表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

3-1. 壁にドーーン!

目覚まし時計の音は、とても不愉快なものだって思う。唯一の楽しい時間が奪われてしまうから。

昨日も、そして今日も。それだけじゃない。目覚まし時計に休日はなかった。だから頑張って起きあがる。必ず訪れる、楽しい時間を目指すために。




「……え?」


行ってきます。そんな言葉は口に出さないのに、私の横から聞こえてきた。


「なんです」


「……どこに?」


「学校以外何があるです」


すごく嫌な予感がしていた。なんで同じ時間に家を出たのかも、そもそもなんで同じ時間に準備してるのかなって思ってたのに。


「高校?」


上沢愛と名乗りだした得体の知れない存在は、私の弟ということになっていた。少なくとも、上沢家では。みんな不思議に思ってなかった。

弟ができた! なんて喜ぶ気はなかった。別に、妹だったとしても、それは同じ。どっちかなら、兄か姉がよかった。それなら私は気楽だし。


「高校じゃないです、学校です」


「いや、高校も学校なんだけど……」


下だとしても気楽にしてればいいんだけど、気分の問題だから。


「何を言ってるかよくわからないです」


「うん……もういいよ」


もうなんでもよくなった。別に同じ高校だったとしても、どうでもよくなった。私は私で、こいつはこいつで、そう行動すればいいだけの話だし。


「それじゃ、僕はこっちです」


「……あぁ、うん。じゃね」


扱い方は、少しずつわかってきたような気がする。だからもう大丈夫。きっと。

私も通っていた中学校へと向かっていくのを、手を振って見送る。なにやってんだろと思うけど、これは現実だから仕方がない。受け入れて、やっていくしかないんだから。




「上沢さん」


何時間目だったのかもわからない。いつもみたいに、頬杖をついて、窓の外を眺めていた。


「え?」


席替えは、多分一回もやってない。私はこの席以外に座ったことがないから。


「食べないの?」


そもそも、この席以外がどうなってるかなんて、考えたこともなかった。どうでもいいし。


「え、なにを……?」


「なにって、上沢さん、お弁当でしょ? ずっと座ってるしさ」


でも、時間の概念だけは、気にしておくべきだった。前を向いて、時間を確認する。……十二時、三十分。私は今日学校にきて、四時間は無駄に過ごしていた。


「あ、うん。食べるよ」


別に食べなくてもよかったけど。だから私は、お弁当は持ってきてない。忘れることが、多々あるから。そんなことでお母さんと喧嘩するのもめんどくさいし。


「そっか。よかったー」


そう言った女の子は、私の前の席に腰を下ろすと、手に持っていた布の袋を開いて、お弁当箱を取り出した。


「いやさー、せっかく作ってきたのにさーっていうか、作ってやった残りを詰めただけだけど」


何が起こってるのか、いまいちよくわからない。


「作ってやった?」


「んー? あー、なんかさ、ペットみたいなやつがいて、信じられる? なんであたしが作ってやってんの? っていうか、なんであたしが残り物なの? 信じらんない」


聞きたいことを聞かない私も私だと思うけど、まったく要領を得ない言葉を投げかけてくる女の子も、どうかと思った。

どこから整理していけばいいんだろう。そもそも、会話って、こんなに難しかったの? 久しぶりすぎて、何もわからない。


「あの……えっと」


とりあえず、名前を呼ぼう。そう思った。けど、呼べなかった。ちょっと待って、この人誰!? 見た記憶もないんだけど!?


「そうそう、飼ってるわけじゃないんだけど、なんかさ、居着いちゃって。上沢さんって、兄弟いる?」


「……上、と……下。男が」


でも、会話は続いた。多分、えっとの部分を、ペットって聞き間違えてくれたんだと思う。私でも聞き間違える。


「なんだ、飼ってんじゃん」


「……弟さんだったの?」


一瞬、声を荒げかけた。でも、ほぼ初対面、と私が思ってるだけの人に、それはよくない気がしたから、必死に耐えた。

言ってから気づいたけど、お兄ちゃんの方もあったよね。どっちにしろ、存在自体を認めたくないのに、変わりはないけど。


「いや、血は繋がって……」


……どっち!? って、また声を荒げかけた。必死に耐えてる間、初対面の人は、携帯を取り出すと、その画面を冷たいまなざしで眺めていた。


「血は繋がってないけどさ。まぁ、似たようなもんだけど」


「でなくてよかったの?」


着信音こそならなかったものの、ずっと震えてるから、一応。どっちでもいいけど。


「え、何が?」


「いや、電話が……」


「いいのいいの。どうせ、学校でもゴキブリが出た! とか、そんなんだし」


……やっぱり、全然わからない。とか思ってたら、私の携帯も震え始めた。


「ちょっと、ごめん」


取り出して、確認してみる。番号は、非通知。嫌な予感しかしない。出ようか、どうしようか。


「ん、全然おっけー」


……まだ聞いてもなかったんだけど。まぁ、いいって言うんだから、出てやってもいいかもしれない。


『すごいです』


「……なに?」


いろんな意味を込めてみた。文字通りなにがすごいのか。なんで私の番号を知っているのか。そもそも、携帯持ってたの?


『小腹が空いたので、ちょっと食べてみたです』


「うん」


『なんか、救急車とパトカーが来て、大変なことになってるです』


「……は?」


「は?」


声がかぶった。目の前の人と。見てみたら、携帯をいじっていた。なにがだろう。


『だからちょっと、きてください』


「いや、来てと言われて……」


行けるわけないじゃん。そう言おうとしたけど、やっぱりやめた。どうも、行けちゃうみたいだから。だって、この教室で、私以外は動いてないんだから。


『今すぐです』


「いやいや、わりと遠いし」


『変身して願えばいいです』


「……あぁ、そう」


なんでもありじゃん。まぁ別に、なんでもいいけど。


「見てください」


変身して、願ってみた。気づいたら私は、中学校の中にいた。


「……なに、したの?」


指された先にあったのは、イスにのしかかられて、頭から多量の出血をしてる、男子生徒。


「言ったです。小腹が空いたから食べたです」


「なに食べたらこうなるの!? ……っていうか、言っといてよ!!」


こんな衝撃的な光景、すごいなんてもんじゃないよ!? すごすぎるよ!!


「なんか、壁ドンがしたいって言ってたです」


「……あの、さ」


「なんです」


「壁ドンって、知ってる?」


嫌な予感しかしなかった。たぶんこいつは、知らないから。たぶんじゃない。絶対に知らないから。


「知らないわけないです」


「なら、なにやったの」


景色がゆがんだ。血に染まった教室は、喧噪に溢れる給食の時間になっていた。そういえば、中学校は給食だったっけ。


「こいつです」


アップで映し出されたのは、やんちゃそうな顔をした男の子。確かに、大きくなったら、そういうことをしそうだけど……。……壁ドンが、したい?


「ここです」


もしかして、されたいって思ってたんじゃ……。


『ちょっと西川!』


『いいじゃん別に、ほしかったら取ってみろよ!』


交わされるのは、まぁ日常的な会話。喧嘩するほど仲がいいとは……って、ちょっと待って!?


『こっの……』


目の前にあったイスを、頭の上に持ってくる女の子。……壁ドン、ねぇ。


『野郎おおおぉぉぉぉーーーーっ!!』


『……へ? って、うわああぁぁああぁあーーーーーっ!!!』


ガシャーーーーーン!! って、すごい音がした。すごいことばっかり起きる。でも、今回のはすごすぎた。


「死にたがってたです」


「そんなわけないじゃん……」


「壁ドンです」


「壁にドーン! だよ、これは」


やっぱり、知らなかった。中学生って、女子の方が力あったっけ? それにしても、火事場の馬鹿力にもほどがあるよ……。


「違うです?」


「そりゃ、死にたい人なんて、めったにいないでしょ」


「無味無臭かと思ったです。そもそも食べれてなかったです」


……においも、あったんだね。まぁ、どうでもいいけど。さっさと願って、この凄惨な光景から目を背けたかった。痛いのは嫌いだから。子供だしね。


「っていうか、なんで呼んだの?」


「理由はないです」


「あってよ!」


完全に無駄足じゃない! 説明してくれたら高校で願えてたのに!! さっさと願って、戻ろう。そう思って目をつむって、……どう、願えばいいの?


「もしかして死んでないよね?」


「知らないです」


「知っとこうよ! 見てたんでしょ!?」


押し問答が続くけど、これもよく考えたらどうでもいい。適当に、願えるだけ願って終わらせよう。どこまで願いが通じるのか、試す機会かもしれないし。そしてついでに、ちゃっかり願ってみよう。


「ちょっと西川!」


「いいじゃん別に、ほしかったら取ってみろよ!」


隣にある教室から聞こえてくるのは、さっきも聞いたような声。でも、もうすごいことは起きない。だってそう願ったから。

時間を確認する。十二時、十五分。今帰ったら、私はイスに座ってるのかな。……って、あれ? やばくない?

ま、いいか。いざとなったら、あいつに聞けばいいんだし。今頃、西川くんを追いかけていた女子に壁ドンをされてる、あいつに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ