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華栖国の占い女官~前世はいかさま占い師~  作者: マチバリ


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2/20

02

 

 前世の私は、とある大きな繁華街の片隅で辻占いをする占い師だった。

 手相に姓名判断、星占いにタロッカード。おおよそ、人が「占い」と聞いて想像する手法は大体嗜んでいたと思う。それなりに有名で、生活には困らない程度の稼ぎもあった。雑誌に『巷で話題! ○○の母!』と特集を組んでもらったこともある。一般のお客さん以外にも、会社の社長や芸能人の顧客もいた。むしろわたしはそういった人たちに好まれる占い師だった。


 不思議なことに、人間というのは地位や名誉が高くなるほど占いに傾倒する傾向がある。自分の人生を心置きなく相談できる信頼できる相手が、周りにいなくなってしまうからだ。騙されるのではないか、裏切られるのではないか、という疑心暗鬼に囚われてしまったり、立場や面目が邪魔して人に素直に頼ることができなくなってしまうのだろう。

 その点、占いというのは何もかもが曖昧だ。相談内容もふわっとした言葉でもいいし、告げられる結果も解釈は自分自身ですればいい。当たるも八卦当たらぬも八卦。おみくじのような運試し感覚で楽しむことができる。


「先生の占いはまるで心を見透かしたように当たる。素晴らしい」


 だが、一度私の占いを経験した客たちは口々にそういって顧客になってくれた。不安や悩みを言い当て、適切なアドバイスをくれる、と。

 当たり前だ。だって私は占いなんてできないのだから。

 母親は男と駆け落ち、父親は借金取りに追われて蒸発。年の離れた兄は問題を起こして塀の中。物心ついたときには私はたった一人だった。施設や親戚をたらいまわしされつづけ、あらゆる大人の顔色を窺って生きた幼少期。耳を澄まし目をこらし、気配を消して彼らが何を望み何を言って欲しいのかを察し続けた。たぶん、私の基礎はそこで形作られた。

 表情や動きは言葉よりも雄弁だ。何を考え、何を望み、何を嫌うのか。よく観察していれば、その人が欲しい言葉がすぐにわかる。


 はじめて自分の才能に気が付いたのは学生時代。学歴は欲しいがお金はかけたくない一心で、机にかじり付いて奨学金のでる進学校に入学した私は、小遣い稼ぎにはじめた宿題の代行業をしていた。

 ある放課後、上客の女生徒が雑誌の付録についていたペラペラのタロットカードを代金のオマケだとくれたのだ。


「そうだ、なにか占ってみてよ。私の恋愛運とか」


 そんな冗談交じりなお願いに答え、私はカードを使って占いを披露した。


「今の恋愛は尽くすばかりで心が疲れているのでは? 現在の位置に裏切りの予感を意味するカードが出ています。ですが未来の位置にあるカードに新たな出会いの暗示が。身近な男性に目を向けてみると幸せが訪れるかも知れません」


 すると女生徒はギョと目を丸くした。怒るでもなく、反論するでもなく、彼女はしばらく黙り込んだあと「あっそ」と素っ気ない返事をして帰って行ってしまったのだ。

 その数日後。


「アンタの占い当たるじゃん。彼氏と別れたんだ。あいつ、めちゃくちゃ偉そうだったし、アタシ以外にも遊んでるがいたの。で、あれが新しい彼氏」


 言葉尻にはハートマークが付いて見えた。彼女が指さすのは、クラスメイトの男子生徒だった。運動部に所属しており、さわやかで真面目な人物だったと記憶している。


「ありがとね」


 幸せそうに笑う彼女を見送りながら、私は「あんなことでいいのか」と拍子抜けしてしまった。

 私は知っていた。あの女生徒が付き合っている上級生の彼氏に不満があったことを。その彼氏が浮気していることも。クラスメイトの男子生徒が、彼女に熱い視線を送っていることも。彼女が、それらすべてに気が付いていながら迷っていることも。


 私は占いなどしていない。ただ、彼女の選択を少し手助けしただけだ。


 それ以来、私は宿題代行に加え占い師のアルバイトもはじめた。そのうちだんだんと占いがメインになり、注意してきた教師が顧客になったこともある。

 社会に出た私は小さな会社で事務員をしながら、夜は占いのまねごとを続けていた。占い師には明確な資格は必要なく、場所代さえきっちり払えば案外どこでも商売ができるのだ。まあ、危ない目に遭い掛けたこともあったが、だいたいそれも人物観察という名の占いで乗り切ってきた。


 そして『師匠』に出会った。ふらりとやってきて私の前に座った師匠は、占いの結果を聞きながら私がインチキ占い師だと一発で見抜いた。師匠は私よりも一枚も二枚も上手の詐欺師で、いくらかの相談料とひきかえに、この世界で生きていくための沢山のアドバイスをくれた。いわゆるホンモノの占い師にも引き合わせてくれて、彼らが持つ独特の雰囲気や言葉選びも学ばせてくれた。

 おかげで私は占い一本で独立することができるようになったのだ。


 人から恨みを買うような仕事だけはするなという師匠の教えを守っていたこともあり、周りとも順調――だったはずなのに。


「なんでだよ。なんで同じ親から産まれたお前だけそんなんだ!」


 いつもの定位置で仕事を始めようとした私に声を掛けてきたのは、実の兄だった。風の噂でずいぶん危ない連中と一緒に居るときいたことはあった。だが、向こうが会いに来ないのなら自分には関係ないと探すこともしなかった。


 兄は絵に描いたように落ちぶれていた。薬物でボロボロになった身体、生気の無い瞳。どこからか私の噂を聞きつけ金の無心に来たらしい。あいにく、その時は本当に手持ちがなかったのだ。

 仕事終わったら話そう。そう、冷静に声をかけたのに、兄には聞く耳がなかったらしい。


「許さないからな!」


 そう叫んだ兄は、私の身体を突き飛ばした。

 不運にも私は道路を背中に立っていた。時は夕暮れ。帰宅や帰社を急ぐ車で溢れる道路に押し出された私は、猛スピードで突っ込んできた車に跳ね飛ばされた――


(でもまさか、違う世界に転生するなんてね)


 前世の記憶を思い出したのは八つか九つの頃だったろうか。

 洗濯に失敗し服を汚した罰だと、私は正妻により真冬だというのに倉庫に閉じ込められたのだ。流石にやりすぎだととりなしてくれた使用人もいたが、正妻はそれを無視して「旦那様には絶対に言うな」と使用人たちに言い含めいたのを覚えてる。

 暖を取ろうにも、倉庫の中にあるのは燭台に置かれた今にも燃え尽きそうなろうそくだけ。凍死寸前、意識がもうろうとしてきたところで、突然前世の記憶を取り戻した。

 もしかしたら、本来の怜々はその時に死んでしまったのかもしれない。

 前世の記憶と今世の記憶が入り交じって混乱する中、強くおもったのは「死にたくない」という強い気持ち。


「どうにかして外に出ないと!」


 いくら記憶がもどっても身体は子ども。倉庫の扉を壊すことはできなかった。何か生き残る方法はないかと考えた私は、倉庫に何が置かれているのかを調べたのだ。

 倉庫には春に売り出す予定だった絹糸が積み上げられていた。もしこれに何かあれば大損害まちがいなし。絹糸で暖を取ることも考えたが、絹糸を汚したと分れば鹿角に殺されるだろう。だから私はろうそくを使って壁に火を付け、大声で「火事だ」と叫んでやったのだ。

 慌てて駆けつけてきた大人たちにより鎮火。どさくさに紛れて外に出ていた私は、火事を見つけた功労者という評価を得た。

 真相を知ってるであろう正妻は私をすごい顔で睨み付けていたが、子どもを倉庫に閉じ込めたとは言い出せなかったのだろう。結果として、正妻から嫌がらせは激化した。

 しかし私の中身は大人。少々のことでは困らないし、占い師をやっていた経験から人を言いくるめるのは得意。かといって目立ちたいわけではない。

 今度の人生では、平凡に静かに生きたい。だから極力目立たぬように生きていた。


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