05
「荷物はそれだけでいいのか。ずいぶんとみすぼらしい姿だな」
物置小屋から小さな袋包み一つで出ててきた私を見て、鹿角はふんと鼻を鳴らす。
普段の仕事着の上から外套を羽織り旅に向いた履物を選んだこともあり、これから後宮に向かうにしてはずいぶんと質素な装いに見えるだろう。
「はい。特に私物はありませんし、服も旅路が長いならば目立つ服よりはこちらがよいかとおもって」
「殊勝な心がけだな」
私の態度がお気に召したのか、鹿角がうんうんと満足げに頷く。
「父様。今日まで育てて頂きありがとうございました。華栖の後宮では、できるかぎり頑張りたいと思います」
「流石は我が娘だ。お前には昔から才があると思っていた。彼方でも励めよ」
鼻の穴を大きくしきて胸を逸らす鹿角に、私は内心で舌を出す。
(なにが才よ。正妻にまかせきりで私のことなんて無視していたくせに)
ろくに父親らしいことなど何一つしてくれなかった。
それでも、今日まで生き延びられたのはたしかに鹿角の庇護があったからに違いない。とはいえ、正妻の嫌がらせを止めてくれなかった恨みは消えないが。
「父様。一つお願いがあるのですが」
「ん……? なんだ」
鹿角が怪訝そうに私を見てくる。
「お世話になった方に挨拶をしたくて。黙って出て行くのは忍びなくて。父様に良い奉公先を見つけてもらったと自慢もしたいです」
「おお、そうか。そうだな、今から長い旅になるのだ。挨拶をしておきたい者がいれば、今のうちに声をかけておくがいい」
従順な態度に気を良くしたらしく、普段ながば私の頼みなど歯牙にもかけないはずの鹿角が機嫌良く頷いてくれた。
「とはいえ流石に今からではお会いするのは気が引けます故、手紙を託してもよいですか?」
「よいぞよいぞ。どこの誰に渡せばいいのか紙に書いておけ」
(かかった)
うっかり笑いそうになるのを我慢しながら、私はあくまでも控えめな笑みを浮かべて手紙を二通取り出す。
「一つは奥様へ。今日まで厳しくして下さったおかげで、立派に成長したとお伝えください」
「おお。あやつも喜ぶであろう」
手紙を受け取った鹿角はしげしげとその封書を眺めている。
(この男のことだから、絶対に手紙を一緒に読みたがるでしょうね)
鹿角の正妻は、この地区では有名な美人だったらしく、かなりの金を積んで妻に迎えたと聞いている。そのこともあり、鹿角は妻にだけはやけに甘く、いろいろな我儘を聞いてやるという溺愛ぶり。正妻の産んだ子どもは目の中に入れても痛くないほどのかわいがりようだという。加えて嫉妬深く、正妻の行動はつぶさに監視している。
(自分に自信がないのよね。いつ裏切られるか不安でしょうがないんでしょうよ)
使用人に手を付けるのも、自信の無い自分を慰めるため。逆らえない女に手を出すとは本当にクズ極まりない。
(少しは痛い目を見てもらわないとね)
鹿角に託した手紙には、正妻への感謝の言葉が確かに書いてある。これまで色々と厳しくしてもらったおかげで、様々なことが身についたし、学んだことも多いと。それと。
『いつも奥様が使いに出してくれた布問屋の若様にもずいぶん優しくして下さいました。これからは弟の空々が代わりの使いを承ります。私に似て口も硬いので、どうか目をかけてやってください』
普通の人間なら読み飛ばすような一文だが、めざとい鹿角はすぐに気が付くだろう。
どうして妻が布問屋の若息子などと連絡をとっているのか。どうして口の硬い私が選ばれていたのか。
きっと妻を疑うはずだ。だが、商人らしい陰湿さですぐには動かず、空々に声をかけ妻の動向を調べさせるだろう。
(浮気しているのはほぼ間違いない。あとはこのクズがどこまで調べられるか、ね)
正妻は私を布問屋の若息子へ使いに出したことがある。だがそれは、たったの一回だけだ。手紙を届け、返事を持って帰ってきた後、かなり派手に嫌味を言われて雑用をさせられたっきり。そのあとは、男の使用人がずっと使いをしている。
(どうせあの馬鹿男が私の名前を聞いたか、見た目を褒めたんでしょうね。女好きそうな顔をしてたから)
正妻と若息子はいい仲になっているとみて間違いないだろう。巧妙に隠しているつもりだろうが、すぐにわかった。若息子からとどく手紙を読むときの表情は、鹿角の前では決して見せないものだ。
そのことが露見すればどうなるか。
(良くて鞭打ち。悪ければ身体一つで追い出されるでしょうね。私の母さんや空々の母親を追い出したように)
正妻がいなくなれば、きっと空々たちの扱いも良くなるわ。
「どうぞよろしくおねがいします。もう一通は友人へ。薬問屋の娘さんです。仲良くしてもらったので、お礼をしたくて。この帯と一緒に届けてくれると助かります」
「これはよい帯だな。こんなものを持っていたのか」
「はい。奥様にお使いの手間賃にと賜りました。沢山持っているから、と」
「ふうん」
鹿角の目がすっと細まる。心の狭い鹿角は、妻の身に付ける者は全て揃えたい性格だ。この帯の存在を知らなかったことや、他にもあると言う匂わせに心を乱されないわけがない。せいぜい疑心暗鬼を募らせて暴れて欲しいものだ。
「必ず届けておこう。他にはないのか」
「はい、ございません。彼女にはくれぐれもよろしくお伝えください」
薬問屋の娘である、桂珞は本当に友人だ。私の占い稼業をかなり助けてもらった。
手紙には、空々をどうか助けてやって欲しいと書いてある。占い家業は私が抜けてもある程度は回るように仕込みをしてある。顧客の悩みを事前に調べ、欲しい答えを出すようにと教え込んだのだ。
私が奉公に出ることと、残していく空々のことを見守ってくれるように書いてある。私たちの間だけで伝わる暗号で使っているので、鹿角に読まれたところで問題ない。桂珞に任せておけば安心だ。
そんな話をしていると、旅の準備が終わったと遠くから声がかかった。
「華栖まで商品を運ぶ旅団に同行しろ。道中は仕事を手伝うのだぞ。ただし顔や身体に傷はつくるな。わかったな」
どうやら最後の最後まで私をこき使う気でいるらしい。ここまでくると、怒りを通り越して笑えてくるから奇妙なものだ。
「承知しました」
「華栖の都に着いたら、織師の凡 楽拓に挨拶に行くように。やつが、お前を後宮に入れてくれる話が付いている」
「凡楽拓様ですね。覚えました」
神妙な顔で頷いていると、鹿角が急に黙り込んで私の顔を見てきた。ひた、とこちらを見据える顔は妙に真剣で感情が読めない。
「どうなさいました」
「……お前の生みの母だがな」
「は?」
突然の言葉に間抜けな声が出る。
正妻に追い出されたという話以外何も知らぬ母の話を今になって持ち出してくる理由が分からず戸惑っていると、鹿角が周囲を見回してわずかに声をひそめた。
「東国の里に帰り嫁ぎ先で平穏に暮らしているそうだ」
早口にそれだけを喋った鹿角は、いつものような偉そうな顔になってしまう。
そのあとすぐに使用人が駆け寄ってきたので話が終わってしまったが、もしかしたらこれは鹿角なりの餞別なのかもしれない。
(根っからの悪人ではないのが逆に腹立たしいところよね)
「……父様」
使用人たちにアレコレ言いつけている鹿角に近寄り、自分がされたように声をひそめて話しかける。
「なんだ」
「実は私、話題の占い師に一度だけ占ってもらったことがありまして」
「占いだと?」
「はい。そこで家にいずれ水難が降りかかると助言を頂きました。どうか、お気を付けてください」
「水難?」
鹿角がわずかに眉を上げる。私の話を信じるべきかどうか吟味している顔だ。
(ま、この助言をどう受け取るかは好きにしたらいいわ)
正式な歴史が分らないため、華栖伝の中で語られる「長雨」がいつやってくるのかは私にもわからない。それでも遠くない未来であることには間違いないだろう。
雨が止まなくなったとき、鹿角が私の助言を覚えていれば何か救われるものもあるかもしれない。
(コイツが路頭に迷えば、空々や他に使用人たちも大変だからね)
言い訳じみたことを考えながら、私は最後だからと鹿角に頭を下げる。
「どうぞお元気で」
こうして私は、生まれ育った国を離れ華栖の都へ向かったのだった。
明日の12時からまた別の新作長編の投稿を開始します!




