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ざっくばらんに問いかければ、駿仁がぐっと言葉に詰まり、それから目をそらした。
「……桂々殿がこの銀朱宮に来て間もないころ……誤って尾を踏んだことがある」
ひゅう、とその場に冷たい風が吹きすさんだような気がした。
「それは……」
「あまり小さくて見えなかったんだ。それ以来、桂々殿は俺に近づいてこない」
ご愁傷様としか言いようがない。猫は執念深い。一度でも酷い目に遭わせてきた人間には決して懐かないというし、桂々がいまだに警戒するのはしょうがないことなのかもしれない。でも。
(ちょっとかわいそうかも)
駿仁が桂々を見る目には愛情がこもっている。麗妃や私が撫でているのを見て、一緒に手が動いていることもあるくらいだ。
(うーん)
腕の中の桂々をちらりとみれば、顔を背けつつも駿仁に耳を向けている。
「……桂々様との仲直りを手伝いましょうか」
「は……?」
私の言葉に、駿仁が目を丸くする。
「本当か……っと、どういうつもりだ!」
一瞬だけ喜色を孕んだ顔が、すぐに引き締められる。自制心が強いなぁと感心しながら、私は駿仁に笑みを向けた。
「もちろん条件があります。いい加減、私を疑うのはやめてください。それをお約束してくださるなら、莫将軍と桂々様が仲良くなるのをお手伝いいたします」
「なっ……! お前のようなものを信じろというのか」
「むしろ、何故そこまで疑われるのかがわかりません。たしかに色々と納得いかないことはあるかと思いますが、私は無罪だと言うことはすでに証明されているでしょう?」
そうなのだ。あの騒動のあと、どうして桂々があの場にいたのかという調査はきちんとされている。犯人こそ分っていないが、誰かが木天蓼の木で桂々を高座からおびき寄せ、松の枝に追い立てたの間違いない。だが、桂々が高座から逃げた時、私は緑汐と一緒いたのだ。どう頑張っても犯行は不可能。
「仲間がいた可能性もある」
「異国から一人出稼ぎに来ている私が一体誰と共謀するのです? その点についても、すでに解決済みと思いますが」
「だとしても、お前の行動はやはり不可解だ。怪しむなという方が無理がある」
しつこい。思わず口から出かかった言葉を再びぐっと呑み込む。
「それに、お前は明らかになにか隠しごとをしているだろう。それが分らぬ以上、お前を信用するわけにはいかない」
先ほどまでの情けない表情が嘘のように鋭い視線を向けられ、溜息をつきたくなる。
ある意味では本当に正しいのがしゃくに障るところだ。
このまま知らぬ存ぜぬを貫いてもよいのだが、そうするとこの先、駿仁を助けることができなくなってしまう。
さてどうしようかと考えていると、腕の中の桂々がにゃあと甘えた声をだしてするりと地面に飛び降りた。
「麗妃様」
尻尾を垂直に立てた桂々が駆け寄ったのは麗妃だ。緑汐や他の女官たちもいる。
「話し声がすると思って見に来てみたら……莫将軍。あなた、まだ小怜を疑っているの?」
どこか呆れた様子の麗妃にじとりとした視線を向けられ、駿仁が「う」と気まずそうに唸る。
「小怜については陛下が問題ないとおっしゃっているのよ。私も小怜のことは気に入っているの。あまり虐めないであげて」
「しかし、やはり疑わしいことがあるのも事実です。後宮の風紀を保つためにも、厳しくしなければなりません」
ここまでくると、怒るより呆れが先立ってきてしまう。
きっと駿仁は納得する答えがみつかるまではつきまとってくる気だろう。
「……わかりました」
手の内を晒すのはもっと先にしたかったが仕方がない。
「なにが分ったというのだ」
「私が何故あの場所にいたか、お話しします」
「!」
駿仁の目の色が変わる。
麗妃たちもおや、と驚いた顔を私に向けた。
「実は私、占い師なんです」
「……は?」
「あの宴の日、麗妃さまの身の回りで良くないことが起きるという暗示が出ました。高座から姿を消した瞬間、もしやとおもってお姿を探したのです」
ぽかんと目を丸くしていた駿仁の顔色が、じわりと赤くなりそれから黒くなる。
「謀るのもいい加減にしろ。ただでさえ怪しいのに、占いだと? 本気で切り捨てられたいのか」
まあ当然の反応だろう。駿仁のような真面目な人間は、占いなどという不確かなものに傾倒しにくい。
「お気持ちは分ります。信じて頂けないかもしれませんが、これは事実です」
「貴様……」
眉を吊り上げた駿仁が、腰の剣に手を伸ばす。
きゃあと女官たちが悲鳴を上げた。
「お、おやめください!! 小怜が占い師なのは本当です!!」
「緑汐!」
私と駿仁の間に、緑汐が割って入ってきた。華奢な腕が私をぎゅっと抱きしめる。
「どうか、厨房にお確かめください。これまでに小怜が占った女官が沢山おります」
「なっ、何を急に」
「危ないわ緑汐。大丈夫だから離れて」
緑汐をなだめながら駿仁に視線を向ければ、困惑しきった表情が目に入る。
まさか他の女官が割って入るとは思っていなかったのだろう。
なんとも微妙な空気があたりを包む。
「小怜、緑汐。控えなさい。そこにいるのは、陛下の剣たる莫将軍ですよ。いくら私の女官とはいえば、無礼な態度は許せません」
凜とした声がその空気を揺らした。
いつの間にか桂々を腕に抱いた麗妃が、私たちをじっと見ている。
「莫将軍も、私の宮で剣を抜くような野蛮な真似はおやめください」
「あ、ああ……」
「ここではなんです。中でじっくり話をしましょう。ね?」
有無を言わさぬ迫力のある麗妃の笑みに、私たちはこくこくと頷いたのだった。




