表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

転校生

「転校生を紹介します」



 夏休みが終わって、二日目。早速授業が始まるというその日の朝礼時に、担任教師が言った。


 周りの連中は、皆知っている様子だった。おそらく、噂が出回っていたのだろう。驚いたのは、友人のいなかったぼくだけだ。


 教室に入ってきたのは、肌が浅黒く、背の低い少年だった。真っ白なTシャツには、大きなスマイリーマーク。ベージュの半ズボンに、膝小僧には治りかけのカサブタ。ツンツンとした髪。いかにも、といった活発そうな男の子だ。教卓の前に立つと、胸のマークよろしくニッコリほほえみ、ハキハキとした声でいった。



「ツガヤリョウヘイといいます。またすぐに転校しちゃうと思うけど、それまでよろしくお願いします」



 一息にそう言うと、ペコリと頭を下げた。


 先生は黒板に、『栂谷良平』と彼の名を書いた。そして、なんとも言えない表情――驚きと憐れみ、それに作り笑いが混じった表情で、彼に「君の席は一番後ろの、あの空いている席だよ」と、席を指差しながら言った。


 ぼくたちは、声を発さなかった。先生と違って“作り笑い”は混じっていなかったけど、みんなやっぱりなんとも言えない表情をしていた(教室のちょうど真ん中に座っていたぼくは、一番後ろの席に向かう転校生を目で追うクラスメイト達の顔を見ることができた)。


 みんなそうだと思うけど、やはりその表情の理由は彼の「またすぐに転校しちゃうと思うけど」の言葉だった。その言葉は、彼の特異な境遇を説明するのに事足りていた。“また”の二文字が、さらにそれを強調していた。その言葉だけで――みんな小学五年生とはいえど、彼が転校を繰り返しているのだということが、理解できたのだ。


 教室中に満ちていた転校生に対するみんなの期待が、シュウシュウとしぼんでいくのを肌で感じた。(すぐに転校しちゃうのなら、仲良くなったって……)。きっと、みんなそう思ったのだろう。


 ぼくも、すぐに平静を取り戻した。期待なんかしていなかったし、驚きしかなかったのだから。そもそも、ぼくは元々友達がいなかった。だから転校生のことはすぐに頭の隅に追いやって、今さっき聞いた名前のイメージも、ぼやけていった。





 だから、初めて彼に話しかけられた時は、あからさまにうろたえてしまった。



「なにしてんの?」



「……!」



 それは学校の教室ではなく、放課後の、いつもの山の公園。水彩絵の具のセットをかたわらに、ベンチに座って五枚目の『街の絵』の下書きを、鉛筆で薄く描いている時のことだった。


 いつも誰もいない公園なので、完全に油断しきっていた。誰かにそこで話しかけられたことなんて、今まで一度も無かったのだ。それも、話しかけてきた相手は今日初めて見た転校生。


 名前のイメージが、りガラスの向こう側にあるみたいにぼやけている。


 喉が詰まったみたいに、何も発せなかった。



「エッ……」



「あぁ。絵かぁ」



 ぼくの喉から漏れた驚きの感嘆詞を、彼は「絵」という返事として勝手に受け取った。


 彼はぼくの手元のスケッチブックをじろじろ眺めると、視線を上げ、向こうの景色に目をやった。


 瞬間――彼の表情に、じわぁっと笑みが広がる。



「うっわぁー! すっげぇー!」



 崖の切っ先に近づいて、「うわとと……」とその高さに一瞬怯ひるんで、すぐにまた景色に見入った。スーパーマンみたいに腰に手を当てて、そのままじっとしていた。



「キレーな景色……」



 ぼくはその姿をしばらく見ていたけど、動き出す様子もなかったので、すこしドギマギしながらも絵の作業に戻った。


 同じ街の絵を描くのも五度目だから、そんなに景色と紙を見比べて描く必要がなかった。なので集中してしばらく紙に向かい、ふいに景色に目をやると、もうそこには彼はいなかった。



 ……と思ったら、気付かぬうちにベンチの右隣に座っていた。



「ウワァ!」



「あはははは! おもしろいな! おまえ!」



 ケラケラと笑うと、感心したように言った。



「絵ェ、うまいんだなぁ」



「……う、うまくなんかないよ」



 自分でもびっくりするくらい、小さな声だった。


 それほど、彼の声が大きかったともいえる。



「いや、うまいよ。そんなうまい絵ェ描くやつ、初めて見た」



 それは、五回目だからだ。同じ街を描くのが。


 ……とは、言えなかった。



「教室にいたよな。おまえ。名前は?」



「し、新藤しんどうまこと……」



「そっか。マコトな。おれはリョウヘイ。よろしく」



 彼が自分から名前を言ってくれたので、ホッとした。


 彼は左手をベンチに突いたまま、身体をひねるようにして右手を差し伸べてきた。ぼくは一瞬意味がわからなくて戸惑ったけど、すぐに意味を察して鉛筆をベンチに置き、右手を出して握手をした。




 これが、彼との出会いだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ