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10. 再提出

「……」


「……」


「ねぇ、上沢さん」


せっかくの放課後なのに。そう思ったけど、やりきれなかった私が悪いだけの話。要するにただの自業自得。

望んだわけじゃなかったけど、こうなることはわかってたんだから。


「さすがにね、一時間使ってこれは、私も受け取れないのよ」


机の上に開かれているのは、将来の夢と題を書いてある紙。クラスと名前の他に、特になし、という文字だけが書かれていた。


「ですよね」


「これがダメだって言わなかった私も悪いのよ? でも、なんでもいいからとりあえず書いてほしかったな」


「ですよね」


「ならこれ。はい」


適当に相槌をうっていると、原稿用紙を手渡された。……再提出、ってことね。仕方ないか。


「月曜でいいわ」


「はい」


また月曜に。そう言って私は解放された。言葉少なで済んでいるのは、きっと私が願ったから。早く終わりますようにって。

私は魔法が使える。あくまで語頭や語尾にきっとって言葉がついての話だけど。なんであやふやかって言うと、確認するすべがないから。それに尽きる。

試しに今使ってみようか。二つ先の信号。あの信号を、スピードを緩めることなく渡りきりたい。そう願ってみる。

一つ目の信号を難なく渡り切る。目指す場所は点滅を始め、赤く染まった。私はスピードを緩めない。私から見て垂直に、多くの車が行き交い始める。

私はスピードを緩めない。絶対に緩めない。そしてそのまま横断歩道へと差し掛かり、信号待ちをしていた連中を軽やかにすり抜け青信号を横断した。

先生から解放された後、自転車置き場へと向かう中で聞こえてきたグラウンドや体育館からの声に、私は聞いてみたかった。なにが楽しいの? って。

そもそも一時間も使った授業の内容も覚えてないけど、作文用紙を手渡された時から今まで、なにひとつ候補が浮かばない。


「ただいまー」


「おかえり」


というか、考えたこともなかった。気付いた時にはあったから。欲しいと思う前に、私は欲しくなりそうなものを持っていたから。

親に買ってもらったのかもしれない。自分で買っておいたのを、忘れていたのかもしれない。だからあくまで、きっとってこと。


「ねぇ」


「なに?」


「将来なにになりたいの?」


おかえりと言って私を迎えてくれたのは、猫と戯れる小学校低学年の弟。年の差って母性がどうとか聞くけど、嘘だよ、あれ。

私一切ないもん。まぁ子守とかはさせられてたし、自転車に乗っけてどこかに連れてったりはするけど、それくらい。


「社長! 絶対社長!」


「なんで?」


「え? だって社長ってお金持ちでしょ? お金いーっぱい欲しい!」


「そっか。頑張って」


「お姉ちゃんは欲しくないの?」


「……どっちでもいいかな」


内容に問題はあったとしても、こんな子供でもなりたいものがある。夢を持って生きている。……私は物欲すらあるのかどうかもわからない状態なのに。

逆に考えてみた。欲しいものがないなら、欲しくないものを考えたらいいんじゃない? ……愛、とか?

血の繋がった弟にすら愛情持ってないのに、人を愛したことがあるわけないじゃん。笑っちゃうよね。愛どころか、友達もいないのに。

……私、なにが楽しくて生きてるの? ……楽しいって、なんだったっけ? 嬉しいや楽しいなんて、思うタイミングすら見失っている現実。

なんだ、いっぱいあるじゃん。それを書こう。さすがに文章は考えないとカウンセリングとか受けさせられそうだけど。

先が見えない状態じゃなくなったことに安堵する。……少しでも、思えるかな。そう考えて、弟と遊んでやるためにゲームの準備をすることにした。




喧騒の中に、私は一人佇んでいた。佇むというか座ってるだけだけど。いつもの風景だけど、二つだけ違うことある。

一つは騒がしい理由。そりゃ、可愛い女の子が転向してきたら騒がしくなるよね。……高校で転校ってありえるんだ。知らなかった。


「……上沢さーんっ」


囲まれる転校生の輪をボーっと見ていると、担任に呼び出された。……あれ、ダメだった?


「はい」


「すぐ済むわ、ちょっと来て」


呼びだされた私は、教室前の廊下で担任と話をする。話は本当にすぐ終わった。一枚の紙を持って教室へと戻るところで、教室から出てきた転校生と鉢合わせになった。


「……かみざわさん?」


「え?」


「見えないけど、不良?」


「……見えるなら」


「見えないけど、呼びだされてたじゃん」


二つ目のいつもと違うこと。それは、私の心が高鳴っていること。


「宿題、出すの忘れてただけだよ」


「うっわ、不良じゃん! 全っ然見えないのに!!」


「不良じゃないよ……」


いつも通りの風景は今日でお別れ。これからはまったく違う風景が広がっていく。なんでかはわからないけど、そんな予感がしたから。


「ほれ」


転校生は私の左手をつかむ。目の前に掲げられた左手の小指には、小さな指輪が嵌められていた。


「言い逃れできる?」


「見えないって言ってなかった?」


「今気付いたし。不良じゃないなら言い逃れしてみたら?」


「これ?」


どう考えても絡み方が不良だよね。それはまだ言わない。きっといつか言える日が来るはずだから。

そんな日が来たら、きっと楽しくなるんだろうな。だからこの場は穏便に済ませよう。そう思って、軽く微笑みかけた。


「私の宝物」


私の将来の夢は、指輪をくれた人と結婚することです。再提出を食らった紙で言い逃れをしながら、いつか来る日を心待ちにすることにした。

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