1話 動きだす運命の歯車
真っ暗だ。
ここには何もない。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚
何もない。
ただ暗闇の中で意識だけはある。
暗い。
寒い。
苦しい。
あぁ……俺死んだのか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぶぅはぁぁぉ!ッッッゲホ!ゲホッ!」
無意識に空気を取り入れた肺が驚いて思わず咳き込む。
「はぁっ!はぁっ!うぉぇっ!はぁ…はぁ…」
深夜コンビニの帰り道で、謎のモヤと謎の女と謎の男とゴチャゴチャあって…道路の真ん中で意識を失って…
目覚めるまでの経緯を端的に思い出す。
しかし、視界に映る景色は先程まで俺が見てたソレとは違う、眩しい光に目細めながら辺りを見渡す。
「朝?なのか?いったいどうなっ………え!?」
広い、ただただ広い草原、広がる大草原、どこからか聞こえる波の音、草原の奥に見える壮大な一つ山から連なる山脈、手前の山の中腹にうっすら見える石の柱みたいな建物。
「いったいなにが、どこだ?ここは?」
太陽の光が眩しい。
どこからか吹いてくる風が気持ちいい。
さっきまで深夜だった。
気を失っている間にどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
「夢?じゃないよな…」
半信半疑で身体を起こそうと身体に力を込める、手は地面を押し上げ仰向けの身体をゆっくりと起こす、立ち上がろうと足を動かそうとした時、違和感と共に激痛が走る。
「痛って!」
痛むであろう箇所に目をやると膝下から変な方向に曲がってる自分の右足があった。
「うぉーっ!ってマジかよ!?」
意識した途端、曲がっている箇所がズキンズキンと痛みだす、まるでそこに全ての神経が在るかのように悲鳴を上げる右足。半信半疑で恐る恐る触ってみる。
っ痛!
くぅぅぅぅ。
やっぱり折れてるのかコレ。
歩けないよなー?
そもそも立てるのか?
折れているであろう箇所に手を触れるや否や激痛が前身を駆けめぐる、変な汗がブワッと湧き出て急に奥歯がガチガチと音を鳴らす。
どうにかこうにか立ち上がろうとするが、バランスをうまく取れずその場に倒れ込む。
その衝撃でまた右足に激痛が走る。
試してみれば分かると思うが片足で立ち上がるのは相当難しい、絶妙なバランス感覚と、それを支える強靭な足の筋肉が必要だ、もちろん俺にそんな大層なモノは無い、そもそも片足で立ち上がったとしても、掴まるモノが近くに無いと片足で歩く事も不可能だ。
出来る事は座りながら大声を出し人を呼ぶ、それだけだった。
「くっそ!だれか!誰かいないのかーっ!助けてくれー!」
大声で助けを求めるが、反応はない。
近くに人はいないみたいだ、それもそのはず見渡す限りが草原なのだ、360°草原なんて地元の田舎でも見たことがない。
視界に人の姿が無いのだから、いくら大声を上げても気付くハズもない。
しかし黙って人が通るのを待っていても仕方ない、ひたすら声を出して人を呼ぶ。
そもそもここは何処なんだよ、確認出来るのは空と草くらいなもんだし、せめて怪我の治療だけでもしたいんだが、人の気配すら無い…
座りながら、自身の周りを確認する。
昨夜と同じ格好、折れた足。
見渡す限りの大草原。時間は分からないが青空と眩しい陽射し。
「おーい!!!!誰かーーー!!!」
澄み渡る空気に俺の声は良く響く。
聞こえるのは吹き抜ける風が草を揺らず音だけだ。
どうする、マジで誰も居ないんじゃないか?
こういう時は、なんかフラグっぽいのを…いきなり誰か出てくるような…。
「よぉーし!せっかく誰も居ないんだ!普段出来ない事をやってやるぜー!はっはっはー!!!」
…。
よし、誰も来ない。
違う!そんな事言ってる場合じゃない!
努力する方向が完全に間違ってる。人間ずっと何も無い同じ空間にいると頭がおかしくなるって聞いたことあるけど、これはそれに近いんじゃないか?
マズいな…変なことばかり考えてしまう、まずは誰か人を見つけて、状況確認だ。
「誰かー!おーい!!!」
一度脱線したが、すぐに助けを求める声を張り上げる、何度も何度も同じ言葉を繰り返し、助けを求める。
……
…
「あー疲れだぁー…。」
かれこれ何時間過ぎただろうか。
叫び続けてすっかり喉も渇き疲労も溜まる一方だ。
「しかし何度見渡しても草原だな……どこか移動するべきか?でもどこへ行けば…」
何度も何度も辺りを見渡す。
見える景色は遠くの山以外は全て同じ、空の青と草の緑の2色の世界だ、気が狂いそうな大草原。
「山でも目指すか…といっても歩けないからなぁ。かといって黙ってここで何時間も叫び過ごしててもな…いくら待ってても人の気配がないんだ、なんとか移動するか…。」
四つん這いになり、両手と片足でハイハイの様な体勢で進む事にしてみる。
三点行進はなかなか良い移動手段なのだが、問題は折れた右足だ、ただ動かないだけなら引きずって行けるのだが、膝下10㎝丁度脛の一番上辺りから折れているで、膝に刺激を受けるだけで激痛が走る。
かといって黙ってる訳にもいかない俺は少し乱暴だが、足を固定することに決めた。
「ふっ!ぐっ!ああーっ!くぉーっ!」
まずは体育座りで膝を立てる、もちろんいうことをきかない右足は両手で優しく立ててやるが、とにかく痛い。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
息を止め、歯を食いしばり、なんとか右足を立てる。
裏腿と脹ら脛をピッタリくっつけ、着ていたジャケットでキツく縛る。
「ぐぉっ!でもっ、これでなんとか…」
再び四つん這いの体勢をとる。先程地面に付いていた右足は太腿の力で地面から浮かせる事が出来た、もちろん痛みはあるが、進めない程ではない。
「よし!今度こそ行くぞ!」
覚悟を決め、その場からゆっくりと動き出す、もちろん歩いた方が速いが、それが出来ないのでこのスピードにも文句を言ってられない。ましてや目の前の光景は何一つ変わらない大草原、何とかして変化を求めなければ、体力よりも先に精神力が尽きる。
俺は山へ向かって芋虫の如く行進を始めた。
はぁっ…はぁっ…
手が辛い…
時偶バランスを崩し地面に転がる、衝撃で右足が痛む。
手を滑らし前のめりに倒れる、衝撃で右足が痛む。
左足を滑らせ、腹這いに叩きつけられる、衝撃で右足が痛む。
痛い!痛い痛い!痛い痛い痛い!
だが、その痛みのおかげで精神は保たれているのかもしれない、何もない大草原。
天気の変わらない青い空。
気まぐれに吹く風。
遠くに見える山
はぁっ…はぁ…はぁっ…はぁ…
はぁっ…
どれくらい進んだのだろうか、遠くの山に近づいた気がしない、進むスピードは遅く、しかし浪費している体力は限界に近い。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、行進を止める。
仰向けになり深呼吸。
「スゥーーーハァーーー。」
こりゃしんどいわー。
全然近づいてないんじゃないか?
そもそも景色が一緒だからどれくらい移動してきたのかも分からないし、はぁ…。
起き上がり、とりあえずの目的地、山を見据える。
地平線に、ぽっかり一つだけの山、手を翳すと親指くらいの大きさだ。この大きさに変化が出るまで進むんだ、親指から拳へ、手のひらへと大きくなるはず、諦めなければいつかは辿り着く、そう、あの山……ん?
アレは?なんだ?
地平線とも思えるくらい遠くの方に、薄らだが色の違う所がある。見間違いとも思えるくらい小さな違い、山ばかり気にしていたが、よくよく眼を凝らして見ると明らかに違う色。違和感。遥か遠くだが、何かがあるのは間違いない。
何故だか笑みが溢れる、今まで何一つ変わらない、終わらない行進を続けて、やっと見つけた小さな変化。
身体に力がみなぎる、体力とは別のところから湧いてくるようだ、あそこまで、何かあるところに行けるだけ進んでみよう。
ズリ…ズリ…
腕と片足の力で痛みに耐えながら身体を引っ張る
ズリ…ズリ
ほんの少し、ほんの少しの前進。
だが目的のその場所まで近づいてる気がした。
ズリ…ズリ
思った以上に疲れる。
折れた右足に痛みがくる。
ズリ…ズリ
後少し。後少し。
と自分で自分を元気づける。
気のせいか、日も傾いてきた。
さっきより気温が下がってきているような気がする。
と言っても冬服を着込んでいるので暑いくらいだ。
ズリ…ズリ
ズリ…ズリ
日が沈み、一気に辺りは夜になってしまった。
月の明かりを頼りに芋虫前進を続ける
ズリ…ズリ
ズリ…ズリ
手が限界だ。
痛みも。疲労も。
ズリ…
ズリ…
……まだ…
まだ…もう少し…。
ズリ…
…。
ズリ…
…。
……
…
…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
着い…た。
目的の場所に辿り着いた、どれくらいの時間を要しただろうか…日は沈み、月の明かりが辺りを照らす、当初の目的だった山も、地平線と共に見えなくなり、空に眼を向けると一際明るい月と、満天の星空、地平線に近付くにつれ、星々は薄暗く見えなくなっている。
呼吸は乱れ、骨折の痛みも止まず、汗と土で全身泥だらけ、やっとの想いで辿り着いた場所。
そこには大量に積まれていた枯草、何度見てもただの枯草の塊、一面緑の草原に無造作に積まれているだけの枯草の塊。
ははっ…っと
渇いた笑いが思わず出ると当時に仰向けに星空を見上げる。
枯草目指して何時間も這いずってきたのか俺は、笑えねぇ…な。
達成感が疲労を気持ち良いものに変える、脳内から何か出てるんだろう。風が汗だくの身体を冷やしてくれる。
いや、待てよ!?考えてもみろ、なんの為に、こんな場所に大量の枯草が積んである?
自然に積み上がったって訳でもないし、誰かが積んだってことだよな、自然に枯草だけ積み上がったなんてことは無い、この場所に誰かの、何らかの手が入ってるのは間違いない。
このまま待てば誰か来るのか?
もう一度辺りを見渡す。
暗くてハッキリとは分からないが、ボンヤリ見えるのは空と大草原だけだ。進んで来たときから変わらない景色。
ぐうぅ…
腹減ったな…昨夜寝落ちしてから何も食べてないし、何時間も這いずってたし腹も減るか…
あー!
そういえば荷物。
身に付けていたバック!は、ある!食料は!無い…。
買った物は手に持っていたから、もしかして目覚めた近くにあったのか?混乱して探してすらいなかったな…
何でも良いから食べたいな…
缶詰とインスタントラーメンしか買ってないけど、無いよりマシだ、今の俺なら茹でる事無くバリバリっと齧り付けるぜ。
しかし、冷静に考えると、俺が来た方向がわからないんだよな、殆ど這いずりみたいなものだったし、大体の方向だけで元の場所に戻れるか?確か、この枯草がギリギリ見える場所から…だったか?
ははっ、下手したら遭難じゃねぇか。やめよう、無駄な考えは、今はここで誰か来るのを…
カサッ
!?
なんだ!今の音は!?
風が枯草を撫でる音とは違う、まるで別物。
自然に発生しないそんな音が近くで聞こえた。
カサッ
カサカサッ
まただ!この音は間違いない、姿は見えないが生き物、動物か?人間か?
一気に身体は緊張状態になり、手に力が入る。仰向けの身体を起こし、暗がりの中辺りを見渡す、そして目の前の枯草の上からソレは現れた。
「キィー」
っと甲高い声を上げながら枯草の横から現れた毛深い動物、その動物は、人の頭部程の白毛の塊、そこから伸びる二つの耳、宝石のような真紅の瞳、寒いのか小刻みにフルフルと震えている。
その生物は誰が見てもウサギ。
ただ…
「足が多い?のか?」
枯草の塊の上を闊歩するその足は数えてみると8本、何度見直しても俺の知ってる4本足のウサギではない、8足のウサギだ。
「なんっ…突然変異って訳でもないよな?」
まさか…と自分の中の小さな疑問が膨れ上がる、真冬の夜から目覚めれば、いきなり春先のような気候。
見たこともない一面緑の大草原、そして目の前には8つ足のウサギ、足は折れたまま、服は汗や土で汚れているが損傷は少ないし、空腹具合から考えても何日も経過していないと思われる。そしてあの時最後のやり取り。
導き出される答えは一つだった。元の世界とは違う場所。
異世界……なのか…。
半信半疑、ほぼ確信。
目の前の8つ足の生物が物語っていた。
何故俺が異世界に?そんな疑問もゆっくりと推理されていく、そう昨夜の記憶が蘇る。
『ゲートよ!ーーその様子だとキミが使ってきたーー』
マナが言っていたゲート「使ってきた」と言っていた、即ち、異世界への移動手段ってことか?
あのモヤというか違和感が異世界への交通手段、ゲートなのか?
「キィー」
「ん、ん?」
鼻をヒクヒクさせながら近づいてくる8つ足のウサギ
足さえ気にしなければ可愛いウサギそのものだ。
俺の大きな悩みに小さな身体。グルグルと思考の渦で回る頭を小動物は癒してくれる。
「人懐っこいな、どうした?ほら、こっちこいよ…」
「キィー」
モフモフウサギで癒されようと左手を伸ばす。
ヒクヒクと手の臭いをかいでいるのか、その姿を見ているだけでも心は落ち着く…
何もない、ただの大草原に積まれていた枯草、それ以外に何も変化は無いが、目の前の可愛いウサギのおかげで寂しさや不安は少し解消されつつあった。
ふふっ可愛いじゃないか。
ガリッ
「痛っ!」
コイツ!噛みやがっ……
ガリガリッ
プチン
「ぐッッあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
左手指先に激痛、思わず声が出る。
見開く瞳孔、吹き出る汗、速まる心拍、
痛い痛い痛い痛い
なんだ!?噛まれた!喰われたのか?
まるで心臓のように脈打つ指先は俺の血で真っ赤に染まっている。
クチャクチャ…
目の前のウサギは口元を赤く染めながら何かを食べていた、恐る恐る血塗れの指先へ目をやるが……無い。
第一関節から上が千切り取られるように無い。
無くなった指を目の前のウサギが食べている。
理解と同時に更なる痛みが指先を襲う。
「がぁぁぁぁっっっ痛ってぇ…」
目の前のウサギを手を振り回し遠ざける、すぐさま手を引き、もう片方の手で指先を押さえる、強く握る。血が止まるように強く。
ドクンッ!ドクンッ!っと激痛とともに押さえている掌の中には生温かい液体が溢れてくる。
呼吸が荒くなり、一気に頭の先まで体温が上がる感覚、食い千切られた指先を抑える手も、汗と血液でグチャグチャだ。
遠ざかったウサギは味を占めたかの如く、此方を覗いながら枯草の隙間をカサカサと移動する。
肉食かよ!くそっ!洒落になってねえ!
足は折れたまま満足に動けないし、目の前には肉食ウサギ!襲いかかって来たところを、捕らえるしかないか?
うまくやらなきゃ、また食われる羽目になる、出来るだけ無傷でやり過ごしたいが、どうする?どうする?どうするどうするどうする?どうする!!!
「キィー」
「キィー」
「キィー」
!?
どこからか鳴き声が聞こえる。
背筋が凍り付くような感覚、1羽だけだと思っていた俺に追い打ちを掛ける絶望的状況、複数羽だ。
数の確認は出来ないが確実に3羽以上いる。うつ伏せに丸まったまま手を押さえながら辺りを見渡す。
暗くて正確な場所は分からないが、枯草の音を頼りに、ウサギ達の位置の目星を付ける。
警戒してるのか、ウサギ達はすぐに襲ってこない、だが絶望的状況なのは変わりはない。
「だらあああっっ!!!!」
大声を上げ威嚇するが一定の距離を保ってウサギ達は俺を囲んだままだ、ジリジリとその囲いも狭まってる感じさえする。
そんな竦み合いの状況を破るかの如く1羽のウサギが俺の足を狙い飛び出す。
ガリッ
「くっ!」
突如死角から飛び込んできたウサギに足に噛み付かれた、ギリギリと噛み付いた歯に力がこもる。
「っけんな!」
強引に足を振るってウサギを追い払う、ふくらはぎから鈍痛が走る、ズキズキと音を立てるように患部が痛い。
何か…何かないか、武器になりそうな、なにか……
そんな俺の絶望的状況に鞭打つかの様に襲いかかる肉食のウサギ。
ガリッ
「くぁっ!」
ガリッ
「いっ!」
次々と襲いかかる肉食ウサギ、目の前の餌に危険が無いと感じたのか、攻撃の手を休めることなく俺に食らい付いてくる。
くそっ…頭がうまく働かない。
痛みと混乱で真っ白だ。
冷静に、冷静になれ!落ち着け!落ち着け!
命の危機に混乱するが、自身に何度も言い聞かせる。
ただただ襲いかかる肉食ウサギに対して身体を捻る。
仰け反る。腕を振るう。そんな奮闘の中徐々に冷静さを取り戻していく。
「くらっえぇぇ!!!!」
肩に掛かっていたバッグのベルトを持ち、ブンブンと振り回す、運良く遠心力で重みの増したバッグに1羽引っ掛かる。
「ギィッ!」
と叫び声を上げながら、枯草の後ろへ逃げ隠れる。
しかし、そんなことも気にせず他のウサギ達は俺に噛み付く事をやめない。
畜生がっ!このままじゃジリ貧だ、なんでもいい!
考えろ、考えろ、思考を止めるな!
相手は確認出来ただけで4羽!
今1羽枯草の向こうへ行ったから残り3羽か…。
左手は指先からの出血と痛みで拳を握るのが関の山、
右足も骨折してるから、立ち上がって逃げる事も不可能ってか?絶望的状況だな。くそっ!
8つ足のウサギは獣の本能なのか、俺からの反撃がこないであろう箇所を狙って噛み付いてくる。
背中。尻。頭。
その噛み付きによる獣の牙はまさに凶器だ、上下からなるその牙は人の柔らかい皮膚を軽く貫き剔るように肉を掬う。指を噛み切る顎の力も侮れない。
もしこの時、首筋や腋下、股下などを噛み切られていたら間違いなく出血多量だった。無意識に急所を守っていたのが幸いしていた。
襲いかかるウサギとの攻防戦、俺の体力がいよいよ限界に達しようとしていた、諦めずズボンやジャケットのポケットを漁る。
ふと中にあるものを手にする、まさに危機的状況が続いたこともあり、すっかり忘れていた。人類の特権とも言える武器を持っていたことを。
知的生命体が動物と違う理由、その理由は使えるかどうか、ソレを使える動物はいない、ソレを使いこなすのは知的生命体、即ち人である。
「ウサギ風情が!調子に乗ってんじゃねぇ!!!」
ピン!
シュッ!
ボッ!
愛用のZippoに火を灯す。
動物には使えないソレは火炎。
使い方によっては、様々な利便を生み出す。
しかし自身も周りさえも全てを焼き焦がす絶望をも生む。
その手に灯された人類の英知の炎を目の前の枯草へと下ろす。
パチッ
パチパチッと音を立てながら
目の前の藁がどんどん燃えていく。
ゆっくりと燻る火は徐々にその姿を大きく、そして炎へと姿を変えてゆく。
「キィーッ!」
枯草の中に隠れていたのか、中から慌てて飛び出てきた1羽、枯草を自らの体毛に絡ませていたことにより体に火が燃え移る。
その火は枯草だけではなく、その体毛をも燃やし、皮へ、肉へ、骨へと燃やし焦がす。
積んであった枯草へ、燃え盛るその身を投じると、パチパチと燃え始めの炎はどんどんと大きくなって行き、顔をしかめるくらいの距離で積まれた枯草が大炎上する。
「あっ!熱っ!」
髪の毛すら焦げ付くような熱から身体を転がすように出来るだけ離れる。転がる度に手足からは激痛が走るが早くこの場を離れないと自身まで焼け焦げてしまう。
朦々と上がる煙が夜空に上ってゆく。
……
…
ゴォォォ
パチパチッと
音を立てながら積まれた藁が燃え盛る。
その燃え盛る火により夜の暗さはなくなり、辺りはオレンジ色に明るく染まる。
奴ら、燃えたか!逃げたか?
なんにせよ襲ってこないってことは、助かったってことか…
辺りを注意深く見る、流石にもう襲ってこないみたいだ。
獣は火に弱いなんて覚えても仕方ない事だったが、こんなところで役に立つとは…
「痛っ!」
安心したのか身体の節々が痛みだす。
噛まれた各所、折れた右足、食い千切られた左手指先。
疲れ、空腹、精神的ストレス、痛み。
その全てがウサギを撃退出来た安心感の上にのし掛かるり俺の意識を奪っていく…
「星空は…こっちの世界でも綺麗だな。」
そんな事を口にしながら、仰向けに空を見上げると星空がとても綺麗だ。星座なんて碌に分からないが星の並びに目をやる。
「夢じゃねえなら異世界…か。冗談じゃねぇ…。」
ただ星を見ていた。
その夜最後の記憶に残っていたのは
満天の星空だった。