。

 視界は化け物の口腔内、今まさに餌に有り付いたであろう化け物は唾液を口腔内に溜め、咀嚼の準備をしている…



 このまま俺は喰われる。



 そんなことを思っただけでゾッとする、しかし現状は何も変わらない。

 肉に食い込む牙を支えに身体は宙に浮いている。

 バタバタと足を動かすが何の意味も無く、ギリギリッと牙を俺自身に食い込ませていく化け物。


 痛い!痛い痛い!痛い痛い痛い!このままじゃ食い千切られる!なにか方法はないか!考えろ!火は!?剣は!?剣を握ってる手は!


 両手両足に意識を集中し自身の稼働状態を調べる。


「動く!」


 かろうじて片手に持っていた剣を両手でしっかりと握る、握る力が腕から肩に到達すると激痛が襲う。




「んうァァァッッッ!!!!!」



 歯を食いしばり、激痛に耐えながら、牙が食い込む身体を思いっきり仰け反らせるように両手の剣を下から突き上げる。

 剣先が皮を破り、肉の壁を進む嫌な感触、化け物の顎の下から貫通させるように剣を突き刺す。




「どうっ!だっ!!」


 瞬時に口腔内に生暖かい血液が溜まり視界を濁す、鼓膜が破れるくらいに激しい咆哮、化け物の噛みつける力も弱まり、そのまま身体は地面に放り出される。




「ぐふぅぁっ!」



 ドサッっと受け身も取れずそのまま地面に叩きつけられ、痛みが全身を襲い行動力を奪う、足はガクガク震えて力が入らない、剣を持つ手も握力が弱まり、いつ落としてもおかしくない。



 眼前の敵は、頭の一つを顎下から貫かれたことにより、身もだえるように暴れてる。


 視界の端に映る少女。

 ネオンの無事を確認し俺はホッと小さく一息。


 正直今すぐ逃げ出したいぜ…くそっ!


 けど…今はネオンを守りたいっ!!



「ネオンっ!今だ!はや…くっ!」



 満身創痍の身体でネオンに一声を浴びせる、それを聞いたネオンはハッと我に返り、ルビィが向かった山の麓へと走り出す。



「よし!ネオンは無事、後はルビィが来るまで時間稼ぎだ!よろしく頼むぜ!化け物さんよ!」


 ゆっくりと立ち上がり後ずさりながら、剣を構える。

 頭の一つを剣で刺された事により、未だ苦しむように身悶える化け物。

 激しい叫び声が身体に響く、至近距離で聞く化け物の声は耳が痛くなる。


 どうする、追撃か、後退か。


 いや、俺が逃げて、俺を見失った化け物が、ネオンの方に向かったら意味が無い!

 ここで食い止めるのが俺に出来る事。

 ネオンを救う事。


 ボロボロの身体に力を込める、目の前で暴れる化け物、人の胴体程ある足に剣を叩き込む、力任せに振るった剣は化け物の足に食い込み止まる、それを全力で引き抜く。

 素人ながらとはいえ、やっぱり切断は難しい。


 懐に入ろうとするが、暴れ廻る化け物が不覚にもそれを許してくれない。

 噛まれた箇所の出血がじんわりと肩から流れ、手先まで延びる、剣の柄が血で赤く染まり上手く握れない。


 一撃離脱、戦闘力の無い俺にはこれしか出来ない、暴れる化け物の間合いから離れるように地面を転がり、前方を警戒しながら距離を取る。


 化け物は完全に俺を敵と認識したのか、離れた俺を見据え一度その動きを止める、貫かれた頭の一つはダランと垂れ下がり機能していない様にも見える。


 目の前で唸り声を上げ威嚇している化け物、体勢を低く構え後ろ足に力を込めるように…



 次の瞬間。




 化け物の後ろ足が地面にめり込むが如くひび割れる。

 一瞬、そう一瞬のうちに目の前には口を大きく開けた化け物の顔があった。



 極太の後ろ足から放たれた脚力で間合いを一気に詰めその巨体は真っ直ぐ俺に向かって来る。


「くっそ!っが!」



 何の考えも無しに身体を真横に倒しながら地面を転がる。

 回避なんてものじゃない、ただ本能的に立ち止まってはいけないと感じ身体を倒しただけ。


 ゴォッ!!

 っと音を立てながら風が通り過ぎる…



 冷や汗がブワッと湧き出る、運が良かった、ただそれだけ…。


 二度と今の動きは躱せない、そう理解すると同時に湧き上がる恐怖感、吐き気を催すがなんとか堪える、ガチガチと歯は鳴り身体は固くなる。


 なんとか地面から起き上がり体勢を立て直す、化け物は俺を捉え切れなかったと気付き、俺の方を向き直して同じように体勢を低く構える。



「また今のが来るのかよ!?」



 対抗策も無いまま第2擊が俺に向けられる。

 グルルル…と怒りに満ちたような唸り声で俺を見据える化け物。


 後ろ足に力を込め、地面にひび割れが起きたと同時に咄嗟に身体を横に倒す、風の音と共に激しく突っ込んでくる化け物の前足に俺の太腿が引っ掛かる。



「しまっ!!」



 理解した時には身体は宙に浮いていた、グルグル目が回る。


 宙に浮いた俺を置き去りに化け物は遠方へ通り過ぎる…


 方向感覚すらない状態で地面に叩きつけられるが、運良く、足裏、腰、背中、肩、両腕と着地の威力を分散するように落ち、思考は痛みのおかげで冷静になる。


 遥か遠くで、俺を捜している化け物。

 このまま隠れてやり過ごしたいが、あいにく見渡す限りの大草原。


 すぐにボロボロの身体を起こし、剣を前に構えながら後ずさる…

 化け物から離れるように、ゆっくりと。

 警戒は解かず、一歩、また一歩後ろに下がり距離を取る。


 何とか間合いを開けられ、思考にも余裕が生まれる。


「2度とアレは喰らいたくないな…なんせ攻撃が重すぎる、喰らったら俺のHPの半分くらいやられるからな…いや、もっといくなアレは。」


 そんな事を口にしながら、徐々に離れつつ化け物を見据える。


 剣を前に構え警戒は解かず時間を稼ぐ。


 鼻をならしながら俺に気付いた化け物、先ほどと同じように身を低く構える。



「あんな遠くからでも…」


 と口にした時、その場に化け物はいない、陥没した地面を残し宙に浮いていた、今度は前ではなく上空に巨体を晒し眼下の俺に口を開け勢いよく飛び下りてくる。


 今回は上に飛んで対空時間が長いせいか、なんとか意識が追い付いた…。


 上空から降ってくる巨体を目に、ほんの少し余裕が生まれ、頭で次の行動を必死に考える。



「これっ!ならっ!」


 と無理やり力いっぱい地面を蹴り、前に飛ぶ。

 頭のすぐ後ろで激しい音を立て化け物が着地、こちらを振り返ろうと体勢を直す。


 前回り受け身の要領ですぐに起き上がり化け物へと走る、体勢を戻し切れていない化け物の懐へスライディングのように身体を滑り込ませ起き上がる。



「いくぞっ!」


 ふーっと深く息を吐き、しゃがみ込んだまま剣を握る両腕に万力を込める、奥歯がギュギュッと音を鳴らすほど歯を食いしばり、傷だらけの身体中に血を巡らせる。



「とどけぇ!!!!!」


 剣先を天に向け全力で垂直跳び、化け物の丁度真下から剣を突き立てる、剣先からは化け物の皮膚を破り肉を貫く感覚…


 だが…



「浅いかっ!」



 ほんの少し刺さった程度で止まってしまった、化け物の腹はおよそ地上2メートルくらいの位置にある、全力での垂直跳びの力だけが化け物を貫く力に変わる、単純に俺の脚力不足の結果となってしまった。


「はぁーっ!はぁーっ!ちくしょう、身体が限界近いぜ…。」


 腹を突かれた化け物が跳躍し距離を取る、またもや遠距離から襲うつもりのようだ。



 次も上手くいくのか?

 駄目だ…身体に力がはいらねぇ…

 ルビィはまだか、ネオンは…。



 祈りにも似た願望で、山の方をチラリと見る。



 ふと、そこに見える人影…



 山の麓と、ここからの中間辺りに立つ一人の姿。


 風に揺れる純白の髪の毛

 真紅に光る赤の瞳と深海のような紺の瞳

 無言で此方を見据える表情

 その表情は俺の知っている少女ではなく、勇敢な一人の術士の顔。


 ネオンディアナ・キングスターがそこに立っていた。





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