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4 心象

 世論は、いつでも議長の思うままだ。国民が選んだ代表たちが、選んだ代表。大多数の大多数が支持した人物。

 だが、そんなのは、数字の都合の良い所を切り取っただけのまやかしだ。実際は、代表を選ぶ段階で投票率は三十パーセントを切っており、国民の七割は直接に議長を支持してはいない。その三十パーセントですら、数人の候補に得票が振り分けられているのだから、代表となった人物の得票率など、もっと低い。その上で、その代表たちのうちの八割だけが、彼を議長にと推したにすぎないのだ。

 有権者×30%×議長派の得票率。大雑把だが、それが本当の彼の支持率だ。

 議長派の言う大多数とは、多くの少数派を切り落としたものでしかない。結果的に振り落とされていったその他大勢を、無き者として扱い、さも自分が大勢の支持を集めた選ばれた人物のようにふるまって、人々を信じさせている。

 それに対して、私は。

「ねえ、私の支持率は、二十パーセントだって」

 ソファに腰掛け、終わらない報告書の読み込みをしている途中で、出てきたあんまりな数字に、思わずファントムに話しかけた。

 この頃の私は、一人きりの時、ほとんど独り言と同じ愚痴をファントムにこぼす。ファントムの耳は私の声を拾っているだろうが、どうせ意味を理解してはいない。それでも、聞いているものがあると思うと、それだけで口は滑らかになる。

「国家元首としては、低すぎる数字よね。十パーセント台前半に落ちたら、暴動が起きるか、軍に見切りをつけられてクーデターが起きるか、国を憂えた英雄気取りの頭の足りない善意の国民に暗殺されるか」

 そんな状態になったら、いくら守ってもらっても、世界中のどこにも私の生きていく場所などなくなるだろう。

 長きに渡ってこの国を治めてきた一族である国家元首が亡命? いったい、どこがそんな人物を受け入れてくれるというのだ。

 もしも名乗りを上げる国があったとしたら、それは、私に恩を売って、元首に返り咲いた時にその見返りを求めるつもりでしかないはずだ。結局は、私の命の代わりに、国の未来を売ることになる。そんなことはできない。

「どうして皆、戦争を続ける不利益に目をつぶり続けるのかしら。夫が殺されたから。父が殺されたから。息子が殺されたから。兄弟が殺されたから。……恋人が殺されたから。その仇を討つまでは、戦うべきだと、議長は言う。民衆はそうだと叫ぶ。彼らが命を賭したタイゼルを守れと、エクステスに勝利するまで戦えと。……そうやって悲しみを憎しみへとすり変えさせられて、踊らされているだけと、愚かな民衆は気付かない。戦争の終結を説く私を、意気地のない女だと、無能な国王だと罵る」

 私は嫌気がさして、書類をテーブルの上に放り出した。

「そうして戦い続けて、どうするというの。もともと、突発的な事態ではじまった戦争だわ。どちらの国も望んではいなかった。撃たれたから撃ち返し、撃ち返したから撃たれ、犠牲が出るほどに戦況はおさまりがつかなくなっていっただけのこと。仇を討つことが国民の総意? エクステスを滅ぼせとでもいうの? エクステスを併合しろとでも? できるわけがないでしょう。我が国でもこれだけの恨みがある。あちらの国がそうでないなど、どの口が言えるの。戦禍が拡大するほどに、人々の心にも、憎しみがはびこるわ。撃たれた恨みが残るのよ。他国に武力侵攻するとはそういうこと。必ず禍根が残るの。その禍根は根深い禍となり続けるわ。それを断つには、恨みを持つ者を永遠に黙らせるしかない。それは、エクステス人をすべて抹殺するということ。……そんなことをする国を、世界が許すと思うの? 次に世界から討たれるのは、私たちとなるでしょうに」

 私はままならなさに、苛立った溜息をついた。

「こんな煽られたヒステリーを政治に持ち込むために、リハルト王は世界に先駆けて議会制を制定したのではないわ。たった一人の間違った選択が国を傾けないように、広く国民から意見を募ろうとしたのよ。多くの理性と知恵を集めようとした。王族としての偏った知識を是正しようとした。国民のための政治をしようとした。それを、あの男たちは悪用している。……政治は、芸能人より過酷な人気商売だと言った者は、政治家の本質をよくわかっていたと言えるわね」

 苦笑がこぼれた。いや、自嘲だ。

「私には圧倒的に、カリスマ性が足りない。そんなの、自分が一番わかっている。だから、研究で国の役に立とうと思ったんだもの。……でもね、でも、だからといって、投げ出すわけにはいかないじゃない。あんな者たちに任せたら、この国は本当にぼろぼろにされてしまう」

 私は高まった感情に荒い息をつき、肘掛の布地に強く爪をたてた。

「議長をかつぎあげているのは、この国で今一番儲けている企業たちよ。端的に言えば、軍需産業なの。彼らがもっと戦えと、もっと武器を買えと、言っているにすぎない。そして、戦争が終わってしまえば、軍需産業に従事する者も、戻ってきた兵員も余剰労働力となり、経済は急速に逼迫する。それは、わかってる。だけど、まだそれ以外の産業がなんとか機能している今のうちでなければ、もっと悲惨なことになる。こんな不自然な経済は、いつまでも続けられるわけがないのだから。戦争は消費しかもたらさない。物だけでなく、人すら消費するものに変える。戦争は狂気だわ。戦争にすべて食い尽くされてしまう前に終わらせなければ、ミュスカデールは破滅する。内部から崩壊してしまう。それこそ、戦死した者たちの命を無駄にすることにほかならないわ」

 彼らを、そう、()を死なせたのは、私の無能のせい。それだけの権力を有しているはずなのに、それを使いこなせていない。

 だけど、だからこそ、

「私は諦めるわけにはいかない。この狂気を止めなければならない。あなたが、……あなたたちが守ろうとした未来を、ちゃんと守らないと」

 目頭が熱くなって、喉が震える。悔しくて、もどかしくて、いっこうに動かせない状況と、自分の情けなさに、怒りがわいてしかたなかった。

 まだ、負けたわけではない。私は生きているではないか。諦めるものか。負けるわけにはいかないのだ。

 私の傍に残った側近たちは、本当に国の行く末を憂えている者たちだ。軍の中で、私に便宜をはかってくれる者たちも。そしてたぶん、支持率二十パーセントという有権者の五人に一人は、私の言うことを理解してくれている。

 深呼吸を繰り返す。興奮した神経を鎮める。その間も、ファントムは不動のまま、壁際に控えて立っていた。

 私が死ぬ時は、あれも無事ではいられない。あれは、私の護衛なのだから。

 その物言わぬ姿に、けっして、という決意がわきあがる。けっして、もうこれ以上、何も失わせてなるものか、と。

 私は投げ出した報告書を手に取り、次の一手を探るべく、内容の咀嚼に没頭した。

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