07
華栖の都はいつも華やかだ。
大陸中から人々が集まることもあり、毎日のようにどこかで市場が開かれている。
仕事の合間や休日など、私は自分が若い娘であることがバレないように顔を隠し、頭被いのついた外套を身に付けよく繰り出していた。拓師がやっているような建物の中にある店とは違い、その日限りの小さな出店などはなかなかに興味深い品を揃えている。
私は前々から目を付けていたそこそこの賑わいを見せている市場に入り、ここの元締めはどこかと訪ねた。
すると一番奥にある生糸を売る店を指さされたのでそこを訪ねる。
「いらっしゃい。なにがご入り用で?」
人の良さそうな店主が陽気に声を掛けてきた。
「実は店を出したくて。今日これから一日お世話になりたいのですが」
会釈をしながら挨拶をすれば、店主はすっと表情を変えて私を観察するような表情を浮かべた。
「店子希望か」
「ほんの少し、場所をお借りしたいのです」
「ふうん……奥に元締めがいらっしゃる。話はソッチでしてくれ」
指さされ店の奥に向かえば、薄暗い店内で数名の男たちが煙管を吹かせていた。
何のようだと声を掛けられたので、店を出したいと口にすれば、一番奥に座っていた人物がしわがれた声をあげる。
「お前は一体何を売る気だい?」
それは表情が読めないほどに皺の多い老人だった。どうやら彼が元締めらしい。
私の出で立ちが不思議なのだろう。垂れ下がった瞼をわずかに上げ、しげしげと様子を窺ってくる。
「私、こうみえて占い師なんです。旅をしながら修行をしている身でして。今日はこの市場で占いをするといいという相がでましたのでおじゃまさせていただきました」
「占い師とな」
老人やその周りにいた商人たちが驚きと嘲りを含んだ笑いを零す。
「ほお。よし、じゃあ物は試しに占ってみろ。出店料も負けてやるぞ」
揶揄いを含んだ言葉に私はにこりと微笑んでみせた。
「はい。では一体何を占いましょうか」
老人の前に膝を付いた私は、懐から使い古した木綿布を取り出し、神札をその中央に置いた。
「その紙切れはなんだ?」
「私の商売道具です。この紙を使って占いをするのです」
「珍妙な占いだな。初めて見たぞ」
「はい。私の師は元は遠い異国の出身で、私にだけ特別に伝授してくださった占いなのです」
「ほお……?」
ほんの僅かに低くなった老人の声に、私は背筋を伸ばす。
年寄りとはいえ、市場の元締めをしているような人間だ。侮ってはいけない。周囲の人間も、愛想のよい笑顔を浮かべているがその目はあまり笑っていない。
(ま、占いなんて形がないものを売る人間は警戒されて当然よね)
私の商売が真っ当かどうかを見極めようとしているのだろう。
「……儂の孫娘がもうすぐ結婚をする。祝いとして屋敷を買ってやるつもりだが、西地区がいいか東地区がいいか迷っていてな。孫娘が良い生活を送れるのはどちらか見て欲しいんだ」
しかし予想に反し、老人の質問は私を試すにしてはあまりにも不思議な内容だった。
占ったところで、今すぐ結果が出るようなことでもない。結婚後の生活を決める場所など、今後の人生に大きくかかわる大切なものだ。それを初めて会った私に聞くなんて。
「お祝にお屋敷とは豪勢ですね。羨ましい。さてさて、どんな結果が出ますかね」
疑問を表情には出さずに語りかけながら、私は神札を丁寧に混ぜて、二枚の札を抜き出した。
「ほう。変わった絵柄だな。どんな意味だ」
「……西地区を指した一枚目は月の逆。東地区を指した二枚目は太陽の正でございます」
見た目にまったく逆の札が現れた。私は老人の顔をみてそれぞれの札について説明をはじめる。
「月が意味するのは、曖昧な不安。しかしこの月はその逆で現れました。つまり、この西地区を選べばこれまで不安に思っていた部分に光が当たり、現実が見えてくることを意味しています。太陽が意味するのは喜びや平穏。結婚には吉の札でざいます」
「ふむ……ならば東地区の屋敷が向いている、ということか」
「そうですね。しかし、この太陽、実は中々にくせ者でございます」
「くせ者、とな」
「はい。強すぎる光は眩しすぎ、時に人を苦しめます。無邪気さ故に、良くない結果を招いてしまうのです」
老人の眉がぴくりと上がったのが見えた。
「この月が正の位置で現れていれば、私も太陽を素直に信じたでしょう。しかし相反する二つの札が同時に現れたというのは中々に意味深です。私が思うに、ご老人は孫娘様の結婚に不安がおありのようだ。お相手の殿方にはなんらかの問題があるのでは?」
「貴様、無礼だぞ!」
周囲にいた商人たちが一気に殺気立つ。
「黙れ。すまない、続けてくれ」
否定しないということは、事実なのだろう。本当にただ孫娘の住まいを探しているだけなら、私のような見ず知らずの占い師に相談をしたりなどしない。
この都には高名な占い師がいると耳にしたことがある。小規模だが市場の元締めが出来るほどの人物が伝手を持たないわけがないのだ。
(というより、知り合いには占いを頼めない話と考えるのが筋ね)
顔が知れている人間は敵が多い。
下手に大きな占い師を頼れば、何かを悩んでいることが露見してしまう。相談する相手を誤れば、心の隙を突かれて惑わされてしまう可能性がある。
だから、行きずりの私に相談をした。
(恐らく、孫娘の結婚相手は女遊びか博打か、何かしらの問題がある男。しかし仕事や家同士の都合で破談にはできない。少しでも孫娘が良い暮らしができるようにしてやりたいが、どうすればいいかわからない、ってところね)
どんな結果が出ても「あの占いのせいだ」と私に責任をなすりつけることができる。つまり心を軽くしたいのだ。
(難儀ねぇ)
地位や財産を得る人間が占いに傾倒する理由は、素直に人に相談できなくなるというの多い。この老人も、そういう悩みを抱えているのだろう。
「古来より、月は女性、太陽は男性を表します。もし東地区に屋敷を構えれば、殿方は今以上に自分に自信を持つでしょう。その結果、孫娘さまを蔑ろにするような生活になってしまう可能性が。西地区で暮らせば、殿方は孫娘さまのよい魅力に気が付き、心を改める可能性があります」
「ほう」
老人が目を輝かせてわずかに身体を前のめりに浮かせた。どうやら私の言葉にひかれるものがあったらしい。
(まあ嘘だけど)
札の解釈は案外曖昧だ。
私ができることは、この老人の気持ちを軽くすること。もっともらしい言葉を使って、少しでも彼が納得するような言葉を作り出しただけに違いない。
(まあ実際は、西地区は貴族が住まう地区だから周辺の環境が静かなのよね。対する、東地区は歓楽街に近い。夫になる男の悪癖がなんなのかわからないけど、誘惑から遠ざけておくことに超したことはないでしょう)
少しでも気に入ってもらって、いい場所を都合してもらわなければ。わざわざ余暇時間を潰してまでここに来たのだ。
私は再び札山に手を伸ばすと、新たな札を一枚抜き出した。
「これは高僧の札です。どなたか、法師にご縁がございますか?」
本来ならば教皇と呼ぶべき札だが、この世界の人たちに伝わりやすくするように高僧や法師の札と私は呼んでいた。
「法師、法師か……ふむ、なるほど」
「お屋敷を買う前に、若い夫婦をその方の元に行かせるべきかもしれません。人生の師ほど得がたい物はありませんからね」
老人はわたしの言葉を噛みしめるようにして頷くと、ぱっと顔を上げた。
「なるほど。大変参考になった」
最初の時よりも顔色が良く、どことなく声も弾んでいる。どうやら私が導き出した結果に満足してくれたようだ。
(まあそうでしょうね)
何故なら私は知っていたからだ。
この市場の元締めがとある僧院の弟子だったことや、還俗したあとも頻繁に僧院に通っていることもだ。信心深い人間ほど占いに理解があると思ってこの市場を選んだのだ。まさか占いを依頼されるとはおもっていなかったが。
(思わぬ収穫だったわね。もしこれで、孫娘の結婚がうまくいったという噂が入れば恩を売れる。駄目なら近づかないまでよ)
老人の反応から察するに、信頼できる法師に伝手があるのだろう。
是非その人物に頑張っていただきたいものだ。
「出店料は今日は初日と言うことで半額にしておいてやろう」
「なんとありがたい!」
「払いは後だ。売上の一部も納めてもらうからな。おい、誰か店の場所に案内してやれ」
「はい」
老人の傍に控えていた男性が近づいてきて、顎をくいと動かし「付いてこい」と声を掛けてきた。
どうやら彼が私を連れて行ってくれるらしい。
「お世話になりました」
私は老人に深く頭を下げると、男性のあとを追いかけたのだった。




