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側妃付きの女官は案外忙しい。
主である妃が、少しでも穏やかにすごせるように色々と心を砕く必要がある。
特に私は下っ端中の下っ端だから、人一倍働かなければならない。
だというのに。
「……駿仁様はお暇なのでしょうか」
思わず尖った声が出てしまう。
厨房の壁にもたれるようにして私を観察、もとい見ている駿仁様はなにが面白いのか口の端を軽く吊り上げていた。
「別に暇ではないな。休憩がてら桂々殿を見に来たんだ」
「ここに桂々様はいませんよ」
「だから代わりにお前を見に来た」
帰れ。
そう言いたいのをぐっと飲み込みながら、私はもくもくと食器を磨く。
目の前で占いを披露してたことで、私を疑うのを辞めたのだから、もう構ってくることは無いと思っていたのに、駿仁は相変わらず私にかなにかと構ってくる。
用事もないのに、この水紅宮にやってきたり、お使いに出る私に付いてきたりと、大変うっとうしい。
しかも莫将軍ではなく、名前で呼べとまで迫ってきて今では『駿仁様』と呼ばされている始末だ。
「でしたら、そろそろお仕事に戻られたらどうですか?」
将軍という立場はそれなりに忙しいはずなのだ。陛下との親交が深いこともあり、視察や移動時の護衛をしたり、部下を鍛え上げたりと沢山の仕事を抱えてると聞いている。
だというのに暇さえあれば銀朱宮にやってくるのはどういうことなのか。
初めは桂々目当てだとおもっていたのだが、最近では桂々を連れていない私の傍にもこうやっていることが多い。
「大丈夫だ。少し席を外すと言ってきた」
(私は! 大丈夫じゃ! ない!)
別に駿仁のことが嫌いなわけではない。この先、彼には生きていてもらわなければ困る。
が、かといって仲良くなりたいわけではない。あまり深く関わって、面倒くさいことになるのは避けたいのだ。
(私がこの後宮に来たのは、私や空々が死なないためよ。それ以上の厄介事はごめんわ)
下手に将軍と仲良くなれば、周りからはやっかみを受けるし、あらぬ噂を立てられ後宮を追い出されるような事態に陥ってしまうかもしれない。
どうにかして帰ってもらわないと、と考えていると厨房に緑汐が息を切らせて駆け込んできた。
「小怜、大変! 今すぐ来てちょうだい!?」
普段は冷静な緑汐が髪を乱している。上下する肩の具合から、かなり急いで来たのが伝わってくる。
「どうしたの?」
「何があった?」
「えっ!? 莫将軍!」
まさか駿仁がいるとは思っていなかったのだろう。緑汐はぎょっと目を剥く。
憧れの将軍が目の前に来たことで、ほんのりと頬を赤く染めたが緑汐は、ぱたぱたと服や髪の乱れを直し、しずしずと会釈をした。
「ご挨拶申し上げます」
「挨拶はいい。何か問題が?」
「それが……」
駿仁の問いかけに、緑汐は視線を彷徨わせ何かを訴えるように見つめてきた。
どうやら駿仁には聞かれたくない話のようだ。
「……駿仁様、少し席を外していただきますか」
「何故だ。妃の宮で起きた問題ならば、俺も話を聞く資格があるだろう」
言葉は硬いが、その瞳はやけに輝いている。
(コイツ、また私の占いをみたいと思っているわね)
あの日、目の前で麗妃の髪飾りを探し当てた光景を見て依頼、駿仁は何かと私に占いをさせようと試みてくるようになった。
なにが気に入ったのか、占いについてあれこれ聞いてくるだけではなく、わざわざ銀朱宮の女官たちに困りごとはないかと聞いて、私に占わせようとする始末だ。
(本当に困るわ)
別に占いをするのは問題ない。前世のころも、占い稼業は嫌いではなかった。
だが、今の私の目的は、占い師として有名になることではなく、この国の運命を変えること。大義があるわけでも正義感からでもない。ただ、私や私が関わる人たちに平穏な人生を歩んで欲しいだけだ。
(今出しゃばりすぎると、瑠妃に目を付けられる可能性があるから嫌なのよね)
私が麗妃の女官になって以後、瑠妃から目立った嫌がらせは起きていない。不気味なくらいに静かだ。
(桂々の件も麗妃が関わっていると思った方がよさそうよね)
今回は無事だったが、また同じようなことが起きるとも限らない。しばらくは麗妃の傍でその命を守っていくべきだろう。
「駿仁様。お気持ちは分りますがご遠慮ください」
「何故だ」
むっとした顔をする駿仁に、私は溜息をつきたくなる。
瞬時は皇帝直々に後宮の風紀を改めるようにという命を受けている。
だが、だからといってどんな問題にも首を突っ込んで言いいいわけではない。
「駄目です。あなたが特定の妃や女官に肩入れすれば後宮が乱れることくらいわからないのですか。大人しくしていてください」
「ぐっ……」
「何か困ったことがあれば相談します。お引き取りを。緑汐、行きましょう」
「え、ええ」
いいのかしらという顔をしている緑汐の腕を引き、私は駿仁を置き去りにして厨房を後にしたのだった。




