06。カレーとシチュー。
06。カレーとシチュー。
机を挟んで向かい合うのは、
牛革靴とハイヒールの二人。
机の上には湯気のたつカレーの皿。
スパイスの利いた匂いが、部屋を温かく感じさせる。
「あーあ」
「どうしたの?」
「せっかくの結婚記念日なのに」
「どうして? 料理、美味しくない?」
「ばかっ! すっごく美味しいわよっ!」
「だよね、僕もすごく美味しいと思う。ここで良かった。あ、でもじゃあ何が不満?」
「……ぽくないの」
「僕らしくないってこと?」
「違うわよ。ただ記念日っぽくないなって」
「記念日っぽくない、か」
器用に掬い上げられた一口大のジャガ芋。
カレーのライスはまだ崩されずに、半分近く白いままある。
「ここシチュー、美味しいから食べてもらいたかったんだ」
「確かにシチューは大好きよ。でも、なんか普通なの。記念日は特別がよかった」
「フランス料理とか?」
「そう。夜景見て、ワインで乾杯とか」
「それは、ドラマの中みたいで照れるね」
「恥ずかしくても、あなたとならいいなって思ったりしたの。一日ぐらいなら特別だって許されるよ。私たち夫婦だもの」
下ろしたスプーンが、微かに無機質な音をたてた。白いシチューに小さな波が生まれ、また消えていく。
「って、わがままよね。……ごめん」
「とうもろこし」
「え?」
「お酢とサーモン、牛肉、パプリカ、茄子、あと白身魚と葱とイクラ」
「それ、私の苦手なもの……?」
「そう。フランス料理は正直ちょっと厳しいし、お寿司もあんまり」
「な、食べようとすれば食べれるわよ!」
「でも、せっかくの記念日。でしょう? 好きなもの食べてほしいし。だけど、シチューしか好きなものがわからなくてさ」
「雰囲気よりも、そっちが大事なの?」
「だって、今日は結婚記念日だよ」
家庭的な料理の代表。
二つの料理は温かくて優しい味がする。
「普通で申し訳ないけど、ね」
「……なんか、少し特別な気がしてきた」
「それは良かった。良かったついでに、僕に一口シチューくれるかな」
「うん。私にもあなたのカレーライス、一口くれたらね」
「来年も絶対ここに来ようね」
「気に入ったの?」
「うん。シチューの味とあなたの愛が」
「それが伝わったなら、僕も満足だよ」
ドアベルが澄んだ音をたてた。
並んで出ていく夫婦を見送りながら、店長は一人微笑む。
「微笑ましい夫婦様、またお越しください」