7-1. 私が欲しいもの
どうでもいいけどこの子石田って言います。
十二月になると、なんかよくわからないけど、そわそわしてくる気がする。今年が終わるって言っても、数ある一日にすぎないはずなのに。
師走は忙しいって言葉に惑わされてるのかもしれない。実際、なにが忙しいのかはよくわからないけど。
とにかく、私は今そわそわしている。それだけは間違いない。だって、実際に忙しいんだから。
「ねぇお嬢さま」
文化祭って、遅くても十一月とか、秋にやるものじゃないの? なんで期末テストも終わったこの時期に、クリスマス目掛けてやってるの?
「なに」
「好きな人っている?」
「……なにが?」
そもそも二学期って、クリスマスには冬休みじゃないの? わけわかんない。この学校も、この男の頭も。
「いや、いるのかなって」
「いない」
うちのクラスは劇をやるらしい。オチは全員がサンタクロースになるってオチ。誰が書いたんだろうね。
サンタさんの服を着ないとダメなんだけど、持ってる人いないよね。ゼロだとは限らないけど。
「そうなの?」
「そうだよ」
作れる人もいなかった。写真部はあっても、家庭科部なんかこの高校にない。というかいたとしても、三十三人分の服とか作れるわけないし。
「そうなんだ」
「そうだよ」
だから発注することにした。たまたま承ってくれる店が近くにあった。私着たくないんだけど。寒そうだし。そもそもスカートが嫌い。寒いし。
「寒くない?」
「寒いよ」
「なんか買ってあげようか」
そして私は今、服を注文しに行っていた。面倒な役割は押し付けられた。というか、巻き添えを食らった。こいつの。
「要らない」
「遠慮しなくていいよ。僕のせいなんだからさ」
なんなのこいつの声。太いんだけど。体に似合わず。名前もはっきり思い出せないんだけど。岩田だっけ? 岩本だっけ?
なにわけのわかんない話ふっかけてくるの? そもそも、なんでこいつ、私を相方に選んだの?
「欲しいものないし」
こいつはクラスでハブられてるけど、私は別にこいつの味方じゃないし。ハブられてる同士で組まされ続けてるだけ。
河上さんも一緒のグループだけど、なんだかんだと言って人望というか、元気が良いからね。劇の主役に抜擢されていた。
「なら、僕の欲しいものをあげるよ」
「……くれるって言うならもらうけど」
「なら楽しみにしておいてよ」
「……あ、うん」
なに言ってるんだろう、この人。よくわからない。適当に返事をしておく。というかなんでこんなに絡んでくるの? 仲良いみたいに思われるじゃん。
誰も私たちに興味ないから気づかれないし、そもそもきみが誰かも知らないけどさ。嫌なんだけど。やめてもらえない?
でもいいや。願っておいてあげる。ちゃんと私にプレゼントできますように。良かったね。
「あ、おかえりお嬢」
結局やめてくれなかった。学校に戻るまで、ずっと話しかけられてた。全然聞いてなかったんだけど。
適当に返事しておいたら嬉しそうだったから、お互いにとっていい時間だったんじゃないかな。わかんないけどね。
「うん、ただいま」
「寒かったでしょ」
「うん、寒かった」
他愛のない話をする。一か月前では考えられなかったこと。高校入ってから喋った記憶ないし。写真部の評論も、見て聞いてただけ。
「ほれ」
コートを脱ぎ捨てた私のほっぺたに、温かい感覚ができた。それをムニムニと押し付けられる。
「どうよ」
「うん……まぁ」
「え、足りない? しょうがないなー」
どうって、なにがどうなの? そう聞きたかったけど、適当に流そうとした。でもなんか変な方向に向かってしまった。
たぶん私が帰ってくるまで喋ってたクラスメイト。名前は知らないんだけど。その手を掴んで、私のほっぺたにぶつけてきた。
「どうよ」
「……暑いんだけど」
「あっはっは! ほれほれー!」
だからやめて。そう続けたはずなんだけど、どうなってるんだろうね。私のほっぺたはもみくちゃにされていた。誰なの、この二人。
「うわ、やわらかーい」
「というか冷たいー。アキ、もっとカイロあげなさいよ」
「いや、暑いんだけど……」
「もう、困ったお嬢さまね」
もしかして私、失語症になったのかな。それもすごく都合の良い。
「ねぇアキちゃん」
「んー?」
なってなかった。当たり前なんだけど。というか、ただ試しただけだから、特になにもない。どうしよう。
「なにもないよ」
「……」
取り繕えなかった。なんかもう、面倒になった。だからそのままを伝えた。すると、河上さんの表情が変わっていく。……嫌な予感しか。
「覚悟ーーーーー!!」
考える最中に放たれた攻撃は、ほっぺたむにむにの刑だった。暑いって言ってるんだけどね。ってこれちょっと、地味に嫌なんだけど。ほんとに。
威勢よく戦いを挑んできたんだから、なんかもっと別のなにかなかった? あの、ちょっと、ほんとにその、鬱陶しい……。
「ごめんなさい」
「ふん。よろしい」
だから謝った。やめてもらおうと思って、穏便に済まそうと思って、謝った。……あの、なんでやめてくれないの?
「どんだけ仲良いのよあんたら……引くわ」
河上さんと仲が良かったはずの女子生徒が、ぼそっとつぶやいた。……誰と誰が? 仲が良い?
「愛しあってんのよ。羨ましい? ほしい?」
「ドン引きなんだけど……」
「あーげないっ!」
「……お嬢さまも大変ね」
大変なお嬢さま。お嬢さまは、私。大変って……大変だけど。めんどくさいし。でも、大変なのはお互い様だってことも自覚してる。
年末の時期に、河上さんくらいしかクラスメイトの名前を知らない私が、クラスの中で会話に参加できてるんだから。私はほとんど喋ってないけど。
なんで河上さんは、私に構ってくるんだろう。アキちゃんと呼ばせてまで。ハルくんのことは終わったんだから、私なんか放っておけばいいのに。
それだけじゃない。あのちっさいくせに野太い声の男も、なんで私に絡んでくるんだろう。
私なんか、ただ気持ち悪いだけなのに。人形みたいで気持ち悪い。そう言われてきた私なのに。
「おかえりです」
家に帰ると、私の部屋には男がいる。ごめん嘘。男かどうかも、そもそもこいつが地球上の生物なのかもわからないなにかが、私の部屋にいる。
「うん」
「さっそくするです」
文化祭の準備で残ってる私とは違って、冬休みを待つだけの中学校は、昼過ぎには帰ってこれる。不平等だよね。年寄りを労らないとダメなのに。
で、私は誘われる。こいつは疼いてしょうがないみたい。一人でやってたらいいのに、一緒にしてあげたら味を占めちゃった。
「疲れてるんだけど」
「疲れも吹き飛ぶです」
「そんなわけないでしょ……」
押し問答が続くだけだから、結局やるしかない。諦めて腰を下ろして、コントローラーを握った。
「はい」
「万端です」
電源を入れると、テレビに映像が浮かび上がる。レースゲームだった。なんか、二人で中古のゲーム屋さんに入った時にやった古いゲーム。
いや、これは一番新しいやつだけど。それをやって、やたらと気に入っていたから買ってあげた。
「……」
「……」
始まった途端に、アイくんは無言になる。真剣に画面だけを見つめる。生態がどんなのかもわからないのに、こんなところは人間らしい。
「何故に勝てないです」
でもはっきり言って、弱い。ボーっとしてても勝てる。私もそんなに上手い方じゃないけど。
「初心者だからでしょ」
「ならどうすればいいです」
「練習しないと」
「相手がいないです」
CPUって知らないのかな。教えてあげた気がするんだけど。まぁでも、勝たれてもなんか気分悪いし、別にいいや。今のままで。
……このままで良い? ……なんだろう、それって。私が現状に満足してるって、そういうこと?
日が昇っている間は学校で文化祭の準備。日が沈んでからは、得体のしれないなにかと自室でゲーム。その流れに、私は満足してるの?
「ねぇ」
「なんです」
「私って、気持ち悪い?」
だから聞いてみた。自惚れなんじゃないかって、そう思ったから。だって私は気持ち悪いらしいから。
「気持ち悪いじゃなくて、不味いです」
でもそれって、どこで誰に言われた言葉だったっけ? 私と同じ服を着た女の子三人に、学校で言われたことだけは覚えてる。
でも、それが誰なのか、どこの学校なのか、全然思い出せない。……そもそも私、それを言われたからって、なんだったの? なんなの?
「失礼だね」
こうやって気持ち悪くないって言ってくれるのもいるんだから、それと付き合ってたら良いだけじゃん。例え人じゃなくても。
まぁどっちにしろ、私が輪に入ろうとしなかったから同じ話なんだけどね。今は無理矢理入れられてるだけだし。
「でも一つあるかもです」
「え?」
でもなんだかんだで、気分が良かったのかもしれない。
「お嬢さんはどうして」
だって、こんな一言が胸に突き刺さるなんて、普段は考えもしないことだったから。
「どうして笑わないです?」




