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勇者を飛んだ男

作者: 鶴山こなん
掲載日:2026/03/23

 一番初めに言っておく。

 俺は、最低な人間だ――。






 聖アーマリエン王国。

 城の謁見の間に、四人の勇者が集められた。


 勇者であり聖剣士のソルカリッド。

 聖女で僧侶のアルベルティーネ。

 大魔法使いのアングルシー。

 そしてこの俺、戦士ジン。


 国王は豪華な玉座に座り、目の前に跪く四人に向かって声を響かせる。


「よく来てくれた、勇者達よ。其方らであれば、魔王も恐るるに足らんな!」


 魔王、それは瘴気を撒き散らす世界にとっての癌である。近年魔物の発生が多く、魔王の出現が危ぶまれていたが、いよいよ放っては置けない危険な状況になったそうな。知らんけど。


「いいえ父上、魔王は文字通り魔物の中の王。我々とて油断は出来ぬ相手です」


 国王の軽口に、王子のソルカリッドは凛とした面持ちで逸れた話題を元に戻す。この感じを見るに、いつもこんな風に家族で楽しく話し合ってるのだろうな。良いよな、ホント。


「失礼した、国から四人も勇者が見つかったのが誇らしくてつい、コホン……。今朝、調査隊から一報が届いた。内容は魔王の出没所在地。場所は南南西、オグラルン大森林奥。出現する魔物はどれも強力な種類ばかりだが、統率をとっている様子はなく、魔王は高い知能を持つ人型でない可能性が高いとの事だ。それから……」


 王様が大事な魔王の情報を話してくれている。だが残念な事に、俺には王の話の内容が少しも頭に入ってこなかった。ものすごくこの場から離れたくてたまらない。鎧の下が徐々に冷たくなったのも相まって、体が震えてきた。まずい、拒絶反応だ。


 だめだ、王様の前だ……堪えろっ!


 額からは今にも冷たい粒が流れてきそうだ。そんな風に能面の顔を崩す事なく、戦士の意地で国王との謁見は終わった。

 謁見の間から退室すると、アルベルティーネが顔を覗き込んでそっと頬に触れた。


「ジン、大丈夫ですか?顔色がすぐれない様ですが……」

「へっ!?い、いや別に……?」


 流石聖女、誰よりも人の感情と体調の変化によく気付く。滑らかで白い暖かな手が今度は額に当てられる。


「熱は、無い様ですが……」

「なんだ?ジン、具合が悪かったのか。なら我慢する事ないぞ、城の医者に診てもらえ」

「え、あの……」

「大丈夫よ、ジン!今、回復魔法をかけてあげる……」


 そう言いつつ、アングルシーが杖の魔石を光らせ始めた。

 違う違う、そうじゃ……そうじゃない!!


「あ、あのっ!……最近魔物討伐が続いて、疲れが溜まっているだけだと思う。宿屋に戻って、休んでも良いだろうか……」


 なんとか声を出すことに成功した。偉いぞー俺。

 すると、ソルカリッドは快く頷いた。


「この中で一番負担が大きいのは戦士であるジンだ。最前線で魔物とぶつかっているのだから、疲れが溜まるのも当然だ。むしろ気づいてやれなくてすまなかった。宿屋と言わず、城の一室くらい用意しよう」

「いやいやいや……!」


 ……やめてくれ。


「広い城の寝床よりも、宿屋の方が落ち着くんだ。気持ちは有難いが、遠慮させてもらうよ」

「そうか……お前が言うなら仕方ない。ゆっくり休め」

「あぁ、ありがとう」


 そう告げて、俺は三人に背を向けて歩き出した。






 あーっ。

 しんどい、きつい、つらい!


 このパーティは、良い奴しかいなかった。三人は王族や貴族だが、平民生まれの俺を見下したり、酷い扱いをされた覚えは一度も無い。むしろ一番最前線に出て傷を負う度、よく気遣ってくれたものだ。

 それなのに、俺ときたらそんな楽しい思い出を作り上げたパーティを、無断で抜けようと考えている。


 出会ってからの三年間は楽しかったな……。


 三人は強く、優しく、どこまでも真っ直ぐだ。その眩しさを見ているだけで、彼らが世界を救うべき本物の勇者なのだと嫌でも分からされる。

 俺が言うのも烏滸がましいが、彼らならこの世界を救うに値する。きっと、自分なんぞいなくとも、いずれ相対する魔王にも負けることはないだろう。  


 そう。戦士一人欠けたくらい、彼らにとってはどうって事ない事だ。何故なら、勇者としての心構えができているから。彼らは、たとえ何があっても前に進む。どんな困難が待ち受けようとも、降り掛かろうとも、決して止まる事はない。

 けれども現実とは残酷で、自分は皆の様にはなれなかった。


 初めは、ただの冒険者の戦士見習いだった。夜な夜な弱い魔物を狩まくってただけのクソガキに何を見出したのか、たまたま出会ったソルカリッドにパーティに入らないかと勧誘された。

 それからは、家を救い、村を救い、街を救い、幸運な事にこの前国をも救うという偉業を成し遂げた。


 自分に英雄は向かないと自覚したのは、街を救った辺りからだ。


 街を救い、領主様から報酬を受け取った所まではよかった。問題はその後。領主様の屋敷から出て、街を出るまでの商店街の一本道。

 救われて安堵しきった人々が、感謝の気持ちを込めて、鮮やかに花を撒いてくれた。みんな笑顔だった。ただ、街の人々からの感謝を素直に受け取るだけで良かったのだ。


 なのに、ふわりと穏やかに手に落ちた花弁を見て、俺は泣きそうになった。

 嬉し涙などではない。恐怖だ。


 誰が想像できた?夜な夜な魔物を狩って遊んでただけなのに、気付いたら勇者みたいな人間の最高峰の隣にいたなんて。

 誰が想像できた?こんなにも身の程に合わない、志も、命を賭ける覚悟も無い、中途半端な野郎が、世界最恐に挑まなくてはならないなんて。

 何とか、今までずっと自己欺瞞をして耐えてきたが、それは人々からの純粋な曇りなき期待の視線を浴びたその日、限界に達した。

 

 無理だ、俺にはできない。確実に大事な場面で芋引いて足を引っ張る未来しか見えない。命あっての物種。今ならまだ間に合う。彼らにとっても、もっと俺よりマシな戦士を探す機会が作れる事だろう。


 自己中?無責任?情けない!最低!


 うるせえぇええっーー!!

 そんなこと、わざわざ言われなくたってこの俺が一番知っている。


 だが、仮にも戦士として戦ってきた俺には分かる。

 このままでは魔王に負けてしまう。


 知っての通り、俺は人間性に難がある。人からの良い感情を素直に受け取れない。時に捻じ曲がった捉え方をしてしまう事もある。

 だが、これはパーティ全体の士気に関わる。戦いに挑む者にとって士気は死活問題。今まではただ何も言わず、彼らの肉の壁になっていれば勝てた。けれども、魔王相手であればそうはいかない。


 これから先の旅に、俺は足手纏いになる。

 そしてこの先、申し訳ないが、魔王に対して覚悟を固める事もない。


 突然姿を消した俺を探し、後に手紙を読むであろう彼らを想像すると、胸が張り裂ける思いだが、もう決めた事だ。振り返ってはいけない。


 その夜、宿屋の一室に置き手紙を残すと、一人静かに国を出た。この気持ちは、一生心に重い跡を残すだろう。だがそんな重みも感じない程に、開放感が己の心を包み込む。

 国から距離が離れれば離れる程に、なぜだか鼓動が速くなってくる。苦しくは無い。もしかしたら、俺の中の何かが壊れ、興奮しているのかも知れない。ズシリと重量のある斧を背負っているはずなのに、足は軽やかに進む。今にも走り出しそうだ。


 あっ……。


 最後に何を思ったのか、足が止まった。そして、ふと振り返る。


「皆……本当にすまない」


 今後、俺がこの国に来る事はない。誰も己を知らない、遥か遠くの名も知らぬ土地で、静かに暮らしたいと思う。こんな人でなしでも、魔物を掃除する事で役に立てる場所がきっとある。

 人間、誰しも勇者のような主人公になれる訳ではない。お怒りならいくらでも聞くし、受け止める。ただ、せめて放っておいて欲しい。今の俺が求めるものは、それだけだ。


 これより進む道を鮮やかに彩るのは、花ではない。

 なんの感情も意味もない、美しい月と天の川。

 

 こういう温度のない薄明かりこそ、この俺には相応しい。






 翌日、昼になっても姿を見せないジンを心配した三人が、宿屋に彼の様子を見に行くと、どこか気まずそうな面持ちの店主に一通の手紙を渡された。するとその内容に、三人に衝撃が走る。


 勇者の一人が……飛んだ。

 ご一読いただき、ありがとうございました。


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