03。スパゲッティとグラタン。
机を挟んで向かい合うのは、ジーンズとスカートの二人。
机の上でトマトの赤は鮮やかだった。
美味しそうなナポリタンのスパゲッティがふんわり湯気をたてる。
「ねぇ、今日は何回目のデート?」
「三回目。放課後も入れたら八回目」
「それって少ないかな?」
「付き合って三ヶ月ならこのくらいが妥当」
「妥当って今までの経験上?」
「これは一般論に近いと思う」
くるくるとフォークにスパゲッティを巻き付ける手には少しの動揺もない。
傍らに置かれたスプーンは手付かず。
「スパゲッティ、好きなの?」
「どうして」
「いつも頼んでるでしょ」
「君だっていつもグラタンを頼む。それと同じだろ」
「……ずるいわ」
「何が?」
「いつも私だけが好きみたいで。余裕がないのはいつも私のほうだけで」
グラタンのマカロニを掬おうとすれば、スプーンが白い陶器の底に当たる。
とろけていたチーズはいつの間にか、もう固まりかけている。
「君、どうしてスパゲッティ頼まないの?」
「え?」
「実はスパゲッティ好きだろ。いつも僕のを羨ましそうに見てる」
「だ、だって、スパゲッティは上手く食べられないんだもの! それにデートで食べるのはNGだって本に書いて」
「ほら、やっと本音言った」
「あ、ちが、違うの!」
「違わない。僕がそんなこともわからないとでも思った?」
机の上に並ぶ二つの料理。
食べにくいスパゲッティ。
食べやすいグラタン。
「余裕なんてない。ただ僕の前では素直でいてほしいだけ」
「……やっぱりずるいわ」
「でも、君はずるいくらいじゃ僕のこと嫌いになったりしないだろ」
「それこそ、わかってるくせに」
「次は二人で大皿のスパゲッティ頼むか」
「イカスミはやめてね」
「その時は、君の好きな味でいいさ」
ドアベルが澄んだ音をたてた。
並んで出ていく男女を見送りながら、店長は一人微笑む。
「素直なカップル様、またお越しください」