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でんでん虫の受難

作者: 小島

洸くん、どこに隠れたんだろ。

このうち広いから、探すの大変だなー。


少女が、長い長い檜の床をとてとてとて、と横切っていく。

雨が降っているが廊下の左側の障子は開け放されていて、そこから立派な日本庭園が眺望できる。

風はなく、しとしとと雨は降り続いている。こんな日、子供たちは家で遊ぶのが普通である。

今、庭の紫陽花の葉に張り付いているカタツムリを凝視している少女、遠藤理瀬もその例外ではなく、近所で仲がよい深沢洸の家に遊びにきていた。

何しろ洸の家は庭園があるほど広く、また部屋もたくさんあるので遊ぶにはうってつけである。かくれんぼなど、一日中していても飽きないだろう。

だがそれも鬼が交代できたらの話で、洸はさすがに自分の家なので勝手がわかっているのか、隠れ方がすごく上手かった。

そんなわけで理瀬はかれこれ20分もこの広い家を一人で彷徨っている。

最初こそ意気込んで片っ端から部屋を覗いてみたりしたが、どこにもいる気配がしない。

そのうち理瀬も疲れてきて、もうギブアップしようかな、などと考え始めていた。


う~ん…ギブアップしようにもそれをどうやって伝えようかな。人の家で大声を出すのはいやだし…

洸くんも意地悪だなぁ。ちょっとぐらい見つけやすいところに隠れてくれればいいのに。これじゃあ日が暮れちゃうよ。


そんなことを理瀬がぼんやり考えている間に、急に雨あしが強くなってきた。

理瀬は障子を閉めようかと思ったが、どんどん雨が激しくなっていく様子を眺めたかったし、廊下は立派な庇に守られ、風もそれほどなかったので、雨が家に入ってくることは無さそうだったからそのままにした。

さきほどから見ていたカタツムリは恵みの雨に喜んでいるのか、長い目をせわしく動かしている。理瀬はしばらくその上下運動を眺め、それから、雨止むかな…帰るときはお母さんに迎えてきてもらおうかな、と思い、そうだ、洸くんを探さなきゃ、と本来自分のすべきことを思い出した。

そして庭から視線をはずそうとした。

その瞬間。

理瀬の視界は真っ白になった。




あ、れ…?

私が、寝てる?


突然世界が真っ白になったかと思うと、次の瞬間には先程と同じ光景に戻っていた。

…いや、同じでは無かった。

雨が激しく降り続いているのは同じだが、庭の様子は大きく様変わりしていた。

今さっき里香が見ていた紫陽花、カタツムリのいたであろう場所には、まるで鋭く、巨大なアイスピックで穿ったような穴が空いていた。

しかし今、理瀬の驚きの大半を占めるのはそれでは無かった。

自分の足元に、理瀬と同じ顔をした人間が寝ていたのである。

まじまじと、そのそっくりな顔を見てみる。


ん~…私、だよね…


座って、体に触れようとする。

「…ごめんなさい」

ふいに、庭のほうから声が聞こえた。

理瀬が視線を庭にずらすと、いつの間にかその穴の前には、和服を着た、髪の長い中学生ぐらいの少女が座っていた。

「なんで謝るの?」

理瀬がその横顔に問うと、少女はびっくりしたように振り向いた。そして理瀬の顔と足元を交互に見る。

「ああ…あたしったらなんてことを…命を二つも…」

「お姉さん、誰?いつからいたの?」

少女は質問に答えず、その代わり理瀬に近づき、理瀬の頬に手をあてた。

「こんなにちいさい…尊い命なのに」

理瀬は少女突然の行動にすこし驚いたが、いやな感じではなかったのでそのまま少女を見ていた。

「お姉さんの手、暖かいね」

「感じるの…?」

「うん。それに、柔らかくて、優しい感じがする。お母さんの手みたい」

少女は今度は理瀬の足元の体の、胸の部分に手を当てた。

「まだ…間に合う」

「なにが?」

「ごめんね、あなたはなにも悪くないの。全部、あたしの咎。あなたは彼岸にいくにはまだ…いいえ、知らなくてもいいわ。

そして残念だけど、あの蟲はもう手遅れ…あなたがよければ、お墓をつくってあげてちょうだい…そしてこの家の主には、

庭をこんなあり様にして申し訳ない、と…いえ、あなたが伝える義務は無いわね。ごめんなさい」

少女は理瀬の目線の高さで、目を見据えていった。

理瀬は少女が何を言ってるのかよくわからなかったが、さっきのカタツムリがもうこの世界にいないことだけはなんとなく理解し、頷いた。

「うん。わかった。お墓つくってあげる」

「いい子ね。お礼に…そうね、何か、欲しいものある?」

理瀬はお礼と聞いて目を輝かせたが、すぐに思い悩む。

知らない人に無理なお願いはできないし…何がいいだろう。

少女は、そんな理瀬の様子を見てくすっと笑い、頭を撫でた。

「じゃあ今やりたいことって、無いかしら」

理瀬は今度は、庭に降りすさぶ雨を見ながら頭をひねらした。

すると、ひとつ思いついた。

「外で、遊びたいかな。でも…無理なお願いだよね?」

少女はまたくすっと笑う。

「お安い御用よ。でもそのお願いを叶えるには、一つあたしからもお願いがあるの」

「なーに?」

「あたしの手を握って、目を瞑ってくれる?」

理瀬は言われたとおりに少女の手を握った。

「じゃあ、あたしがいいというまで、目を開けないでね?」

「うん、わかった」

しばらく、雨の音だけが庭に残響する。


一分もしただろうか。ふいに握っていた少女の手が離される。

「まだー?」

「もう少し、我慢して。もう少しだから…」

心なしか、少女の声が震えているように思える。

「お姉さん、大丈夫?」

「…ええ。少し、寒いだけだから。…じゃあ、自分で十秒数えたら、目を開けていいわよ。できるわね?」

「うん」

理瀬は数え始める前に、少女に言った。

「ね、お姉さん。お姉さんも一緒に遊ばない?2人より3人の方が楽しいよ。きっと」

少女は一瞬の沈黙の後、答えた。

「そうね、それもいいかもしれないわね…」

「ほんとう?やったー!」

「…じゃあ、十数えて?」

「うん!」

理瀬は、声に出して、ゆっくりと数え始めた。

その間、何をして遊ぶかをうきうきしながら考えた。

三人だったら、きっといろんなことができるよね…う~ん、何して遊ぼうかなぁ。

「ごーお」

なんだか、雨の音が小さくなっていく気がする。ほんとにお姉さんが?ううん、そんなこと、あるわけないか。

「なーな」

そうだ、お姉さんにも洸くんさがしてもらおう。二人だときっと見つかるよね。洸くん、驚くかなぁ。

「じゅーう」

「…ごめんなさい」

瞼を開ける瞬間、少女の謝る声が聞こえた。

「…え?どうし…わっ」

あまりの眩しさに顔をしかめる。

いつの間にか雨は上がり、暖かな陽光が差し込んでいた。

「わ、すごい!お姉さんが、ほんとに?」

しかし、目の前に少女の姿は無かった。周りを見回しても、どこにもいる気配がない。


理瀬はしばし呆気に取られたが、こう思った。

もう、一緒に洸くん探してもらおうと思ったのに…お姉さんまで隠れるなんて。

また私が鬼なの?    


誰に見せるでもなくPCに眠っていたので投稿しました。

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