10。ワインとピザ。
カウンターを挟んで向かい合うのは、
ベスト姿とエプロン姿の二人。
ワイングラスはランプの光を受けて、赤く煌めく。
葡萄の芳香がいつもより暗い店内を漂いながら広がる。
「持参してきたこのワイン、ラベルがないけど、どこの?」
「このお店の開店祝いの時に、プレゼントしたものと同じですよ」
「あぁ、あれか。あれは美味しかったからよく覚えてる」
「毎年この時期に、ほんの少ししか出回らないんです」
「美味しいのにどうして?」
「個人が、殆ど趣味で造っているものですから」
傾けられたグラスから、また葡萄が香る。
揺れる赤を見つめる瞳は二つ。
「『紅玉一滴』なんて躊躇いなくつけるんですから困り者ですけれど」
「素敵な名前だと僕は思うけど。それのどこが困るの?」
「紅茶の、1番美味しいところを『最後一滴』と言うんですよ」
「あぁ、そことかけられてるのか。それは確かに困り者だ」
「まぁ、本当に美味しいので文句は言えませんけどね。困った事に、何にでも合うんですよ」
「名前負けしてなくていいじゃないか」
「こってりした肉料理でも、さっぱりした魚料理でも、甘いデザートにも」
「ふーん」
「あぁ。勿論、ピザにも」
ベーコンに玉葱にスライスしたトマト。有り合わせの具材で作ったピザ。
八等分になるように切り分けられ、今は三時を示すような形になっている。
「君はピザ得意ですよね」
「……なんでわかるの?」
「メニューの一番上は、コースでなければお店のメインだと思いますけれど?」
「そういうことか」
「私の店は珈琲ですよ」
「……ねぇ、ピザもう一枚焼くから、かわりに僕もワインが欲しい」
「お仕事中の飲酒は、いけませんね」
「もうとっくにCLOSEの札を下げたよ」
有り合わせのピザをもう一枚作り、オーブンに入れタイマーをかける。
そしてもうひとつ取り出したグラスに、ボトルから赤を注ぎ入れた。
「いい店になったと思うか?」
「限られた、特別な場所になったと思いますよ」
「……そうか」
「えぇ。どうかこれからも貴方の特別が、微笑んでくれますように」
ドアベルが澄んだ音をたてる。
すっかり明かりの消えた洋食屋を振り返りながら、店長は一人微笑む。
「また明日も、素敵なお客様がお越しくださいますように」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
本編は10話で終了ですが、番外編を1話書くつもりです。
それも読んでいただけたら幸いです。