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1 幻影

 最新型アンドロイドの試作機ができたという、軍部兵器開発局人型部門からの報告に私がすぐに応じたのは、二人目の運転手が車ごと吹き飛んだ翌日だった。

「お忙しい中ご足労いただき、ありがとうございます」

 主任研究員のシーベル・ラフは、他人行儀に優雅な礼で挨拶をした。

 大学時代は、共に一晩中飲んだくれて狭い部屋で雑魚寝して、顔を蹴っ飛ばして起こしあったりした仲だ。正直、こんな慇懃な挨拶をされると、むずがゆくてたまらない。が、ここには将軍も局長も私の護衛もたくさん居合わせているから、しかたのないことだった。私は今では一介の学生ではなく、一国の王であるのだから。

 王位に就く予定ではなかった。たくさんいた兄たちが次々に戦死だの事故死だの病死だのしてしまい、大学を出る頃には、末っ子の女の私しか残っていなかった。本当は大学院に行き、ロボットの研究を続けたかったが、他に王位を継げる者がいないのだ、国民の血税で養ってきてもらった身で、我儘など言えるわけがない。私は進学をあきらめて、それまでまったく係わってこなかった政治の世界に転身した。

 そして半年で父は崩御。議会制立憲君主国ミュスカデールの国王となった。

 ミュスカデールは、もう八年も隣国エクステスと交戦状態だ。父も兄たちも停戦に舵を取ろうとしてきたが、議会はそれを良しとせず、おかげで未だその端緒も見えない。

 父は確かに病死だったが、若く健康だった兄たちの何人かの死は、おそらくエクステスではなく、軍部か議会の仕業だろうと思っている。証拠が一つも見つからないのが証拠のようなものだという、寒い事実しか見つかってはいないのだが。

 そんな父や兄の遺志を継いだ私も、即位以来、度々命を狙われてきた。しかし、兄たちと事情が違うのは、今では軍部は私の味方だということだろう。

 父が死んでからさらに権勢を持ち、『国民に選ばれた者の総意』を体現しようとしている議長よりは、血筋だけで長年支配者の位置に居座り続けた『立国の英雄の末裔』の方が御しやすいと考えたようだ。誰がどう見ても、あんな海千山千のオヤジよりは、若い女性の私の方が、ちょろく(・・・・)思えるのは当たり前だ。

 実際、私はそれに反論できない。はっきり言えば、明日の命も知れない劣勢に立たされている。だが、巻き返しはここからだと思っている。

 なぜなら、私は生きているかぎり、諦める気がないからだ。この国の第四十七代国王となったからには、よりよい未来へ国民を導く義務がある。私が諦める時は死ぬ時だと、心に決めている。……誰にも言ったことはないが。

 そんなわけで、これからますますきな臭くなる身辺をかためるのに、生身の人間で盾を築くよりも、何体かアンドロイドを使った方が、人的資源を無駄にせずにすむのではないかと考えたのだった。

 もともと、シーベルと私がやっていた研究も、兵士の護衛用ロボットの開発だ。

 国際条約で、無人機やロボットによる攻撃は、人間対象なのはもちろん、建造物であろうとロボットであろうと禁止されている。誤殺をさけるためである。そういうわけで、地上戦の主力は昔ながらの人間による砲弾の応酬であり、最終的には白兵戦だった。制空、制海権を守る戦闘機にしてもそうだ。

 私たちはそこに投入される兵士を守る武器を創りたかった。各種兵器の威力が向上しきった現在、パワードスーツだけでは、もう兵士を守る盾として充分とは言えないからだった。

「陛下、こちらへどうぞ」

 シーベルにうながされ、正面の強化ガラスの方へと導かれた。ガラスの向こうは、バスケットボールコート十二面ほどの半地下となった実験場だった。そこに、左右に分かれて距離をとり、二名のパワードスーツを着た兵士が立っていた。一名は迷彩柄で陸軍のものだ。もう一方は真黒で、たぶんこちらがアンドロイドなのだろう。

 シーベルがガラスの手前にある五十センチ四方ほどのタッチパネルに触れると、案の定、黒い兵士のアップ画像が映し出された。

「こちらが初号機です。開発番号MA08。私たちはファントムと呼んでいますが」

「初号機なのに08なのか?」

「07までは実験中に大破しましたので」

「そうか」

 大破とはどういうことかと思ったが、それから見せられた実験に、そういう表現となるのも無理からぬことと納得した。

 兵士は機関銃をかまえ、立っているだけのアンドロイドに正射を行った。最新式の、パワードスーツを射通すタイプのものだ。それをしのいだ。次に持ち出されてきたのは迫撃砲だった。瞬きも惜しく見守っていると、アンドロイドは近距離からのそれをするりとよけてみせた。砲は背面の壁にあたる前に実験室の保全システムよって迎撃され、爆発した。その爆風と破片の中、突然目で追えないスピードで動いたかと思うと、次に認識できたときには、兵士を後ろ手に捻り上げて拘束していた。

「……人に触れてもよい設定となっているのだな。殺人防止の設計はどうなっている。あの威力では、制御系が損壊し、少しでも力加減ができなくなれば、殺人の恐れがあるぞ」

「制御系の損壊は、そのまま駆動系の損壊となりますので、問題ありません。技術的なものについては、後ほど詳しくご説明いたします。実験を続行いたしますが、よろしいでしょうか」

「うん。次を見せてくれ」

「かしこまりました」

 兵士が退場し、次いで行われたのは、たぶんあれが護衛対象の代わりなのだろう、人形を持たされたアンドロイドに対する、天井と左右二面の壁に仕込まれた兵器による一斉攻撃だった。各種砲弾はもとより、高エネルギーレーザーまで使用されている。それを、アンドロイドは人形を抱えたまま最終的に壁面にまで駆け上がり、小銃一丁と、それにおもに腕力で、すべて沈黙させた。

 拾った何かの欠片を天井の射出口に投げ込み破壊するなど、まさに人間業ではない。ロボットでも攻撃してきた武器への攻撃は許可されている(本体への攻撃は条約違反。例えば戦車なら、砲身への攻撃のみ認められる)から、条約内の行動と言えた。

 ただ、気になるのは、人形の首がぶらんぶらんしていることだった。

「……人形の首がもげそうになっている気がするが、どうなんだ」

 シーベルはパネルを触って人形に仕込まれたセンサーを確認した。

「鞭打ち程度となっております。ただし、生身の人間では瞬間的にかかったGに脳貧血を起こしている恐れがありますが、死亡はしておりません」

「……そうか」

 死ぬよりはましだ。その程度なら、許容範囲だ。

「わかった。あれに関する詳しい話を聞かせてくれ」

 私はあらためて、瓦礫の山になった床面に、元のとおりに立つアンドロイドを見下ろして、言った。


「限界に近い作動をさせましたので、これからファントムをオーバーホールします。それをご覧にいれながら説明したいと思いますが、いかがでしょうか」

 私はそれに、一も二もなく頷いた。あれに心に惹かれてならなかった。

 最初に気になったのは、その立ち姿だった。無駄に力の入っていない、地から天へと力が抜けていくような、あるいは天から頭を支点に吊り下げられているような、自然体で隙のない、……どこかで見たことのある。

 そう思ってしまえば、足を踏み出す仕草も、銃をかまえた姿勢も、攻撃を避ける身のこなしも、……そう、すべてが()を髣髴とさせた。

 彼。ジェラール・オルソン。王太子となるまで、恋人だった男。一年半前、前線のタイゼルで戦死した。

 彼は前線に行くまで、シーベルの研究に協力していた。アンドロイドに載せる運動データを、彼から採っていたのだ。

 だから、あれはたぶん、彼の動きなのだ。今では、もう永遠に目にすることのできない、彼の。

 お互いに、二度と会わないと、納得ずくで別れた。二人の出会いを感謝して、それで綺麗に終わらせたはずの恋だった。そうして、命懸けの日々の中で隅へと追いやられ、いつかは、良い思い出になるはずの記憶だった。……彼が、戦死などしなければ、あるいは。

 彼が死んだと聞いて、戦死者名簿の中に彼の名を見つけて。たまらずに、身寄りのなかった彼のドッグタグを密かに取り寄せた。それを手にして、止まらぬ涙に、なにも終わらせられてはいなかったのだと、ようやく悟った。

 彼がこの国のどこかで生きていてくれることが、どれほど心の支えになっていたか。私は、国民のためと言いながら、無意識に、本当は軍人である彼を死地においやらないですますために、停戦への道を模索していたのだ。

 彼と出会って、ロボットの研究を志した、あの頃そのままに。

 私は、もっと彼のデータを見たかった。それが幻影にすぎないとわかっていて、それでもどうしても見たかった。

 今では、戦死者名簿に名前を連ねるだけになってしまった、彼の遺したものを。

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