4-1. 床で寝る男
「じゃ、あたしと同じ班ね」
いつも通り、ボーッとしてた。だから意味がわからない。気付いたら、私は腕を掴まれていた。一緒にご飯食べようって言ってきた人に。
「え?」
「今頷いたでしょ。良い? って聞いたら」
……やらかした! 何も聞いてなかった!
「え?」
「誰?」
「なんで?」
引きずられて連れて行かれたところで、私は熱烈な歓迎を受けた。言いたいことを全部聞いてくれた。
「え? だって面白いじゃん、上沢さん」
「……は?」
全員の声が重なった。意外と、息合ってるんじゃないの? 名前も知らないけど。同じクラスなのかな。
「……いや、私、別に……」
あからさまに嫌がられてるのに、固執する意味もない。というか、入りたくない。それが何の輪なのかわからなかったとしても。
「そっか」
言葉にすれば通じるみたい。この人はわかってくれた。欲を言えば、掴んだままの手を離してほしいんだけど。
「ならあたし、抜ける。じゃねー」
「……」
声も出なかった。出せなかった。掴まれたままの手が痛かったから。……さっぱりわかんない!!
「あの」
「え、なに?」
「その……よかったの?」
聞きたいことしかない時って、うまく考えられないような気がする。選択肢があったら楽なのになって、ちょっとだけ思った。
「全然おっけー。なんかもう、あれだったし」
……どれ!? 言いたかったけど、浅い関係で強く出る勇気はやっぱり、持てなかった。
「河上さん」
そんな中、野太い声が聞こえてきた。これもやっぱり、聞き覚えのない声。聞く気もなかった声。……河上さん?
「ん?」
……この人、河上さんって言うんだ!! 待って、出席番号、すごく近いんだけど!? ほぼ後ろじゃないの!? 全然知らなかった!!
「二人?」
「いいや、四人だけど?」
「河上さんと、上沢さんと、……誰?」
「その辺の誰か」
「余ったんだったらさ、僕も入れてよ。余ったんだ」
……僕、だって。その声で。でも、見た目は声と違った。岩山みたいなものじゃなくて、こじんまりと、柔和な笑みを浮かべていた。誰だろう……。
「無理に決まってんじゃん」
「どうして?」
「あんた男でしょ。あたしも上沢さんもポンコツになっちゃうじゃない」
「するわけないよ、捕まりたくないし」
……本当に、声と不釣り合いな見た目なんだけど……。さすがに私と河上さんよりは大きいけど、ちっさいし……。なんだろう、その声……。……なんだか、かわいそうになってきた。
「いいと思うけど……」
「……はあぁぁぁ!?」
哀れんでつぶやいてしまった言葉は、しっかりと聞き取られていた。
「なに!? なんで!? 上沢さん、そういう人だったの!?」
「いや、そういう人って言われても……」
そもそも、何のための班決めかすら知らないんだけど。教えてくれないし。……って、よく考えたら、黒板に書いてるよね。黒板を見る。そこには、校外学習と書かれていた。……いいじゃん、それくらいなら。
「ありがとう上沢さん。助かったよ」
「えぇぇーーー! 何それ、もう決定事項なの!? どうなってるの!? マジなの!?」
「それ全部同じ意味だね……」
「あぁ……清らかなあたしでいられるのも、あと一週間なんて……」
「だから襲わないよ?」
「信じられるかああぁぁーーーーーっ!!」
そうやって噛みついてる姿は、どう見ても襲われそうにないけどね……って、襲われる?
「襲われるって……なんで?」
「……上沢さん、保健の成績、赤点でしょ」
「大丈夫だよ。僕は床で寝て、二人がベッドで寝たら」
「……何の解決にもなってないけど!? 逆だったらむしろ何がどうなるの!? 頭どうなってるの!? 割らせて!」
「もしかして……一泊二日?」
「ううん、二泊三日だよ」
……やらかした! おっけー出しちゃった!! イベント事って、余ったところで隅に寄ってたから、全然意識してなかった!!
「でも、余ってるの、僕たちだけだし……」
……周りを見てみる。……この人の言う通り、もうグループは固まっていた。何人グループとか、詳しくは知らないけど。三か四くらい。
いつもなら、余ったところに入れるくらいなんだけど……っていうか、この子悲惨すぎない? やっぱり、かわいそうになってきた。
「ちょっと先生! 先生でしょ! どうにかならないの!?」
「来ると思ったよ……。石田、お前は俺の部屋な。それでいいだろ」
「嫌です」
……石田って、これもすごく近い番号じゃん! 見たこともないよ!? ……で、空気が凍ってた。私が一人騒いでる間に、っていうか、多分ずっと……。
「冗談だよ。大丈夫です、先生。それでお願いします」
にこりと微笑む石田くん。はぁぁとため息をついて安堵する河上さん。これにて一件……落ちてない!! 多分ずっと、私たちは変な集団だったから。
嫌になるくらい、静かになった教室。原因は私たち。友達よりも私を選んだ河上さん。私たちと一緒に寝ようとした石田くん。地味で暗い私。……どんな三角関係!?
体育の授業で、一人ぼっちでも先生に気付かれなかった私は、多分もう二度と戻ってこない。向けられた視線は、何よりも私の心をえぐっている。
「ねぇ」
「……」
ご飯が終わって歩いていたものに声をかけてみる。声をかけたそれは、何故か後ろを確認してた。
「いないよ、ねぇ」
私から話しかけるのは何年ぶりなんだろう。できれば話しかけたくないんだけど。気持ち悪いし。でも、背に腹はかえられない。だって私は知らないから。
「お、おう。なんだい妹よ」
「野球の本とか持ってない?」
「……いや俺、どっちかってレベルじゃないくらいサッカーが好きだからさ」
ならいいや。そう伝えることすら面倒だった。だから顔だけじゃなく体も背けた。役立たずの前なんかにいるよりかは、部屋に戻りたかったから。
「持ってないんだってーい!」
なんか言ってるけど、知らない。別に調べたらいいだけだし。それが面倒だったから聞いただけで。だから部屋に戻りたかった。私だけの空間に。
「知ってるわけないし」
「なんです、藪に棒に」
何も続かないよ。それも、面倒だから言わなかった。だって元から、自分で調べろって話だしね。それも面倒だったから聞いただけで。
よく考えたら、もし持ってたとして、それを読むのも多分、面倒だった。
「野球ってなんです」
パソコンの画面を盗み見しながら聞いてくる。やっぱり知らなかった。
「藪から出てくるもので丸いのを打つの」
「何が面白いです」
「知らない」
知ってるわけないじゃん。だって私、ルール知らないんだから。バットでボールを打って、グローブで取る。それくらいしか知らない。興味ないし。
「今度ね、高校野球ってのを見に行くの」
聞かれてもなかったけど、気付いたら喋ってた。愚痴のようなもの。別に不満があるわけじゃなかったけど、気に入ったことでもなかったから。
「それは幸いです」
「なにが?」
野球知らないって言ってたのに、なにが幸いなんだろう。本当に疑問に思った。嫌味でもなんでもなく。
「美味しい匂いがするです」
「あ、無理だよ」
「何がです」
「だってアイくん、高校生じゃないし」
アイくん。苦肉の策で、私が考えた呼び方。いとしくんとか、弟くんとか、そんな風に呼びたくなかった。でも、本当の名前は教えてくれなかった。
でも、いつまでもこいつじゃ不便な時もありそうだったから、無理やり作ってみた。女の子みたいだけど……。
「はぁ」
「うちの校外学習だし。来れないよ」
テーマは色々とあった。校外学習と言っても遠足のようなもので、でも、全員がディズニーランドというわけにもいかないもの。
テーマを選んで、それに沿った行動を取ること。で、私たちの班は、まとまらなかった。だって私、ディズニーランドとか興味ないし。
真っ先にじゃんけん大会に向かった河上さんが戻ってきてからは、意見が出ることすらなく、余った努力というテーマに決まっていた。
「そんなわけないです」
「いやいや、そんなわけあるから……」
ちょうど、神宮大会とかいう何かがあるみたいで、それは努力の塊だからって説得された。河上さんに。
反対する理由はなかったし、考えるのが面倒だったし……。せっかくだから、ルールくらいは知っとこうって、そう思っただけのこと。
「あ、今日あるじゃん」
「何がです」
「野球。プロの方だけど」
適当にクリックしてたら、日程表が出てきた。しかも、テレビで見れる試合。
「見るものある?」
「何をです」
「じゃ、野球見るから。嫌なら出てってね」
言いつけて、テレビをつける。試合は四回の裏だった。
「よくあんな小さいのを打てるですね」
アイくんは出て行かなかった。まぁ、出て行っても、行くところないんだけど。だってここがアイくんの部屋だから。……私だけの空間だったのは、つい最近までの話。
……普通は、あっちの部屋で二人だと思うんだけど。姉弟だからって話かもしれないけど、違うし……。
「どうなってるです?」
「打ってる方が勝ってる」
「はぁ」
五対二。ほんと、よく打てるね。流れていく試合を、アイくんと二人で見続ける。……やばい、つまんない。
「なかなかおもしろいですね」
「え、ほんとに?」
「ほんとにです」
六回の裏まで見て限界だったんだけど……。性別もどうだかって思ってたけど、やっぱり、感性が違うのかな。……それは、人間とそれ以外って区別にしとこうかな。
「これは何をしてるです」
試合はいつの間にか同点に追いついていた。アイくんが指してたのは、バントをしようとしてるバッター。
「え? バント」
「なんですそれ」
「……え、なんか、ランナーを進めるあれなんだけど……」
「わからないですね。打てばいいです」
……私もわからない。私も、打てばいいだけじゃないかなって思うんだけど。
「自己犠牲とか、そんなのじゃないの。なんか、犠牲バントとか書いてたし」
「変わってるですね……」
まぁ、ルール知ったくらいだし、多分意味はあるんだと思うけど。別になにも言わない。言う気にもなれなかった。
結局、なにが面白いのかもわからないまま、最後まで見た。なにも面白くなかった。ただ見てただけだから、どっちが勝ったのかも見てなかった。
「どっちが勝ったの?」
「こっちです」
アイくんも結局、ずっと見てた。時々声を出してたから、多分ほんとに面白いと思ってたんだと思う。
「お嬢さん」
「ん?」
「やるです」
「……嫌」
「なんでです」
「持ってないもん。あれもなんか言ってたから、多分家にもないよ」
主語がないからよくわからなかったけど、多分野球のことだよね。やらない。というか、なんだったとしても、やらない。
「仕方ないですね……」
野球で合ってた。でも、なんか物分りがいいね、アイくん。まぁなんでもいいけど。ゴネたってやらないし。
「次はいつです?」
「知らない」
興味ないし。そう言って、パソコンを指してあげた。自分で勝手に調べといて。そういう意味で指すと、これもアイくんはおとなしく従った。……ま、いいけど。
「寝るよ」
「どうぞです」
腰掛けていたベッドに潜る。私がベッド。アイくんは床。さすがにね。……アイくんでこれなのに、昼はどうかしてたんだと思う。
時間はまだまだ早いけど、私はテレビもあんまり興味がないし、パソコンもただの暇つぶしだし、やることがなくなったら寝ることにしてた。だからもう寝る。
あとは全部アイくんに任せて、目を瞑る。意識は、数秒ともたなかった。




