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秋の入りだというのに妙に風が冷たく、火鉢の側を離れるとすぐに身体が震えてしまうほど気温が低い。空は薄い雲が広がっており、日差しがささないのが原因だろう。
(何もこんな日に急に寒くならないでもいいのに)
ようやく迎えた秋の宴会は、皇城の園庭で開かれていた。
巨大な池を見渡せる広場には沢山の料理が載った机がいくつも並べられている。
主役である皇帝は、この日のために作られた屋根付きの高座に座っている。
その左右には、それぞれ毛色の違う美女が座っていた。
私は下っ端厨房女官としてせっせと料理を運びながら、こっそりとその姿を観察していた。
(あれが雲奎ね。漫画と違ってかなり健康そう)
皇帝である雲奎は、少し神経質そうであるが整った顔立ちをしている。為政者らしい威厳と自信に満ちた風格があり、特段問題があるような人物にはみえない。
私が知る華栖伝での雲奎は、酒と女と薬に溺れた男だった。肉は削げ目は落ちくぼんでおり、いつもなにかに怯えていた。
(あと数年であんな有様になるなんて信じられないわよね)
人生の無常観を噛みしめながら、左右に座る側妃たちにも目を向ける。
右に座るのは、艶やかで肉感的な美女だ。ふっくらとした唇に真っ赤な紅をひいている。さきほどからしきりに雲奎に話かけ、関心を買おうとしているのがわかる。
(漫画より幾分若いけど瑠妃で間違いないわね)
自分がこの世で一番美しく価値ある存在だと信じて疑っていない姿は、漫画とほぼ一緒。どんな方法を使ったらその美貌を維持できるのか、少し聞いてみたいくらいだ。
(と、いうことはあっちが麗妃ね)
雲奎の右に慎ましく座るのは、瑠妃とは真逆の美女だった。風が吹いたら消えてしまいそうなほどに線が細く、僅かに垂れた眦と肉付きの薄い唇は庇護欲をそそる愛らしさがある。かといって決して卑屈な雰囲気はない。春の初めに一輪だけ咲いた桜のような、楚々とした美しさだ。
瑠妃とは違い、余計な口は開かず、静かに周囲を見つめてる。時折、近くの女官に声をかけ、宴会が滞りなく進んでいるかを確認しているそぶりさえある。
(ここまで正反対だと逆に笑えてくるわね)
女性としてのタイプ以外は格差なくどちらも美しい装いをしている。真逆のタイプの女性をはべらすのが男の夢を体現している光景に少しだけ笑えてくるくらいだ。
観察を続けていれば、瑠妃がなにやら麗妃に話しかけているのが見えた。声をかけられた麗妃は、何やら困ったように首傾げ、申し訳なさそうに首を振る。すると瑠妃はあからさまに呆れたような表情を浮かべ、意地悪く口の端を吊り上げている。
(さしずめ、麗妃が知らないような質問をして困らせ、答えられないことを馬鹿にしたってところね)
働きながら集めた情報に寄れば、麗妃の生家である景家はとりたてて悪い噂もなければ功績もない中級の家だ。にもかかわらず、麗妃が側妃になったのは、雲奎の強い要望からだという。
まだ皇太子だった雲奎が、視察に訪れた先で偶然見かけた麗妃に一目惚れしたのがはじまりだ。
そして、周囲に相談せず、ほぼ強引に入宮を決めてしまった。
当時、麗妃は幼馴染みの男性と婚約寸前だったというから焦ったのだろう。
それに怒ったのが、瑠妃の生家である菅家だ。
菅家は古くから皇族に近い名家で、いずれは自分の娘を皇妃にとずっと考えており、最初に迎える妃は絶対に瑠妃であるべきと主張した。
結果として、瑠妃と麗妃はほぼ同日に側妃になるという奇妙な構図ができてしまったのだ。
本来ならば家の位がうえである瑠妃が先に入宮し、その後に麗妃が迎えられていれば、色々と治りがよかったのだろう。だが、我慢の出来なかった雲奎のせいで二人は後宮ではほぼ同格として扱われることになってしまう。
そのうえ、麗妃は雲奎が自ら望んだ妃。寵愛が深くなるのは当然。聞き及ぶ限り、月の半分以上は銀朱宮に足繁く通い詰め、少しでも麗妃の歓心を買おうといろいろな贈り物をしているらしい。
気位の高い瑠妃が、そんな麗妃を敵対視するのは当然の流れだろう。
(可愛そうに。強引に後宮に入れられ、虐められてって)
美人は得だとよく言うが、それ以上に苦労が多そうだと勝手に同情してしまう。
「ようやく落ち着いたわね」
宴もたけなわ。料理も運び終え、今は技女たちの演目が披露されていることもあり厨房女官の役目は粗方終わりを迎えていた。
あとは全てが終わった後にあの大量の食器を片付ける仕事が待っているだけだ。
「おつかれさま、小怜」
「緑汐も」
今日のために緑汐が選んだ髪飾りは紅葉を模した可愛らしいものだ。
動く度にしゃらしゃらと揺れて、大変、愛らしい。
緑汐以外の女官もみないつもより華やかな装いをしている。何故ならこの宴には未婚の武官や官吏が多く参加している。普段、結婚相手にはならない宦官ばかりにしか縁がない女官にしてみれば、あわよくばよい相手に巡り会える機会でもあるのだ。
「小怜が選んでくれたこの髪飾り、とっても評判がいいわ。占ってもらって正解だった」
「それはよかった」
「官吏に声をかけられた女官もいるそうよ。あなた、縁結びをはじめたらどう?」
「あはは」
笑って誤魔化しながら、私は浮き足立っている女官たちに視線を向ける。
建前上、占いで選んだことになっているが、実際は彼女たちの顔立ちや体型などに合わせて一番似合う簪を選んだまでだ。ついでに髪型や服装についても軽くアドバイスしておいたので、男たちの目にはとても華やかに映るのだろう。
占いが出来ることが分って以来、私の元には女官たちから大小様々な相談事が持ち込まれるようになった。その殆どはたわいもない内容なので、占いをする振りをしつつ、彼女たちに助言を与え解決に導いてきた。
おかげでじわじわと評判が広がりつつある。
「小怜も少しは着飾ればいいのに」
「私はいいの」
華やかな女官たちに比べ、今日の私は普段とほぼ変わらない装いだ。
別に着飾って誰かの目にとまりたいなどとは思わないし、むしろ、今日は観察のためにも目立たずに周囲に埋没していた方が都合がいい。
(そういえば肝心の莫将軍はどこかしら)
宴の席にはたくさんの武人や官吏が集まっているが、目を惹くほどの美丈夫はいない。女官たちの態度からも、誰かに興味を惹かれているそぶりは感じられない。
「ねえ、緑汐。莫将軍はいないの?」
「そうなのお姿が見えないのよね……残念だわ」
緑汐はしょんぼりと眉を下げる。どうやら莫将軍は宴会には参加していないようだ。
顔を見れるかと思ったのに残念だと思いながら、ふたたび高座に目を向ければ、麗妃の膝に大きな猫が乗っているのが見えた。
「猫がいる」
「猫? ああ、桂々様ね」
「桂々様?」
猫に様付!? と目を丸くすれば緑汐がそんなことも知らないのかと咎めるように目を細めた。
「麗妃様の愛猫よ。陛下がわざわざ異国から取り寄せた珍しい猫なんですって」
「へぇ」
高貴な人間が飼えば、猫すら敬称を付けられるのかと妙なところで感心していると、その桂々がするりと麗妃の膝から逃げ出してしまった。どこの世界でも猫が気まぐれなのは同じのようだ。
(今日は麗妃に近づくのは無理そうね……ん?)
高座から視線を逸らそうとしたその時、麗妃が不意に立ち上がったのが見えた。女官を伴い高座から降りていく。
(どこに行くのかしら)
なぜだか妙に胸騒ぎがした。
「緑汐。ちょっと抜けていい?」
「えっ!? ちょ、小怜!?」




