7-2. 笑わないお人形
昔から表情には乏しかったらしい。と言っても、赤ちゃんの頃は手のかかる子だったらしいけど。
別に最初は楽しくないわけじゃなかった。自分では笑ってるつもりだった。でも、顔は笑ってなかったみたいで。
上沢さんは面白くないの? って言われて、そんなことないよって返し続けて、面倒になった。
聞かれないようにすればいいじゃんって考えたら、誰ともしゃべらないのが手っ取り早かった。そうすれば、好きなタイミングで表情が出せるから。
そう思ってたけど、表情は出せなくなった。だって面白くないから。一人でボーっとしてて、楽しいわけがなかったから。
それに気付いた時には、もう戻れなくなっていた。いや、違うかも。戻ろうと思えば、きっと戻れた。でも私は戻れなかった。戻り方がわからなかったから。
「退屈?」
ボーっと劇の練習を眺めていると、声がかけられた。誰だろこの人。別に誰でもいいけど。
「まぁ」
「君なんの係だっけ?」
「お使い」
そう。私は買い出し係という名の押し付けられ役だった。あいつがいなかったら空気になって家に帰れ……なかったかな。河上さんがいるし。
「なら今ヒマなんだ?」
「ヒマじゃないらしいよ」
「……は?」
うんまぁ、普通の反応だよね。なに言ってるんだろうって。自分で言っててもびっくりするもんね。お前のことだろって思うもん。
でもまぁ、すぐにわかるけど。だって言葉の通り、私の意思じゃないんだし。
「ねぇねぇお嬢、どうだった!?」
「うん。迫真だったね」
「でしょでしょ! あー、あたし演劇部に入り直そうかなー。なんかこう、辞めちゃったんだよね、怠くて」
入り直さない方がいいと思うよ。そこまでは言わないけど。なんでこの人こんなに張り切ってるんだろう。引くくらい気持ちこもってたんだけど、素人なりに。
「……」
「まぁ、こういうことだから」
答えを目の当たりにして固まった人に、声をかけてあげた。そもそもこの男子生徒はなんで私に話してきたんだろう。目が合ったこともないのに。
なんか河上さんに、私の劇を間近で見ておけと命じられたから。ただそれだけのこと。だから私は今ここにいる。
「ん? 何が?」
「アキちゃんに見惚れてるんだよ」
「うわ、きもっ……。ドン引きなんだけど」
引いたり引かれたり忙しい人だね。でも私は嫌いじゃない。だから私は今ここにいる。嫌いだったら、とっくにベッドの中だから。
お使い係と言っても、することなんかほとんどない。というか、サボる名目で名乗り出る連中ばっかりだから、名前だけの役職になってる。
唯一の仕事が、サンタさんの服を注文に行ったことだけ。だから私はその時が来るまで、ただボーっと、河上さんの劇を眺めていた。
「はい、三十四着で、これが領収書」
「え?」
そして受け取りの日。もらったのは、三十四人分の請求書。私確か、三十三人の注文をした気がするんだけど。
「あぁ、お嬢さま、数え間違ってたから。僕が訂正しておいたよ」
「……あぁ、うん。ありがとう」
そう、私のクラスは三十四人。私が注文したのは三十三人分。だってスカートとか好きじゃないし。制服は仕方ないけど。
河上さんが劇に夢中なうちに、あやふやに済ませようかと思ってたんだけど。余計なことをされてしまった。
「一回みんなで着てみない?」
でもなってしまったのは仕方ない。こんな声が出るのがわかってたから、追い出される男子の群れに混ざろうかとも思ってたんだけど、それもできなかった。
「……ねぇ」
「何?」
普通の反応だよね。なんの問題もない。だから私は困った。問いかけを間違えたから。私がなに? って聞きたかったんだけど。
聞けないじゃん。なんなのこいつ。誰なの? 岩山だっけ? なにがしたいの?
「離れて」
男子が教室から追い出される中、私の肩を掴んで、小さな体を小さな私の後ろに隠そうとしてる岩村くん。セクハラで訴えてあげようか。
「うん……でも、お嬢さまのサンタさんが見てみたくて……」
「……裸と、どっちが見たい?」
「サンタさん」
「なら出てって」
目立ちたいとも思わないのに、視線が集まる。仲が良いと思われる。最悪なんだけど。でも、うん……、って太い声を残して出て行ってくれた。
別にあいつが犯罪者になったところで知ったことじゃないけど、私が巻き添えを食らいそうだから。それさえなかったら別にいいけど。
「お嬢のサイズは……SSか」
教卓に置いた袋から服を分け与える河上さん。びっくりするくらい失礼なんだけど。否定できなかった。
どのみち河上さんがいる限り、私は逃げられない。わかってたことだけどね。諦めて、サンタクロースの服を着ることにした。
作ってもらった衣装は、露出が多いわけでもなく、上半身は赤く覆われてる。スカートすごく短いんだけど。なにこれ……。
「……小学生みたいね」
寒いからタイツ履いてたんだけど、赤いのと全然合わない。本番どうしよう。寒いんだけど。
「どういう意味?」
適当な事を考えて流そうかと思ったけど、やっぱり聞き捨てならなかった。私一応十七歳なんだけど。中学生ならまだしも、小学生って。
「可愛いってことよっ!」
ガシッと体を覆い被される。別に河上さんが大きいわけじゃない。私が小さいだけ。というかほんと、最近触れ合い方がすごいね。正直引くんだけど。
ほら、みんな一歩どころじゃないくらい引いてるし。なんなのほんとに。
「河上さんとお嬢さまの温度差が……やばいよね」
……そっち!? ちらっと聞こえちゃったんだけど、そっち!? だから私引かれてるの!?
「なんか全然嬉しそうじゃないし……」
……うん、それは言えてるね。嬉しいじゃないからね、これって。観察力というか、洞察力あるよ。誰? 今言ったの。
「でも実際、可愛いよね、お嬢さま。お人形さんみたいで」
……え?
「わかるー! なんかちょこーんと座ってるの、ぎゅーってしてあげたくなるよねー」
「永遠に髪伸びそうだしねー」
「……それはちょっと違うんじゃない?」
お嬢さまは、人形みたいで可愛い。お嬢さまって誰? お嬢さまは、私。……私が、可愛い? お人形さんみたいな私が、可愛い?
「ねぇアキちゃん」
「んー?」
「私って、人形みたい?」
「……そっか、そうなのよね。そうなんだ」
自分でもわからなかったけど、気が付いたら河上さんに問いかけていた。でも河上さんは答えてくれるんじゃなくて、うわ言をつぶやきはじめた。
「お嬢って、人形なんだ。だから違和感なかったんだ」
私、自分では人間のつもりだったんだけど、人形だったのかな。別にどっちでもいいけど。私が聞きたいのはそこじゃない。アイくんにも聞いたことだから。
「気持ち悪くない?」
「は? なんで?」
「いや……だって、笑わないし」
「いいじゃん、別に。笑いたくないなら」
……あれ? ……なんか、思ってた反応と違うんだけど。
「そうなの?」
「当たり前じゃん。あるがままでいいのよ」
最低でも、そういや笑わないね。なんで? とか聞かれると思ってた。実際はそれすら聞かれなかった。
それどころか、あるがまま、今のままで別にいいとも言われた。……私が気にしすぎだったのかな。
言われてみたらそんな気もしてきた。いいじゃん、別にって。笑いたくなかったら笑わなくてもいい。
「そっか……そうだよね」
「何? 誰かに言われたの? 気持ち悪いって」
「……そんな気がしてただけだよ」
「あーもうかっわいいーーーっ!!」
だから私は笑わない。だって今も、全然笑おうとは思わないから。




