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3-2. 楽しい時間

「……え? 上沢さん、いつ出て行ってたの?」


教室に戻ると、お弁当を持った女の子が、私を見てびっくりしていた。十五分後だよ、って答えたら、どんな反応になるのかな。


「終わってすぐに」


「えー! あたしドアのすぐ隣なのに、全然気づかなかったけど!?」


……やらかした! そんなの初耳なんだけど!! っていうか、そんな席の人が、なんで窓際の私の席まで来てるの!?


「どうしたの?」


「あっ、いやさ、一緒にご飯食べようと思ってたら、上沢さんいないし、……え、あたしがおかしいの!?」


勝手に興奮し始めた。戻ってこなければよかった。一瞬だけそう考えたけど、それはやっぱりよくなかった。


「おかしくないよ」


「……全然納得できないーー!!」


「食べないの?」


「食べるけど!? でも納得できないーー!!」


……悪くても、別によかったかもしれない。そう思ったけど、もう手遅れだった。




「……なに?」


放課後は、家に帰る時間。それに従って家に向かう途中。また非通知。相手なんか、確認する必要はなかった。


『死ぬです……』


「そっか。なら切るよ」


『なんでもいいです……。叶えてください……』


「自分でやったらいいじゃん」


そう。別に私頼りにならなくても、自分でやったらいいのに。今までだってそうだったんだろうし。


『悪魔というのを聞いたことがあるです……』


「ほら、そんなのと一緒にいるのは嫌でしょ」


『死ぬです……』


皮肉は通じないことを知った。相手をするのが、とたんに面倒になった。


「切るよ」


『何をです』


なにも言わずに、切った。すごく面倒だったから。電源も切った。どうせ使わないし。


『なんか夢見てください』


「きみと話をしたくないなー」


でも、切れなかった。違う。電源は切った。でも、声は聞こえていた。携帯から。なにがどうなってるの?


『美味しくないです……』


「死ななくなったでしょ」


『不本意にもほどがあるです……』


だから退治した。機転が利いたから。


『でも感謝するです。明日の朝までは持ちそうです』


退治したはずなのに、嫌な言葉が聞こえてきた。最後っ屁なら、どれだけいいんだろう。


「なに言ってるの?」


『楽しい時間を作るです』


そう聞こえると、携帯からは音がしなくなった。電源を切った携帯は、その機能を失っていた。はっきり言ってくれればいいのに。

でも、面倒くささはあいつに対してだけのもの。だって私は今、すごくやる気になっていたから。




楽しい時間は、すぐそこに迫っていた。ベッドに潜り込んだあと、目覚まし時計をセットする。スマホのバイブでは起きれないけど、目覚まし時計なら百発百中だった。

忌々しい行為を終えると、そこは夢のような世界が待ち受けていた。

ワールドカップの決勝戦でフリーキックを決める俺。メジャーリーグで三冠王になる俺。東横綱として年間90勝を達成することだってできる世界。

今日の俺は、パー七十二の十七ホールを四十八で回っていた。最終ホールはパー四。ここをパーで終えたとしても、二十アンダー。とても気持ちがいい。

ティーショットを構えると、ゴルフクラブを振り抜いた。完璧な感触は風にも乗ると、一直線にカップ目指して飛んでいく。グリーン手前で跳ねたボールを見届けていると、耳障りな音が聞こえてきた。


「……」


「起きなさーい」


楽しい時間が、永遠に終わらなければいいのに。




意識すればするほどに、時間は遅く過ぎていくような気がする。誰に聞いたかも覚えてないけど、楽しい時間は早く過ぎるって言っていた。

多分それは正しい。だって俺はそれを、毎晩体験しているわけだから。

今日の俺は、大勢の人で賑わう場所を見下ろすように、一人壇上に立っていた。スポーツが主だったこれまでに比べて、少し趣が違っている。


「それでは、表彰式に移りたいと思います」


その他大勢が俺を見上げて、手をたたいている。拍手喝采というやつだ。


「ノーベル物理学賞に選ばれた、白田努(しろたつとむ)さんです」


……ノーベル賞!? それも物理学!?


「どうぞ、壇上へとお上がりください」


……いや、俺もう、壇上に立ってんだけど……。というか、何故に? そもそも、物理学ってなんだっけ?

フレミングの法則って、科学じゃなかったっけ? ……かがくって、化けるのか、科するのか、どっちだっけ? ……わかんねえぇぇーーーーっ!!

でもまぁ、夢だと考えたなら、こういった方が、らしいのかもしれない。楽しいことに変わりはないから。


「おめでとうございます!」


再びの拍手喝采。俺はもらった盾のような何かを、天高く掲げて、それに応える。……あれ?

楽しい時間に変わりはなかった。でも、この夢って、終わりはどこなんだ? というよりも、これまでの統計から言うと、一番盛り上がるところで……。……これ以上、盛り上がるところがあるのか?

……嫌な予感が全身をかけめぐる。盾を掲げる俺。拍手喝采のその他大勢。それ以降、場面は一切動かない。でも、どうすれば抜け出せるのかがわからなかった。

いつもは目覚ましの音で抜け出す夢。でも今の俺には、それを待っている余裕はなかった。そうなると、俺にできることは二つほど。


「起っ……きろおおおぉぉぉーーーーーーーっ!!」


全力で念じること。後もう一つ。掲げた盾を、頭へと叩きつけること。痛みは感じるわけがない。でも、これが夢だと、気付かせるために。

ガシャーーーーン!! という音がした。……ちょっと待って、これって夢じゃな痛ってえぇぇーーーーー!!


「痛ってぇぇーーーーっ!!」


信じられないくらい痛い頭を押さえて、転げ回る俺。何がどうなってるのか、さっぱり理解できない。ただ、何が目的かだけは忘れなかった。

目覚ましの置き場に目を向ける。……ない!? ちょっと待て、どこに行った!?

痛みも忘れて立ち上がる。その場をぐるぐると回って、部屋を見渡す。目覚まし時計は、俺の足下に転がっていた。スイッチが切られた状態で。


「あ、やばいわ……」


いつ消したのか、そもそもセットしていたのか、なんで親は起こしてくれなかったのか。どうでもよかった。

別に、ただの授業なら、遅刻したってどうでもいい。

でも今日は違った。期末テストの日だったから。勉強なんかさっぱりしてないけど、ゼロと三十なら、まったく印象が違う。

気がつくと俺は、学生服に着替え終わっていた。カバンを手にしたところで、五分前。学校までは、十五分。間に合うわけがない。


「空……飛べないかな」


もちろん、自殺するわけじゃない。ウルトラマンとは言わずとも、せめてカラスとか、五分で着くくらいのスピードで、空を……俺は、飛んでいた。


「……痛い痛い痛い痛い!!」


アメージング! と思わず俺が言ってしまいそうな現象が、今まさに起こっていた。腕をつねると、力加減を間違えていた。

でも、なんでもよかった。テストにさえ間に合うのなら。だってこれは夢じゃないから。痛い夢なんて、ありえるわけがないから。

あっと言う間に学校の真上にたどり着いた。真下はグラウンド。時間は二分前。よっしゃセーフ!!

で、間に合ったのはいいんだけど、これどうやって、……なんか、髪の毛が、逆立ってるような気がするんだけど。

なんか、地面が、近づいて……るような……気が……。……あ、死ぬわ、俺。




空からすごい速さで落ちていたものは、地面スレスレの位置でピタリと止まった。でもきっと、見ていた人は一人だけ。保健室の先生。気絶してなかったらいいけど。

まぁ、してるわけないんだけどね。そう願ったから。白目で泡を吹く白田努さんに駆け寄るおばさん。あれがたぶん、そうだから。


「途中まで……美味しかったです……」


「そこからは?」


「……」


苦しそうに口を押さえていたやつは、何も答えてくれなかった。答えられなかった。私がそう仕向けたから。すごく楽しい。


「遅れるよ」


「……」


知らない一人の楽しい時間が終わっても、私の時間はまだまだ続く。そう考えると、どこからでも力が湧いてくるような気がした。

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