19
「それで、麗妃様が失くした髪飾りとはどのようなものだったのです?」
案内された宮の最奥にある部屋で、服や装飾品をしまっておくための場所だという。
麗妃は壁際にある椅子に腰掛け、部屋の中をぐるりと見回しながら、記憶の中にある簪を思い浮かべているようだった。
「陛下からもらった梅花の髪飾りよ。可愛らしくて気に入っていたの。大きさはこれくらいね」
麗妃は両手の人差し指と親指で四角を作って見せてくれる。
(さほど大きなものではないわね)
「最後に見たのは?」
「秋の終わりに装飾品を片付けたときには間違いなくあったわ」
「この宮から持ち出された可能性は?」
「ないとは言い切れないけれど、この部屋まで入ってこられる人間は少ないわ。私と、この宮で働く女官。男性は陛下くらいものね」
「莫将軍はここへ来たことは?」
「ないな」
話を聞きながら、私は神札を混ぜる。
それを興味深そうに駿仁がのぞき込んできた。
「そんな紙切れでなにがわかるんだ」
「神札でございます。私に啓示を与えてくれる大切な道具です。静かにしてください。集中が切れます」
「ぐ……」
口を引き結び、駿仁が静かに一歩うしろに下がった。
神札をめくる振りをしながら、部屋の中を見回すと、一人の女官がもじもじと居心地悪そうに身体を揺らしている姿が目にとまる。確か、碧似と言っただろうか。麗妃がこの銀朱宮に入った頃から仕える古参の女官だ。
碧似の揺れはほんの僅かな動きだが、明らかな動揺が滲んでいた。
その視線は、壁際に置かれた大きな箪笥の下に注がれている。箪笥の下には僅かな隙間が空いており、その奥はよく見えない。
(なるほど)
「それでは札の暗示を……」
札を机に並べるふりをして、一枚をわざと指先はじく。
毎日女官たちが磨き上げているおかげで滑りが良く、札はするりと私のもくろみ通り箪笥の前に落ちた。
「ああ、札が!」
「にゃあ!」
「桂々!」
ひらりと待った札が蝶にでも見えたのか、桂々が麗妃の膝から飛び降り札に飛びついた。
しかし勢い余って札は箪笥の下に滑り込んでしまう。
「あらあら大変。莫将軍、大変申し訳ありませんが箪笥を少し動かしてくれませんか? あの札はとっても大切なものなので」
声をかければ、駿仁は嫌そうに顔をしかめつつも大人しく箪笥に手をかける。
その瞬間、碧似がヒッと息を呑む音が聞こえた。
(やっぱり)
駿仁はさすが軍人だけあって、箪笥を軽々と持ち上げた。
「ちょっと失礼しますね。絶対落さないでくださいよ」
「わかっている」
床に寝そべり、箪笥の下に手を伸ばす。桂々が自分もという様子で箪笥の下に入り込もうとするのを片手で抱きかかえながら、床を探ればすぐに札が見つかる。その奥に更に手を伸ばせば、ひんやりとした金属の感触が指先に触れた。
「あった」
「は!?」
「ちょっと、落さないでくださいよ」
動揺した声を上げる駿仁に釘を刺しながら腕を引き出せば、私が掴んだのは間違いなく簪だった。可愛らしい梅花の飾りが付いている。金属に赤瑪瑙をはめ込んで花を模しているそれは、繊細で美しい造りをしていた。
「なっ、なんで……!?」
箪笥を元の位置に戻した駿仁が信じられないと目を丸くしている。
「札のお告げですね。私にこの場所を教えくれたんです」
「そんなばかな」
「言ったでしょう、私の札はとても有能なのです」
これが占いかと言えば違うが、札で解決したのだから似たようなものだと思ってもらおう。
「麗妃様、この簪でお間違いないですか?」
「え、ええ……」
麗妃もまた目を丸くして頷いた。簪を受け取り、しげしげとをそれを眺めている。
「あら……これ、欠けてるわ」
赤瑪瑙でできた花の一つが、半分ほどに掛けていた。小さな欠けだが、元の造りが繊細なだけにどうしても目立ってしまう。
「床に落ちて割れてしまったのかも知れませんね」
「でも、なんであんなところに……」
麗妃の視線が箪笥の下に注がれる。
「……おそらくは桂々様かと」
「え?」
腕に抱いていた桂々を床に降ろすと、不満そうに大きく尻尾を揺らした。
「先ほど私が札を落したとき、桂々様はそれに飛びついていましたよね。たぶん、なにかのはずみで床に落ちた簪を桂々様が獲物と間違えて追いかけたのでしょう。そして札の時と同じように箪笥の下に押し込んでしまった」
あまりにも単純な真相だ。
「でも、何故床に……」
「も、申し訳ありません!!」
それまで黙っていた碧似が、勢いよく床に膝を付いた。そして、その額を床にたたきつけるようにして頭を下げた。
「私が、うっかり簪を床に落してしまったんです。そしたら桂々様が……申し訳ありません……」
ぶるぶると震える碧似は、自分の懐から白い手巾を取り出した。その中には、小さな赤瑪瑙の欠片が収まっている。
「どう頑張っても箪笥は動かなかったんです。欠片も落ちていて、本当のことを言い出せませんでした」
「碧似……」
「もうしわけありません。陛下からいただいた品を壊すなど。この命変えてお詫びいたします」
碧似は勢いよく床に頭を打ち付けはじめる。硬い石床で皮膚が破れ、赤い血が床を汚した。
「わあ!」
私は慌てて碧似の肩を抱き、その身体を引き起こす。
「離して! 離してよ!」
「駄目ですって! 命は大切にしないと!」
自分の占いで誰かが傷つくなど見たくはない。とはいえ、暴れる女性を押さえ付けるのは中々に難しい。
「碧似、おやめなさい」
「麗妃様……」
壊れてしまった簪を痛ましげに撫でながら、麗妃が碧似に声をかけた。
「物はいつか壊れる物です。貴方の命で償って欲しいなど、私は思っておりません」
「でも、陛下に申し訳が……」
額から血を、両目からは涙を流している碧似は麗妃の言葉に子どものように首を振る。
「陛下は髪飾り一つで女官を処分するような狭量な御方ではないわ。ね、莫将軍」
「ん? ああ、そうだな」
「それに、陛下はこの簪がなくなったことは知らないわ。桂々がじゃれて壊したと言えば、きっとそれ以上お咎めになる事は無いはずよ」
「え……」
碧似が涙を止め、麗妃を見つめた。
「小怜。見事な占いだったわ。あなたは、桂々が無くしてしまった簪を見事に見つけてくれた」
にこりと麗妃が微笑んだ。その美しさに、女の私でさえ少し胸が高鳴ってしまった。
「莫将軍。これで小怜への疑いは晴れたでしょうか? 簪が無くなったのは小怜がこの宮に来る前。碧似と共謀などできはしません」
「そ、そうだな……」
冷静な麗妃の言葉に、駿仁が頷く。私を見てくる瞳には、先ほどまでとは違う光りが宿っていた。
「お前。本当に占い師だったんだな」
感心しきった声に、ふふんどうだと胸を反らしたくなるが、努めて冷静な表情を浮かべ目を細めてみせる。
「莫将軍。私には小怜という名がございます。お前と呼ぶのはおやめください」
「ああ、そうだな」
何かを噛みしめるように頷く駿仁から視線を外し、私は麗妃の前に膝を付く。
「麗妃様。本当のことを言わず申し訳ありませんでした。どうか私をお側においてください。きっと今以上にお役に立ってみせます」
下手に取り繕うよりも、麗妃には素直になって置いた方がいい気がした。
美しい笑みを浮かべたままの麗妃は、簪を大切そうに机に置くと静かに立ち上がった。
「ええいいわ。小怜、あなたは私が想像していたよりもずいぶん面白い子だったのね。占いの出来る女官なんて、驚きだわ」
少女のように弾む声を上げながら、麗妃が私の手を握ってきた。
「これからもよろしくね」
「もちろんでございます」
(本当はもっとゆっくり私の占いを信じさせるつもりだったんだけどな)
当初の計画とは順番は変わってしまったが、麗妃の信頼を得ることはできたらしい。
「本当に凄いな……」
ぽつりと呟いてくる駿仁の様子からして、どうやら彼の信用まで得てしまったようだ。
(ま、結果オーライでしょ)
足元でのんきにあくびをしている桂々を視線を向け、私は小さく肩をすくめたのだった。




