クロノスになれる川
小さい頃、僕は晴れている夜は必ず、家のすぐ後ろを流れる川を覗きに行った。
田舎のど真ん中を流れる小さな川。
地球の向こう側まで見通せそうなほど透明で、清らかだ。
水面では、川底と夜空がお互いに主張しあわず、打ち消しあわずに共存していて、
言葉には表しがたいほど素晴らしい情景をなしていた。
決して交わることのない空と大地が、そこでは見事に交じり合っていた。
僕はこの川に来ると決まって川の中に顔を突っ込んだ。
それは、まるで自然の中に溶け、完全に自然の一部になったかのような不思議な感覚だった。
そして当時ギリシャ神話が大好きだった僕は、このとき、天空の神”ウラヌス”と大地の女神”ガイア”の息子である”クロノス”にでもなったかの気分になっていた。
それはまだ夢と現実の境界線を見つけられていなかった僕にとって、常に最高の時間だった。
そして今、会社の有休を利用して帰郷している僕は、また”クロノス”になりにこの川に来ている。
周りの風景は大分変わってしまった。
駅も作りたてみたいだし、行きつけだった本屋があった場所には、ファミレスができているし、
駄菓子屋のおばちゃんがいつも僕に手を振ってくれていたあの場所は、すっかりスーパーに変わってしまっている。
僕が幼少時代をすごした家も、今風にリフォームされていた。
しかし、この川だけは変わらず、川底と夜空を――空と大地を同時に映し出している。
缶のプルタブや、ペットボトル、ビニール袋だらけの川底と、
数えられるほどしかない星をちりばめた夜空を。
あまり気が進まなかったが、当時の僕がよくやっていたのと全く同じように川に顔を突っ込んでみると、
僕の肌は社会との一体化を感じた。