ずるい
「めずらしいですね、陽司さん」
俺の目の前でカウンターに頬をくっつけてぐったりしている男に声を掛ける。
彼の身を包む青緑のスーツから出ている部分は塗りつぶされたように真っ赤で、整髪料で作られたであろういくつかの髪の塊もひょこひょこと跳ねている。
いつもはしっかり掛かって、持ち主の知的さを強調しているノンフレーム眼鏡は右耳からテンプルが落ちてだらしなくずり落ちている。
普段こんなにぐったりするまで飲むような男ではないので、俺はそこそこ驚いた。
「やってしまったよ、僕お酒強くないのに。」
明日も仕事なのにぃーなんてみっともない声を上げて突っ伏せる。
何が彼をこんなに乱しているのか。俺はその答えをほとんど知っていた。
「どうしたんですか?今日は一段と哀しいことがあったみたいですね。」
俺ができるだけ優しい声色でそう尋ねると、目に近い少し太めの優しげな眉をひそませ深刻そうな顔をしながら身を起こした。
「離婚届けを・・・渡されたんだ」
瞼が切なげに揺れる。
俺はそんなずり落ちた眼鏡から見える涙をぼんやりと長めながら綺麗だと思った。
「俺に何が足りないんだ、俺はこんなに愛してるだろ?俺の何が、何が悪かったんだ」
体裁も気にせずに、不満を曝け出しながら泣く彼の姿は痛々しく、そんな姿を見られたことを嬉しく思うのと同時に、彼に会う前に会ったあの憎々しい女のことを思い出し、腸が煮えくりかえりそうだった。
――――「別に。ただあの人重いと思ったの。」
じゃぁ、どうしてはじめから結婚なんてしたんだ。どうして、彼の告白を断らなかった。どうして、どうして、彼の気を惹き留めるようなことをするんだ。
お前が中途半端に彼を愛さなければ、俺は
彼の中に入り込めたかもしれないのに。
本当に、ずるい。