2. 願いの魔法使い
「おーい、お前らー、聞こえてるかー?」
「先に行っといてよ」
しつこく扉の前をうろうろする兄。うっとうしいことこの上ない。
「一緒に行こうぜー美沙!」
「行かない」
だって、変なやつがいるから。いろんな意味で。だから私は、一人で行きたかった。いつ以来かわからない会話をしてまで。
「ちっ……わかったよ」
そういって、遠ざかっていく足音。だから私は、扉に近づいた。そして、その扉を、おもいっきり蹴飛ばした。
「ぐわあぁぁーーーーっ!!」
聞こえてくるのは悲鳴。ワンパターンだから。死んでないかな。そう思って扉を開けると、上下する胸が足下で見えた。殺せなかった。
「さっさと行くですよ」
その横から、小さな影が通り抜けていった。
「って、ちょっと!?」
横で見てて、わからなかったのかな。でも、わからなかったのなら仕方がないけど。止めに行こうとして、気づいた。とても、人前には出られない格好だってことに。
「ちょっ、これ……え、どうやって脱ぐの!?」
脱ごうと思って気づいた。後から気づくことばっかりだけど。どうやって脱ぐの? こんな格好で親の前に? 出られるわけがない。
だから、力技で脱ごうと思った。別にどうだっていい。……って、部屋なのに靴じゃん! 最悪!
「う、うー……ぎゃあああああーーーーー!!!」
と思ったけど、使えた。起きそうだったおなかに、おもいっきり突き刺した。悲鳴が聞こえたけど、部屋に入ったら聞こえなくなった。
とりあえず、靴を脱いだ。こんな高い靴は、あんまり履きたくない。次に、服を脱いだ。……脱げた。え? 脱げてもいいものなの?
でも、背に腹は代えられない。適当に服をつかんで、着る。いろいろと言いたいことはあったけど、全部飲み込んだ。
「あーもう、いっ、てぇぇぇーーーーーっ!!」
着替え終わって、扉をおもいっきり開けると、すごい音と手応えと声があった。でも、どうでもよかった。無視して、階段をかけ降りて、キッチンへと向かう。
「あら、お兄ちゃんは?」
待っていた光景は、おかずを運ぶお母さんと、目の前に置かれた食事を食べ始めている男の子。茶碗の数は、四つあった。
「……え?」
「あんたたちを呼びに行ったのに、あんたたちだけが降りてきて。どうなってるのかしら……」
「あんた……たち?」
思わず復唱してしまったセリフに、お母さんは、指を指した。私と、男の子に。
「食べないです?」
「……食べ、るよ」
騒いだところで何が起きるわけでもない。でも、落ち着いたからと言って、状況が変わるわけじゃない。
だから私は混乱したまま、ご飯を食べることにした。
食べている途中、いつの間にか兄も降りてきていた。何かをしゃべっていたのかもしれないけど、私は何もわからなかった。
何を食べていたのか、どんな味がしたのか、何もわからなかった。
「ごちそうさま」
「です」
同時に食べ終わった私たち。お茶を飲んでいたその手をつかんで、引っ張る。自分でも信じられない力のまま、階段をかけ上がり、部屋へと飛び込んだ。
「なんですか、いったい。ちっとものどが潤ってないです」
「きみ、誰なの?」
「上沢愛。お嬢さんたちからは、アイと呼ばれている、だそうです」
「……いとしが、どうやってアイになるの?」
「アイを漢字にしていとしとあてます。読めないです」
「……つけたのは、きみでしょ」
「僕の名前はお嬢さんたちにとって、アイという名前が一番近いからです」
……なんだかよくわからないけど、私が考えたことになってるらしい。
私に兄弟はいないから、たぶん私が考えたことになってる。
……って、そんなことはどうだっていいよ! はやく聞かないと!
「これどうやって脱ぐの!?」
「普通に脱げばいいです」
「……違うよ! 変身どうやって解除するの!?」
「する必要あるです?」
……え? ないの? ……いやだって、私全然知らないじゃん! なにも知らないんだけど!?
「ないの?」
「知らないです」
「知っといてよ!」
こいつが知らなかったら、私誰に聞いたらいいの!? どうしようもないじゃん!!
「ずっと変身してたら寿命が縮まるとかは?」
「それはないです。でも、何かしらの弊害はあるはずです」
「あるじゃんダメじゃん!」
「はずです。知るわけないです。初めてですから」
「……初めて?」
嫌な予感しかしなかった。もしかして、魔法使いになったのは私が初めてとか、そんなことじゃないよね? 絶対違うよね? そんなこと言わないでほしいんだけど……。
「魔法少女はお嬢さんが初めてです」
的中した!! 最悪なんだけど!
「嘘でしょ……」
「嘘じゃないです」
「というか早く変身解除させてよ!」
「願えばいいです」
……願う? ……やってみた。変身解除しますように。その瞬間、私の体は光に包まれる。その光が晴れた時、別に私の体に変わったところはなかった。
ただ一つ、さっき脱ぎ捨てた服が、学校の制服に変わっていたことくらい。……これだけ!?
「もしかして、逆も同じ?」
「当たり前です。お嬢さんは願いの魔法少女です」
……なんか異名を付けられた! なにそれ、かなり恥ずかしいんだけど!? というかそもそも、私もう少女じゃないし!!
「そのさ、魔法少女ってやめてもらえない?」
「どうしてです」
「いやだって、私十七なんだけど」
「だからなんです」
「……恥ずかしい」
やっぱり魔法少女って、最低でも中学生じゃない? 私高校生だし。中学生に見間違えられることはあるけど。
それもそうなんだけど、願いのって、なに?
「わけがわからないです」
「願いのって、どういうこと?」
「読んで字のごとくです。お嬢さんは願いを叶えます。僕は美味しいです」
断片的すぎるでしょ……。わけがわからないのはこっちなんだけど。なら試しに願ってみる。ショートケーキが出てきますように。
「……」
「なんです」
「叶わないんだけど」
「変身してないからです」
「言っといてよ!」
なんか恥ずかしいんだけど! 誰にもバレてないけどさ……。でも、なにかがおかしい。変身しないと願えないなら、どうやって変身するの?
「ならどうやって変身するの?」
「願うです。それは僕の願いだからです」
……なんだかよくわからないけど、願ってみる。変身しますように。すると、右手の小指が光り始めた。……なにこれ、この指輪いつの間に付いてたの?
その光は全身を覆い始め、それが晴れた時、私はさっきの姿に、魔法少女の姿に変身していた。
「……願いを叶えたら、きみが美味しくなるの?」
「そうです。ライドを壊されて僕は生きていけないです。お嬢さんが僕の最後の願いです」
「……ライドって、あれ?」
「そうです」
断片的すぎて話がまったく入ってこないけど、私は一応当事者だから、なんとなくわかる。ライドっていうのは、私が壊した乗り物。
こいつが美味しいって言ってるのは、私が願いを叶える時に発生するらしいなにかを食べているから。……あくまで、たぶんの話だけど。
「それさ、不味くてもいいの?」
「いいわけないです。美味しいが良いに決まってるです」
「美味しくなかったら死ぬの?」
「ある意味死ぬです」
どうも、不味くても死なないらしい。というかただのわがままみたい。だってさっき私不味いって言われたもん。
不味いって言われたのはきっと、それが私の叶えたい夢じゃなかったから。今なら、きっと美味しくいただかれたと思う。
「……なんか微妙に美味しいです」
でもたぶんこれが最後。だって私の本当の願いは、こいつとは別のところにあるから。
「よかったね」
「それは良いということです?」
聞かれてから思い出した。私、こいつの呼びかけに答えてなかったね。まぁ答えは最初から出てたんだけど。戸惑ってたのは、この姿で人前に出るのが嫌だっただけ。
「良いよ」
夢はただの現実逃避。その考えはきっと変わらない。
「では改めてよろしくです、願いの魔法使いさん」
だから私はそれを叶えてあげようと思った。でも、一つだけ言えることがある。私はきっと、どちらかと言えば悪役側だってこと。
だって私は、見ず知らずの人を幸せにさせる気なんかさらさらないんだから。




