7-3. 届いた贈り物
「……結局どんな話なの?」
「……他人を思いやる、とか、そんな感じの……」
アイくんとのゲームを終えて、空腹を満たすための時間。ふと思い出したように、お母さんが聞いてきた。文化祭って何してるの? って。
無視しようかと思ったんだけど、さすがに産んで育ててくれた人に、そんなことできないよね。だから答えた。答えたらこうなった。
「お前も着るの?」
やっぱりオチがおかしいよね。意味わかんないもんね。そもそも高校生にサンタが来るって、お花畑かなにかなのかな。
「お嬢さんも着るです?」
「……まぁ」
「マジかよ!! いつだよそれ、お前行くぞ!!」
「どこにです」
変ななにかに肩をバンバンと叩かれるアイくんは、また終わりのない問答にそれを誘っていく。傍から見てる分には面白いね。バカみたいで。
私は途中で無視するからダメなんだけど。めんどくさいし。だから今も、箸を置いて席を立つ。
「上がるよ、アイくん」
「はぁ」
アイくんを呼び寄せて、部屋に戻る。トコトコとついてくる姿が、なんか面白い。バカみたいで。
だから最近は一緒に部屋から降りて、一緒に部屋に戻る。あいつらあんな仲よかったか? って聞こえてくるけど、別に普通でしょ。
部屋に戻ったら、またアイくんがゲームを始める。私はそれを後ろからボーっと見る。CPU戦のやり方を何回も教えてあげたら、やっとできるようになった。
「でも滑稽です」
「なにが」
「主役は河上さんじゃなくてお嬢さんです」
「……はぁ?」
喋ってる最中に、アイくんはゲームオーバーになってた。喋るのと両立できないってどれだけヘタなの? というか、なに言ってんの?
私十秒も出ないんだけど。たぶん五秒くらい。セリフなんかあるわけもないのに。私が主役?
「願いを叶えるのはお嬢さんです」
「……あぁ、うん。そうだけどね」
そっちね。そっか。真剣に考えたこともなかったけど、確かに私かも。みんなの願いを叶えること。それが私の立場。
自分もサンタさんになって、他のみんなにプレゼントをあげたい、っていう夢を叶える立場。
「でもやらないよ」
「何故です」
「やりたくないし」
どっちがです、って聞かれたらどうしよう。言った瞬間しまったと思ったんだけど、アイくんは聞いてこなかった。聞かなかっただけかもしれないけど。
私はまだ迷っていた。自分がどんな立場を取るべきなのか。なんであと一回やってからって決めたのか、その理由すらもわからないから。
「まぁいいです」
押し問答は続かなかった。ゲームさまさまだね。またアイくんは画面に熱中する。私はボーっと見続ける。
なにをするわけでもない穏やかな時間。でもそれを、私は嫌だとは思わなかった。
教室内は賑わっていた。教室だけじゃない。廊下にまではみ出した大道具は、このイベントの盛況っぷりが伺えるような気がする。私を除いては。
私はボーっと空を見ていた。帰ろっかな。そう思ったけど、河上さんが待っててって言ったから、帰るわけにもいかなかった。
河上さんは今教室にいない。本番が迫ってきた中、リハーサルを始めるらしいから、ここじゃない別の場所でなにかをやってる。
誰だっけ、あのちっさい子。あいつもいない。どこに行ったかはわからない。というか今なんでそのことを考えたのかもわからない。
そして私は仕事がない。だって、輪を乱すだけだから。全然関わってなかった私が入っても、邪魔になるだけだから。
だからボーっとする。邪魔にならないように。教室の中に背を向けて、ボーッと空を眺める。それはたぶん、邪魔にならないから。
しばらくするとメッセージが届いた。河上さんから。先に帰ってて、って。すぐにカバンを掴んで、教室から出て行く。誰にも言わないし、言う相手もいないし。
「早いです」
「うん。まぁね」
寄り道もせずに家に帰ると、やっぱりアイくんが私を待ち構えていた。いつもより早く帰ってしまった分、いつもより長くゲームをしないといけない。
「そう言えばさ」
「なんです」
「最近はお腹、空かないの?」
めんどくさいなって思って、ふと思い出した。この文化祭期間中、というより、あのおじいさんと別れてから、一回もない。
ヒマなんだから、今こそヒマ潰ししたいのに。なんかもやもやしたこの気分をどうにかするためにも、さっさとけじめをつけたいのに。
「空いてるです」
「……あ、空いてたんだ」
「でもそろそろあるです。そこでいただくです」
「……いつ?」
「そろそろと言ったです」
……曖昧だね。まぁないことはないんだろうけども。でも、なんかイライラしてきた。どこにぶつけたらいいのかもわからない不満。
そもそも、なにに不満を持ってるのかもわからない。なんで私イライラしてるんだろう。
「強すぎるです……」
だからゲームにぶつけた。アイくんのレベルに合わせたCPUだから、勝つのは簡単に勝てる。だから圧勝してみた。
要するにただの八つ当たり。アイくんは文句を言ってくるけど、私の心は晴れなかった。
当たり前のように賑わう教室内と、一緒の空間にいるはずの私。明日に迫った文化祭で、私はやっぱりなにもしていなかった。
前みたいに、ヒマ? と声をかけてくる人もいなかった。今なら答えてあげるのに。うん、ヒマだよって。
「ごめん、お嬢!」
ただ河上さんを待っていただけ。前と違うのは、演技の批評をするかしないか。それだけでも、あるかないかだと段違いだった。
「最終チェックしないとダメなの! だからごめん、今日も……」
「うん」
わかってた答えだったから、最後まで聞く意味もなかった。教室外でリハーサルが始まってからは、一緒に帰ってないし。
メイン以外は、最後に舞台袖から雪崩れ込むだけだから、リハなんか必要ないし。どっちにしろ、河上さんと帰るにしても、途中までだしね。
だから私はカバンを掴んで、教室から出た。あの岩崎くんだっけ? あいつはどこに行ったの? サボってるの?
どうでもいいけど。そんなことを考えながら、下足箱まで降りていく。どこの階も、どこの場所も、賑わいがあった。一つになってるとまでは言わないけど、楽しそうだった。
二年近く履いてるローファーを下ろし、ジーっと眺めてみる。今はただこの靴だけが私の存在を知っているような気がしたから。
家に帰って、アイくんとゲームをする。ご飯を食べる。明日は行くぞ! と意気込まれる。部屋に戻って、アイくんがゲームをする姿を見つめる。
いつも通りのサイクルは、永遠に終わらなければいいのに。少しだけ、そう思ってしまった。
「さーて、この子たちの願いは……」
でもそんなわけにはいかない。あっという間に時間は流れて、気付いたら劇の本番中。舞台袖で出番を待つエキストラの後ろから、河上さんの演技を見つめる。
「……素晴らしい。とても素晴らしい、ああ素晴らしい!」
やっぱり演劇部には戻らない方がいいね。今のアドリブだし。まぁ、最終的に決めるのは本人だから、とやかくは言わないけど。
「ふふ、お手のものさ。はい、スリー、ツー、ワーン!」
指パッチンを合図に、舞台が暗転する。同時に、舞台はガヤガヤと騒がしくなる。全部で三十三人が押し寄せるんだから、当然だよね。
私はそれを舞台袖で見つめる。残っているのは私だけ。それでも、二年三組に違和感は生じない。
サンタクロースの姿になった自分の姿に目を向ける。なんで着替えたんだろう。着替えなくても、別に気付かれないと思ってたのに。
エンディングテーマが流れる中、幕が下りていく。私はクラスメイトを迎えることなく、その場から離れていた。それが私の願いだったから。
先に教室に戻って、着替えを持って、トイレに駆け込む。駆け込もうとした。
「おっ嬢っさまっ!」
でも捕まった。トイレに入る前に、腕を掴まれた。
「捕まえた」
「……アキちゃん」
「何やってんのよ、劇も出てこないで」
演技を終えたあとで高揚している河上さんの手はとても温かい。その手の感触は、とても気持ちのいいものだった。
「あんたは打ち上げどうする?」
「どっちでもいいよ」
「うわ、身も心も発言すらも面倒なやつね。男でしょあんた一応」
その隣にいたのは、……岩田? だっけ? もしかしたら岩じゃないかもしれない。でも、そいつも河上さんの隣に立っていた。
「お嬢は?」
「行かない」
「あっそ。ならあたしたちでやる?」
その後ろにいたのはアイくん。なんで? と思ったけど、そう言えば見に来るって言ってたっけ。……なんかもう一人いた気がするけど、別にどうでもいいか。
「アキちゃんは?」
「……あたしたちって言ったつもりだったんだけど、言い間違えてた?」
「行かなくていいの?」
「はぁ? 行くわけないじゃん、お嬢行かないのに」
なににイライラしてたかなんて、わかってたことだった。でもわからないふりをしてた。変わっていく自分に戸惑っていたから。
立ち位置が二か月前に戻ってしまったことがじゃない。煩わしいだけなら、願えばよかったんだから。私に関わりませんようにって。
でも言ってくれた。笑わなくてもいいじゃん、って。僕の欲しいものをあげる、って。結局はただのわがままでしかなかったんだよね。
「ついでに写真でも撮っとこっか」
「いいね、お嬢さまのサンタさんなんて、僕欲しくてたまらないよ」
「ドン引きなんだけど!? お前は近寄るな!!」
望んでないことだったら、最初から願っておけばいいだけの話だったんだから。
「僕が撮ればいいです?」
「何言ってんの、アイくんも入るの。あたしが撮るから」
掴まれていた腕を引き寄せられる。というか顔が密着してる。私のより一回り大きいサイズの画面には、四人の姿がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
でも嫌じゃない。だってもう決めたから。伝えるのは家に帰ってからだけど、私はもう決めたから。
もっと多くの人に、この画面に映るような笑顔になってもらう。そのために私は、みんなの夢と願いを叶えようって決めた。




