双子の公爵子息をセット販売されましたが、私が欲しいのは不器用な兄上だけです〜『冷酷な魔王』と恐れられる三白眼王女ですが、初恋の彼を『単品でお買い上げ』します!〜
「我が公爵家、現在セット販売をしております」
満面の笑みで公爵がとんでもない事を言い出した。
私は断じて宝石商と話しているわけでも、ドレスの福袋の打ち合わせをしているのでもない。
——婚約者とのお見合いをしに来たはずなのだ。
「……はい?」
必死で営業用のロイヤルスマイルを浮かべながら、扇子の下で歯ぎしりした。
生まれつきの鋭い三白眼のせいで、周囲から「冷酷な魔王」と恐れられている私だが、さすがに今は睨んでいる自覚がある。
「あ、こちらが兄のフリードリヒで、こちらが、弟のエドワード。二人合わせて婚約者候補です」
「……」
コントのような紹介の後、私は黙って双子を見た。
右(兄)を見た。
困ったように微笑むと、そっと目を逸らした。
左(弟)を見た。
こちらは私を見て、なぜか面白そうな笑顔を浮かべている。
紹介された二人の美男子は、灰銀色の髪に緑の瞳まで、寸分違わずそっくりな顔をしていた。
(お見合い相手が双子で、しかも抱き合わせ販売なんて聞いてないわよ!!)
「返品します。一人でいいんです! 一人で! バラ売りをお願いします!」
「あー、申し訳ありません、エレオノーラ王女殿下。こちら、ノークレームノーリターンでお願いしております」
「なんでよ!! 福袋じゃないのよ!? 中身が意思を持ってるのよ!?」
「一度開封、いえ面会されてしまいましたので、使用済みということで……」
公爵が完全に悪徳詐欺販売業者みたいな事を言い出した。
「見ただけで使用済み!? クーリングオフは!? 王権発動するわよ!?」
(……ああ、そもそも、どうしてこんなことになったのか)
私はズキズキと痛み出したこめかみを押さえた。
◇
——話は、三か月前に遡る。
お忍びで城下町へ来ていた私は、足取り軽く街を歩いていた。
その日は愛読している恋愛小説シリーズを買いに本屋へ向かっていた。
侍女が読んでいた小説を借りたのが始まりだったが、気づけばすっかり夢中になってしまったのだ。
ふふふ、と私は侍女に用意してもらった町娘風の服に身を包み、心の中で勝ち誇る。
(だが、この瓶底眼鏡が私だとは誰も気づくまい!)
何しろ普段の私は、王宮で「冷酷な魔王」と恐れられている王女なのだ。
まさか、その本人が瓶底眼鏡で恋愛小説を買いに来ているなど、誰が想像するだろう。
ちなみに、この変装を思いついた時、侍女には『王女殿下、逆に目立っています』と言われた。
……だが、聞かなかったことにした。
そう、浮かれたまま歩いていたのが悪かったのだろう。
「うわっちゃ!」
私は爪先を石畳にとられて、そのまま転んでしまった。
衝撃と鈍い痛みと共にガシャン、と軽い金属音がする。
ハッと目を開けると、視界がやたらと鮮明だった。
目の前には変装用の瓶底眼鏡が落ちている。
「しまっ……!」
伸ばした手の先を、馬車の車輪が無情にも通り過ぎ——
パキッ
乾いた音と共に、瓶底眼鏡は無惨な最期を迎えた。
(ああぁっ! 私の変装道具が……!!)
粉々に砕け散ったガラスの欠片を見て、私は血の気が引いた。
まずい。今の私は素顔が丸出しだ。
もし今、この鋭すぎる三白眼で周囲を睨みつける形(※ただ困惑しているだけ)になったら、街の人々は「魔王の襲撃だ!」と勘違いして、衛兵を呼ばれてしまうに違いない。
パニックになり、慌てて両手で顔を覆おうとした、その時。
「——大丈夫ですか?」
頭上から、信じられないほど優しく、心地よい声が降ってきた。
「どこか痛めましたか? ……ああ、手が擦りむけて血が出ている」
その男性は、私のきつい目元を見ても怯むことなく、ゆっくり私の前に膝をつく。
(……この人、私が怖くないの?)
そのまま彼は仕立ての良い上質なハンカチを取り出すと、私の汚れ、血が滲んだ手を、まるで壊れ物を扱うように優しく、丁寧に拭ってくれた。
「……あ、あの……」
私が声を出そうとしたその時。
「あ、これ、人気の小説ですよね」
「!!!」
落とした恋愛小説を拾って、軽く砂を払うと、そっと手渡された。
「面白いんですか?」
「へ!? は、はい、侍……友人に借りて読んだら、面白かったので……」
しどろもどろになりながら話すと、男性は笑みを浮かべた。
(あれ? 私、普通に話してる……)
私の見た目を怖がらない。それどころか、こんなに優しく微笑んでくれる。
心臓がドクン、と大きく跳ね上がった。
恋愛小説の王子様みたいな人だと思った。
その時、近くを通りかかった幼い子供が、私の顔(※緊張と興奮で、いつも以上に魔王感が増した三白眼)とガッツリ目が合ってしまったのだ。
子供は一瞬で顔を引き攣らせ——。
「うわぁぁん」
(ま、まずい!)
おろおろとしながら、自分の目尻を両手で下げたり隠したりしていると、不意に、視界が暗くなる。
ふわりと頭からジャケットをかけられていた。
そこから、ほんのりと彼の体温と、お日様のような心地良い香りが漂ってきて、私の心臓は別の意味で爆発しそうになる。
「余計な事でしたらすみません。貴女が困っていそうでしたから……」
布越しに彼が照れたように呟く声が聞こえる。
そのまま彼は泣き出した子供に優しく声をかけた。
「どうした? 迷子か?」
子供の背中をそっと押しながら彼はその場を離れた。
しばらくして、子供の母親らしき人が現れると、彼は何事もなかったかのように人混みへと去って行ってしまった。
(あああ、お礼も、お名前すらも聞きそびれてしまった……!)
手元に残された小説と、彼の上着、そして借りたままのハンカチ。
私はそれらを抱きしめ、いつかもう一度彼に会いたい。
そんな願いが胸に芽生えたのだ。
◇◇
——と、思っていたのに。
そして現在、目の前にはあの時の『彼』そっくりな人物が二人揃ってセット販売されている。
(……待って、二人とも顔が同じすぎて、街で会った人に似ている気がするけれど、どちらなのかまったく判別がつかないわ!?)
私がこの押し売り公爵にどうこの状況を突き返してやろうかと思案していると、弟のエドワードと目があった。
「そう深く考えなくても大丈夫ですよ、王女様。これはむしろ、我が国にとっても、貴女にとっても、極めて合理的な提案ですよ」
「……と、いうと?」
「そうですね、例えば、片方が書類仕事をしている間、片方があなたを全力で甘やかします」
エドワードは手慣れた仕草で私の手を取ると、甘い笑みを浮かべて指先に軽く口づけた。
「絶対に、寂しい思いはさせませんよ? ね、兄上?」
「おい、エドワード」
兄のフリードリヒが、弾かれたようにエドワードの手を私から払いのけた。
エドワードを鋭く睨みつけているが、私と目が合った瞬間、フリードリヒは赤くなって、「あ、す、すまない……」と蚊の鳴くような声で俯いてしまう。
(……あら? この感じ、どこかで……)
「そうそう、合理的な提案ですよ!」
唐突に公爵がエドワードにのって来た。この公爵家の教育方針は大丈夫なのだろうか。
「しかも王女殿下。今なら、毎月の王家からの援助も一人分で結構です! 完全に価格破壊、我が公爵家出血大サービスでございます!」
「あああ、話が通じない……」
私は頭を抱えた。
その瞬間、横からぽんっと手を打つ軽い音が聞こえた。
「え、実質半額? お得じゃない?」
同席していた我が父、国王が目を輝かせながら婚約書類にサインをしそうになっている。
「お父様ーーー!? 一国の国王があからさまな悪徳詐欺販売業者のタイムセールに引っかからないでください!!」
私の必死の絶叫が虚しく響いた。
(お父様は政略面では非常に優秀なのに、商売の匂いがすると途端に商人の目になる悪癖があるのよね……)
「待ってください、お父様。それはただの勢いですよね!?」
「失礼な。もちろん公爵家との縁談自体は以前から検討していたものだ」
父は胸を張った。
「ただ、その上で条件が良すぎると思っただけだ」
「そこを勢いと言っているんです!!」
豪快に笑う国王を私はジト目で見つめた。
私がこめかみをおさえて、ため息をつく間にも交渉は進んでいく。
「それでは一ヶ月のお試し期間ということで! あ、クーリングオフは適用外ですからね!」
軽やかなテンポで言い放つ公爵と、
「うむ、実に良い買い物をしたな」
という父親の即断によって、前代未聞の「双子セットの婚約者生活」が強制開始してしまったのだった。
◇◇◇
数日後、暖かな日差しの降り注ぐ王宮の庭園で、私は背筋を伸ばし、微動だにせずお茶会の席に座っていた。
事前に鏡の前で作った『最大限に優しく見える笑み』を崩さないよう、全表情筋に集中するのはなかなかの苦行だった。
「どうぞ、召し上がってください。私のお気に入りの紅茶なんです」
そう言いながら私は、緊張を隠すように、ティーカップを口に運んだ。
「へぇ、良い香りだ」
エドワードが柔和な笑みを浮かべながら紅茶を一口くちに含んだ。
フリードリヒも同時に紅茶を飲むと、静かに微笑む。
「……優しい味ですね」
「おほほほ。お口にあったようで何よりですわ」
表情筋が悲鳴をあげる。だが、まだ負けるわけにはいかない。
(……観察しなきゃ。絶対にあの時の『王子様』を暴き出してみせるわ……!)
性格はともかく、見た目だけなら本当にそっくりな二人だった。思わずまじまじと見つめてしまう。
しかし、集中すればするほど私の目元は険しくなり、生まれつきの三白眼が猛烈な威力を発揮してしまう。
「ひっ……」
その時、近くにいた侍女が息を呑む気配に、私はハッとなった。緊張からついこの三白眼で凝視してしまった。
私としては必死に観察していただけなのだが、無意識に周囲を威圧してしまったようだ。
(いけないわ。引かれてしまわないかしら……!?)
だが、左側に座る弟のエドワードは怯むどころか、くすりと笑って楽しそうに頬杖をついた。
「はは。そんなにジッと見つめられたら、照れちゃうな。僕の顔、そんなに好みですか?」
エドワードは余裕の笑みを浮かべると、テーブル越しにぐっと顔を近づけてくる。整いすぎた美貌が至近距離に迫り、甘い薔薇の香水がふわりと鼻腔をくすぐった。
(ち、近い近い近ーい!)
「えっ!? あ、いやその……」
「ふふ、可愛い人。そんなに真っ赤になられたら、僕だって意地悪したくなりますよ」
完璧なエスコートと甘いセリフ。世の令嬢ならイチコロだろう。
だが、私の心臓が鳴らしている警報は「ときめき」ではなく「警戒」だ。この男、絶対に私のリアクションを楽しんでいる……!
「おい、エドワード、殿下が困っているだろう」
呆れたような低めの声に視線を向けると、右側に座る兄のフリードリヒとばっちり目が合ってしまった。
(あ、まずい! 睨みつけちゃったと思われたかしら!?)
一瞬身構えた私に対し、フリードリヒは怯えるどころか、まばたきも忘れたように私の目を直視していた。そして、白い頬をじわじわと朱に染めながら、心底愛おしそうに目を細める。
「……やっぱり、近くで見ても綺麗な瞳ですね。夜空みたいだ」
「……っ!?」
不意打ちの言葉に、私の息が止まる。
「え!? あ、ありがとう、ございます……?」
予想外のセリフを脳内で反芻する。その言葉の意味を理解すると、じわじわと顔が熱くなっていくのを感じた。
さっと、扇子を広げて隠れるように仰ぐ。
「そうだ。これ、よかったら」
呆然とする私の前に、フリードリヒはそっと一冊の本を差し出した。
「これ……!」
美しい装丁の、見覚えのあるタイトル。
その瞬間、胸が大きく跳ねた。
これは、あの日私が街で落としてしまったものと同じ、恋愛小説シリーズの続刊だった。
「……友人に勧められて読んだら、面白かったので。続きが出ていると知って、その……」
「わかります! この巻はまだ読んでなかったので、嬉しいです! ありがとうございます!」
思わずまくしたてるように勢いよく力説すると、フリードリヒは照れたように微笑んだ。
やわらかな風が彼の髪を優しく揺らした。あの日に頭からかけられた上着と同じ、お日様と石鹸の心地よい香りがふわりと漂ってきた。
心臓がドクン、と大きく跳ね上がる。
お世辞でも、からかいでもない。
街でのあの言葉も、優しさも、全部本気だったのだと胸の奥が熱くなった。
(見つけた……! 私の『王子様』は、この照れ屋な兄上だわ!)
確信を得た私のかたわらで、エドワードが「はいはい、甘い甘い」と言いたげにニヤニヤしながら紅茶をすすっていたことには、まだ気づいていなかった。
◇◇◇◇
——お茶会の翌日。
私は王宮の静かな図書室に、フリードリヒを一人だけで呼び出した。
「あの……殿下。本のお礼と感想を聞かせてくださると伺って来たのですが……」
巨大な本棚に囲まれた静寂の中、フリードリヒは頬を赤く染めて、緊張した面持ちで立ち尽くしている。
私は、持ち主も分からず返すこともできずに大切に保管していた「あの日のジャケット」と、昨日いただいた恋愛小説を机の上に置くと、意を決して一歩踏み出した。
「その上着……!」
「覚えていてくださったんですね」
私がそう言うと、フリードリヒは少し照れたように笑った。
「フリードリヒ様。小説、とっても面白かったです。特に……ヒロインが自分の本当の気持ちに気づいて、大好きな相手に告白する場面が」
「そ、そうですか! それは良かったです……!」
「はい。ですから私も、あのヒロインを見習おうと思います」
「え……?」
驚いたように目を見開く彼に向かって、私はすっと背筋を伸ばした。
そして、生まれつきの鋭い三白眼で彼をまっすぐに見つめ——最高にキリッとした『ドヤ顔』を浮かべる。
周囲から見れば、きっといつもの「冷酷な魔王」の顔だっただろう。
けれど私にとっては、生まれて初めて誰かに想いを伝えるために作った、精一杯の笑顔だった。
「フリードリヒ様。私が好きなのは、あなたです。……私を、選んでいただけますか?」
「っ……!?!?!?」
フリードリヒの顔が、一瞬で爆発したかのように真っ赤になった。口をパクパクさせ、言葉にならない声を漏らしてキャパオーバーを起こしている。
「……俺は」
フリードリヒ様は何度も言葉を探すように唇を開き、閉じた。
「本当は、あの日からずっと……」
言葉が途切れる。フリードリヒは小さく深呼吸すると、真剣な眼差しを私に向けた。
「実はあの日、転んでしまったあなたを見かけた時から声をかけるか迷っていたんです」
「え?」
「でも、あなたがあまりにも美しくて……俺には眩しすぎて」
私を見つめるフリードリヒの瞳は熱を帯びていた。けれど、決してそらさなかった。私の、みんなが怖がる目を彼は——まっすぐに見つめていた。
するとその時。
「ほーら見ろ兄上! 言っただろ? ちゃんと気づいてもらえるって!」
本棚の陰から、パチパチと軽い拍手と共にエドワードがニヤニヤしながら姿を現した。
「エ、エドワード!? なぜここに……っ!?」
(エドワード様ですって!? お茶会の時は『僕』だったのに『俺』!? 猫かぶってたの!? ちょっと、キャラ変しすぎじゃないかしら!?)
お茶会の時と雰囲気の違うエドワードの姿に、私は思わずフリーズする。
「はは! 兄上があまりにもヘタレだから見届けてやったんだよ」
呆れ顔で肩をすくめるエドワードに、私は首をかしげた。
「ヘタレ……? 一体どういうことですの?」
「そのまんまの意味ですよ、王女様」
エドワードは楽しそうに暴露を始めた。
「実はね、最初に街であなたに一目惚れしたのは、この恋愛音痴で世界一不器用な兄上なんです。『お日様の下で見た彼女の瞳は夜空みたいに綺麗だった! あんなに綺麗な瞳なのに……俺が見たら、怖がらせてしまうかもしれない』って、屋敷に帰ってくるなり泣きついてきてさぁ」
「お、おいエドワード! 余計なことを喋るな!! というか泣きついてない!!」
「そんな時に今回お見合い相手の写真を渡された瞬間『あの時の彼女だ!』って兄上がすごく動揺するから」
「いい加減にしろ!」
フリードリヒがエドワードを捕まえようと腕を伸ばすと、エドワードはするりと猫のようにかわした。
「……で、あまりにも見ていられなかったから、俺が『じゃあ俺も道連れ(セット)になって外堀から埋めてやるよ!』って言い出したら、父上までノリノリになって、あの『セット売り作戦』になったってワケ」
エドワードは、いつものように軽く笑った。
「……まあ、半分は面白そうだったからだけどね」
「半分!?」
「だって兄上があまりにも分かりやすく恋してるんだもん。でも、もう半分は本気だよ」
彼はちらりとフリードリヒを見る。
「いつも不器用で、何でも一人で抱え込む兄上が、初めて誰かを失いたくないって顔をしてたんだ。だったら、弟として手伝うしかないだろ? ……まあ『返品します!』なんて言われた時は、さすがの俺も焦ったけどねー」
エドワードはけらけら笑いながら、悪戯っぽい顔で私を見た。
「……ちなみに、王女様」
「な、なんですの?」
「俺、本棚の裏で三十分待機してました」
「……」
「ちなみに、兄上が逃げ出した場合は、俺が代わりに場をつなぐ予定でした」
「え?」
「告白までね。冗談ですよ。半分は」
「〜〜〜〜っっ!! エドワード!」
ネタバレを全てバラされたフリードリヒは、もはや頭から湯気が出そうなほど真っ赤になりながら、捕まえたエドワードを締め上げている。
「ギブギブ! 父上も兄上の恋愛音痴を心配していたし、ちょっと最後の一押しとして協力しただけだって!」
(あ、あの『抱き合わせ押し売り』の裏に、そんな理由があったなんて……!)
可哀想なほど照れまくっている『私の王子様』の姿に、胸の奥が愛おしさでいっぱいになる。
フリードリヒの腕から逃れたエドワードは何のダメージもなかったように、けらけら笑っていた。
「まったく……」
私はこめかみをおさえて苦々しい顔をしているフリードリヒに近づくと、その温かい手を優しく包み込んだ。
「殿下?」
フリードリヒは一瞬、驚いたように肩を跳ねさせた。けれど決して手を離さないまま、その手をじっと見つめた。
「……あの、じゃあ。片方は『返品』で。私は、貴方だけいただきます」
私の言葉に、フリードリヒはハッと顔を上げた。
緑の瞳に歓喜の色が浮かび上がり、私の目を逃げずにまっすぐ見つめ返した。
そして、彼の手は私の手を握り返し、キュッと力が込められた。
「……はい。喜んで。エレオノーラ様、一生あなたのお側におります」
蚊の鳴くような声。けれど、そこには確かな熱がこもっていた。
「はいはい、ごちそうさまー。それじゃ、俺はクーリングオフってことで退散しまーす」
ひらひらと片手を振りながら、去っていくエドワードの背中を見送りながら、私はふっと微笑んだ。
「……あの、フリードリヒ様。最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい」
「私の、この目を……怖いと思ったことはありませんか?」
フリードリヒは驚いたような顔をした。
「まさか。あなたの瞳を怖いと思ったことなど、一度もありません」
そう言って、彼は私の手を大きな手でそっと握り直した。
「……あの日、まさか王女殿下が、あんな無防備な姿で街にいるとは思いませんでした。でも、その瞳を見た瞬間、わかったんです」
愛おしげに私の瞳を覗き込む。
「あなたのその、美しい夜空のような瞳に……あの時からずっと、心を奪われていました」
(……ああ、やっぱりこの人がいい)
見た目のせいで「冷酷な魔王」と恐れられていた私。
けれどこれからは、私の素顔も、この三白眼も、丸ごと愛してくれる最高の旦那様(※単品)と一緒に、甘くて賑やかな物語を紡いでいくのだ。




