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緑汐が私を連れてきたのは、銀朱宮の裏庭だった。
てっきり麗妃様のと頃に連れて行かれると思ったのに、こんなところに連れてきてどうするつもりなのだろうか。
周囲を見回しながら緑汐に付いていくと、裏庭にある井戸の近くに数名の女官たちが立っているのが見えた。
「えぇぇ?」
思わず間抜けな声が出てしまう。顔を見たこともあるものもいれば、見たことのない女官もいる。共通しているのが、全員がこの銀朱宮の女官ではないということだ。
「あの、緑汐? 彼女たちは……?」
「みんな、貴方の噂を聞いて是非占って欲しいと言ってきたの」
緑汐の表情にはげんなりとした疲れが滲んでいる。
「は? 私?」
「そう。この前、麗妃様の簪をあなたが探し当てたでしょう? その噂が後宮に広まったのよ」
「嘘でしょ!?」
悲鳴じみた叫びを上げれば、緑汐が慌てたように私の口を塞いできた。
「しっ! 麗妃様には内緒で連れてきてるんだから黙って!」
「内緒って……!」
後宮女官の仕事内容や勤務場所はかなり厳密に決められている。勝手に持ち場を離れることは許されない。
真面目で仕事に厳しい緑汐が何故と眉をひそめれば、困り果てた顔をして私を手招きで呼んだ。
「実は、あの子たちは全員私と同期なの。だから、断れなくて……」
声をひそめながら告げられた言葉に、私はなるほどと小さく頷く。
緑汐は、面倒見が良い姉御肌だ。同郷の女官たちから頼られて断り切れなかったのだろう。
「ごめん。これっきりにさせるから、ちょっとだけ占ってあげて」
「仕方ないなぁ……」
緑汐には何かと世話になっている。ここで断るのは人でなしというものだろう。
「いいわ。緑汐の顔に免じて、一回だけね」
一人目のお客さんは洗濯場の女官だった。
裏庭に備え付けられてる小さな東屋の机に座った私と向かい合うように座った女官は、肌が弱いのか、指先が真っ赤に腫れ上がっておりなんとも痛々しい。占いよりも医局にいって軟膏をもらった方が良いのではないかと思う。
「それで、あなたは何を占って欲しいの?」
「実は、故郷の両親から金の催促が来たんです。聞けば、弟が賭博で借金を作ったそうで……私はまだ下っ端で碌な蓄えも無くて……どうすればいいのでしょうか」
明らかに占いでどうにか出来る範疇を超えている。人生相談か何かと勘違いされているのでは無いだろうか。
少し離れたところにいる緑汐に視線を向ければ、彼女もまた引きつった笑みを浮かべていた。
(ま、こういう占いもやってたからいいんだけどね)
「なるほど。それはお困りですね。その借金というのはどうやってできたと言ってきたんですか?」
「手紙によれば、弟が友人のお宅で酒を飲んでいるときに声をかけられてはじめたらしいのです。最初は勝っていたそうなんですが、どんどん負けが嵩んで」
疲れた表情で語る女官の雰囲気からして、よほど切羽詰まった状況なのだろう。
「弟は本当に優しい子なんです。両親も、地元では名の通った商人でこれまで悪い噂もまったくなくて……」
「周りに頼れる人はいないの?」
「親類は多いですが、小さな街なので賭博なんてことがバレたら、どんな噂を立てられるか」
俯く彼女の声は震えていた。
(なるほど、ね)
私は神札を取り出し、彼女に一枚選ぶようにと促した。
「私が選ぶんですか?」
「貴方の悩みはちょっと複合的だからね。これ、と感じた札を一枚選んでちょうだい」
「はい……」
真っ赤な指先が札を選ぶ。
彼女が選んだのは韋駄天が描かれた「正義」のカードだった。
「なるほど。正義の正位置……」
ふむと考え込む振りをして、私は目の前の女官を観察する。
瞳がずっと左右に動いており落ち着きがない。しかしその表情にはどことなく品があり、所作も上品だ。私に対しても侮るような態度も無く、丁寧で礼儀をわきまえている。きちんとした家庭でしっかりと育てられたご令嬢というのがよくわかった。
「まずはあなたの上役に相談すべきでしょうね。正義のカードは公平な判断を表しています。信頼できる誰かに相談して、ご両親への返事を考えた方がいいわ」
女官が一瞬だけ目を丸くし、すぐにまた身体を小さくしてしまう。
「でも、そんなことで上の方を困らせるなんて」
「お金にまつわることなのよ? 相談しなくてどうするの。 それに、弟さんの件もきちんと役人に相談すべきだわ」
「え?」
ハッとした顔で女官が顔を上げた。
「この正義の札には法の番人を表す意味があるの。これは、役人を頼れという暗示のような気がするわ。もしかして、ご両親や弟さんはなにかの詐欺に遭ってるんじゃなかしら? 正義のカードは文字通り、正しい人表すの。貴方や貴方のご家族は間違ったことをする人間ではないってことね」
潤んでいた目が大きく見開かれ、キラキラと輝きをおびる。
まあ、実際よくある手口だ。人の良さそうな若者を酒に酔わせて賭博場に招き入れ、最初は儲けさせ、それを使わせる名目で再びおびき寄せ、借金を作らせる。育ちの良い人間ほどひっかかるあくどい詐欺だ。
「なるべく早く動いた方がいいわ。上役に相談して、故郷の官吏を紹介してもらいなさい。せっかく後宮という場所にいるのだから、きちんと周りを頼るべきよ」
今の後宮は、皇帝である雲奎がしっかりした自分と言うことで風紀が大変よろしい。目下のことを気に掛けている上役が沢山居る。相談する相手さえ間違えなければ、きっと手助けをしてくれるだろう。
「恥だの何だの気にしているうちに、一家離散の可能性もあるわ。しっかりなさい」
「あ、ありがとうございます!! あの、これ、御代です」
女官は勢いよく立ち上がると、何かを机の上に置いてさっと駆けていってしまった。
一体何を置いていったのかとのぞき込めば、それは美しい金糸だった。量は少ないが、刺繍に使えばさぞ映える代物だろう。
「これ、もらっていいのかしら」
「いいんじゃないの?」
なんともあっけらかんとした緑汐の返事を信じ、金糸を懐にしまっていると、次の女官が私の前にどかりと腰を下ろした。
それは、なんと以前占った松花だった。
これからしばらくは不定期更新になります




