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かなり手厳しい占いをしてしまった記憶があるだけに、まさかまた占って欲しいと言ってくるとは思わなかった。
「えっと……」
まさか前回の仕返しをしに来たのだろうかと身構えていると、松花は何かをどんと机の上に置いた。
「これ、前回の御代よ。払ってなかったから」
「ええと……」
「弓林様お手製の桃饅よ。わざわざ頼んで作ってもらったんだから、受け取りなさい!」
相変わらず高圧的な態度だが、何故かどこか憎めない気分だ。
(なんだかすこしスッキリしたわね。肉がそげたというか)
最後に顔を合わせたときよりも幾分すっきりとした顔立ちになっている松花は、落ち着かない様子で腕を組んでいる。
「それは、ありがとうございます。頂きますね」
「行っとくけど、これは礼儀として渡すだけよ。別にアンタに感謝しているわけではないからね。たくさんつくってきたから、半分は今日の御代よ。いいわね!」
なんだか大変既視感を覚える反応に首を傾げていると、緑汐が近づいてきて何やら耳打ちしてきた。
「松花ね、貴方の占いを受けたあと、ずいぶん気持ちが楽になったんですって。おかげで、少し痩せられたって喜んでるのよ」
「なるほど」
つまり前回のやりとりがショック療法になったらしい。
(それでまた私を頼る気になったのね)
喜んでいい場面では無いのだが、やはり少しばかり嬉しい。
私のこれは占いとは到底呼べない代物だが、それでも誰かを救えたのならば気持ちは良いものだ。
「それでは、今回は何を占いますか」
「……を」
「はい……?」
「あ、相性占いをして欲しいの!」
叫ぶような口調で告げられた意外な相談内容に、私は想わず目を瞬く。
「相性、占い、ですか」
「そう。実は、実家の両親からそろそろ戻ってきて結婚してはどうかって言われてて」
ほんのりと頬染めながら松花は二つの巻物を机の上に置いた。
「両親が送ってきた釣書よ。どちらも家柄も財産も同じくらい。嫁入り先としては十分魅力的だって。判断が付かないから、私に選べって行ってきたの」
「よいご両親ですね」
心からの言葉だった。
この時代、というかこの世界では結婚相手は親が決めるものだ。恋愛結婚も無いわけではないが、多くの女性たちは親が決めた相手に嫁ぐのが慣例。
私だって自分が華栖伝のキャラクターだと思い出さなければ、鹿角の決めた縁談に否など言わなかっただろうし。
松花に最初にあったときずいぶんと甘やかされて育ってきた娘だとは感じていたが、その溺愛に嘘はなのだろう。
「そう、だから、どうしたらいいのか分らなくて……」
親が決めた縁談に松花も反発する気は無いらしい。それにしては態度が妙に神妙だ。しゅんと落ち込んだ様子で二つの釣書を見比べている。
(ん?)
その仕草に、私は一瞬だけ違和感を覚えた。
ほんの僅かだが、松花の視線が左に置かれた釣書を長く眺めたのだ。
「……その釣書、見せていただいても?」
「い、いいわ」
強ばった表情ながら、松花は頷くと私に釣書を差し出す。それぞれに広げてみれば、彼女の言うとおり、両方ともに家柄や年齢など、大きな格差はない。ただし片方の家は名の知れた豪商で華栖伝にも名前が出てきた記憶がある。この先、長く繁栄する家門なのだろう。だが、もう片方は特に記憶が無い。
(さっき松花が気にしていたのは、こっちの記憶にない方ね)
わざとそちらの釣書だけ時間をかけて確認していると、松花がそわそわと落ち着かない様子を見せはじめた。
ちらちらと私の顔を窺う視線から、感じるのは隠しきれない期待と不安。
「それでは占ってみましょうか」
先ほどと同じように神札を取り出し、丁寧に混ぜていると松花が不思議そうに首を傾げた。
「札を選ぶんじゃないの?」
「今回の場合は、どちらを選んだ方が相性が良いかの占いですからね。私が札を選びます。さて……」
私は二枚の札を選び出し、それぞれの釣書の前に置く。
「ひとつめの札は皇帝。安定と強さを暗示しています。この方と結婚すれば、一生お金に困ることはないでしょうが、気位の高い男性なのでいろいろな面で忍耐を求められるでしょう」
「忍耐……」
「もう一つの札は星。これは女性の包容力を示す札です。先ほどの方ほどの繁栄はみこめませんが、松花さん自身の幸せが花開く可能性があるのはこちらです。本当に欲しいものが手に入るかも知れませんよ?」
「う……」
微笑みかければ、松花がほんわかと顔を赤くした。
「ご両親への返事はよく考えた方が良いでしょう。決してどちらも悪い縁ではありません。貴方の心が一番大切だわ」
「……そう」
どこかぶっきらぼうに答えた松花は、小さく頷くと釣書を抱きかかえて立ち上がった。
以前の高慢な態度が嘘のように頭を下げ去って行く後ろ姿を見つめながら、私は苦笑いを浮かべる。
「素直じゃないなぁ」
「ねぇ、どういうこと?」
すかさず近寄ってきた緑汐に、私は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「多分だけど、釣書にあった男性と松花さんは面識があるんじゃないかしら。できれば気心の知れた相手がいいけれど、性格上自分から選ぶことができない。だから、誰かに背中を押して欲しかったんでしょうね」
釣書を差し出すときの表情や、私が占いの結果を読み上げるときの様子からもそれは明らかだった。
私の占いの結果がどうであれ、こじつけて星の札の男性を選んだのではないだろうか。
「えっ、貴方そんなことまで占いでわかるの?」
「あっ」
うっかり口を滑らせすぎたと口を押さえるが、緑汐は一切気にしていない様子だ。
「すごいわねぇ。あの松花が何も言い返さなかったんだから当たってたのね……」
「はは」
誤魔化されてくれる緑汐は本当に根が善人なのだろう。いくら物語の世界とは言え、これだけ成熟した文化があるのだから前世の私のようなインチキ、もとい詐欺師まがいの占い師なんて吐いて捨てるほどいるだろうに。
「松花の縁談、うまくいくといいわね」
「そうね」
やれやれと既にその場からは見えなくなった松花を持っていると、最後の一人が向かいの椅子に座った。
「ええと、あなたは」
「私は清月。瑠妃様にお仕えする女官です」
「へえ、瑠妃様に……ええ!?」
裏返った声が出てしまった。緑汐を見れば、さっと目をそらされてしまう。
女官は使える主を違えてはならないというのが後宮の掟だ。麗妃と瑠妃が反目しあっているのは公然の事実。そのなかで、瑠妃の女官が麗妃の宮に着てくること自体が大事件だ。
はくはくと口を開閉させる私から、緑汐は頑なに視線を逸らし続けている。
「緑汐を責めないでであげてください。私が無理に頼み込んだ話なのです。どうか、お話を聞いていただけませんか」
「ええぇ……」
面倒なことに巻き込まれたくないと腰を浮かせかけた私の両肩を、緑汐ががっしりと掴んで力尽くで座らせてきた。
「緑汐!」
「いいから! とにかく話を聞いて! お願い!」
「どうしてあなたが瑠妃様の女官の肩を持つのよ」
「これは麗妃様にも関係ある話なの。お願いだから、聞くだけ聞いて」




