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しばらくすると、お茶会の片付けを終えた女官たちが茶器などの道具とともに帰ってきた。その表情には特に緊張も無く、困ったことが起きた様子は感じられない。
弓林が茶器を受け取りながら探りを入れる。
「瑠妃様はお菓子をお気に召してくれましたか?」
すると女官は、満足げに頷く。
「ええ。たいそうお気に召してました。これからも作って欲しいとおっしゃってましたよ」
「麗妃様はどうでしたか?」
すると女官は含みを感じる笑みを浮かべ、さぁ、とわざとらしく肩をすくめた。
「青圭宮にいらっしゃる間はご機嫌でしたわ」
(あ、こいつ知ってるな)
私はすぐにピンときた。
この女官は、おそらく麗妃の体質を知っているのだろう。銀朱宮に戻ったあと、麗妃が苦しむ姿を想像して喜んでいるにちがいない。なんとも下劣な話だ。
見た目は美しく化粧を施しているのに、その腹の中は真っ黒。
拓師の言っていたように、後宮というのはずいぶんと恐ろしい場所のようだ。
緑汐たちも女官の態度から、その真意をくみ取っているだろうに表情一つすら変えない。そうしなければ入らぬ争いを生むと長い経験で学んでいるのだろう。
「あなたたちの働きは、瑠妃様にしかと伝えておきますわね」
「ありがとうございます」
女官が厨房を出て行くと、ようやく全員が詰めていた息を吐き出した。
「いや~助かったよ。小怜、あんたやるじゃないか」
「いえいえ。大したことはしてません」
謙虚な態度で頭を下げれば、弓林が満足げに頷く。
「これからも何かあったら相談させておくれ。瑠妃様の無茶振りにはいつも困ってたんだ」
「これまでにもこんなことがあったんですか?」
「ああ、たびたびね」
疲れた顔で弓林は肩をすくめた。緑汐や他の女官たちもだ。
「瑠妃様は、麗妃様のことが本当にお気に召さないらしくて、これまでにも麗妃様が苦手だったり嫌いな食材を宴のメインにするように指示してきたりしていたの。食材についてもかなり口うるさく言ってきて」
瑠妃というのは本当に怖い女性のようだ。
(もしかして、麗妃が早逝したのって瑠妃が関わっているとか?)
今回の胡麻アレルギーだって、大量に摂取すれば命に関わる案件。直接手を下してはいなくとも、間接的に関わっている可能性はある。
これは思っていたより大変かもしれないと私が項垂れていると、緑汐がぽんと肩を叩いてきた。
「でも本当に凄いわ。小怜はもの覚えもいいし。織物工房にいたと言うけど、料理はそこで?」
「工房では接客を学んだだけです。実家が商家を営んでいたので、いろいろな情報が入ってくるんですよ」
「へぇ。すごいわねぇ」
「他にはなにか得意な事があるの?」
これまでは只の新米でしかなかった私が、思わぬ知識を持っていたことで女官たちの興味が一気にこちらに向いたのがわかる。
(そろそろ下地を作っておくべきタイミングよね)
私はにこりと笑みを浮かべる。
「はい。実は占い師をしておりました」
「占い?」
緑汐をはじめとした女官たちの目の色が変わる。
古今東西。どの世界でも女性は占いというものを好むのは変わらない。
「ええ。実家に出入りをしていた占い師に才能があると見込まれて、一時期弟子入りしておりました」
真っ赤な嘘だがもっともらしい理由を付けた方が、食い付きがいいのも事実。
先ほどの騒動で今の私に対する好感は高くなっている。占いの話も、自分から言い出したのではなく、緑汐が上手い具合に話を振ってくれたので不自然ではない流れで引き込むことができた。
瑠妃の無理難題を達成した高揚感と、一緒にやり遂げたという仲間意識も相まって、みんなずいぶんと心が無防備になっている。
「どんな占いが得意なの」
「色々学びましたが、一番得意なのはこれです。師匠直伝の神札占いです。易占のようなもので、出た札で運勢を占うのです」
「面白いわね! ちょっとやってみせてよ」
「ええ、喜んで」
女官たちと連れ立ち、厨房の外にある東屋に移動した。
石でできた机の上に黒い布を広げ、その中央に神札を置く。
「どなたから占いますか?」
さて、と女官たちを見渡せば真っ先に一人の女官が手を上げた。
「私にして!」
それは厨房に勤める女官仲間の一人で、名前は松花と言った筈だ。年は私と変わらないが、緑汐とおなじく後宮勤めは三年目だと記憶している。
「あ、松花ったらずるいわ」
「早い者勝ちよ。お願い、小怜。いいでしょ?」
「もちろん。じゃあ、そちらに座って」
机を挟んで松花と向かい合うように椅子に座る。神妙な顔で神札を眺める松花の顔は、なにかに悩んでいると言うよりは新しい玩具に興味津々な仔猫のようだ。
「占いの内容は何でもいいのよね? じゃあ、私のことを占って」
「松花のことをですか?」
「ええそうよ。私がどんな人間で、何に困ってるか当ててみてよ」
自分の胸に手を当てて、どこか挑むような表情をしている松花からはどうも私を困らせてやろうという気配が感じられた。
(そういえば、けっこう気が強いって緑汐が言ってたっけ)
緑汐は同期ということもあり松花とはそれなりに交流があるそうだが、なにかと上から目線で指示してくるところが苦手だと零していたのを思い出す。
「占いが得意なんでしょう? それくらい分るわよね」
今回の騒動で目立った私を今のうちにやり込めて、自分の方が上なのだ思い知らせたいのかもしれない。
良くも悪くも後宮ではある程度のしたたかさがなければやっていけない。松花はそういうタイプなのだろう。
(ま~前世でもよくいたわよね、こんなお客さん)
冷やかしや占いに興味が無い人間にとにかく多い。占いなんてでたらめだ、嘘つきをやり込めたいという欲求を隠す気が無い。大変わかりやすい、カモだ。
「承知しました。では、松花さん。この神札を持って好きなようにまぜてみてください。あ、くれぐれも札を折ったり曲げたりはしないで下さしね」
「わかったわ」
松花は神札を手に取り、おっかなびっくりというような手つきで丁寧に札を混ぜてくれた。
それをひとまとめにして受け取ると、神札を整える振りをして松花の様子を観察する。
緑汐に比べると、いささかふっくらした体型の松花は、女官のわりには化粧が濃く髪飾りも少し派手だ。顔立ちは悪くないが、目立つほど美人というわけでもない。
(気の強そうな顔。そのわりに肌つやはあまりよくない。少しむくんでいるのを考えると寝不足気味のようね。だったら……)
神札の中から私は3枚の札を選び、松花の前に並べる。
「松花さんを表す札は、節制と恋人の正、そして釣るし人の逆位置ですね」
「どんな意味なの?」
「節制の札は二つのものを調和する力に長けていることを示しています。松花さんは周りの状況をよく見て動くのが得意な人なのでしょうね。周囲をよく見てらっしゃる視野の広い方なのかと」
意地の悪い笑みを浮かべていた表情が少しやわらぐ。褒められて悪い気はしないらしい。
「恋人の札もおなじです。協調性のある相手がそばにいることで、本来の力を発揮できると出ています」
「へぇぇ……そうなんだ」
ふっくらとした頬を紅潮させた松花はいつの間にか前のめりで札をのぞき込んでいる。
不思議なもので、疑ってかかっている占いでも、自分に都合のよい内容を告げられると信じてみたくなるものなのだ。
実際、松花は気は強いがよく周りを見ているし悪人ではない。化粧がきついのは己を武装するためだろうということもわかる。
「そしてこの最後の釣るし人ですが……松花さん、あなた何か我慢をしていませんか?」
「えっ!?」
さっきまで機嫌が良かった松花が、口元を引きつらせる。
「このカードは何かを我慢している現状を訴えてるように感じられます。あなた本来、とても真面目で情深い人です。ご家族からの愛を一心に注がれて育った……しかしこの後宮にきたことで離ればなれ。心配させたくないと必死になるあまり、肩肘をはっていらっしゃる。そのせいで、心に重しがのしかかっているのではありませんか?」
「な、なんで」
狼狽えきった瞳が左右に泳いでる。
松花の人となりを見るに、それなりに良家の出身で大切に育てられた人間であることがわかる。
それこそ、少し甘やかされてだ。きっと後宮に入ればすぐに皇帝陛下の目にとまる、くらいのことは言われていたに違いない。
(うちの鹿角と同じよね。みんな娘に夢を見すぎなのよ)
だが現実には一回の女官が皇帝の目に止まる可能性はほぼない。むしろ顔を見ることも叶わないと言った方が正しい。
美しい女性の多い後宮で松花の外見は抜きん出ているわけでもない。きっと焦ったはずだ。家族の期待を裏切ってしまった。
(それで虚勢を張るために化粧をして、気の強い女を装っているんでしょうね。ついでに、食事を制限している)
「あまり無理をしないほうがよろしいかと。その努力は貴方には向きません。貴方は今のままでも十分魅力的です。ご自身を追い詰めないでくだいね」
にこりと微笑めば、先ほどまで引きつっていた松花の表情がくしゃりと歪む。
「あ、アンタになにがわかるって言うのよ!」
捨て台詞めいた言葉を叫ぶと、松花は勢いよく立ち上がりその場から駆け出してしまった。
残された女官たちはぽかんとした顔をしてその背中を見送っている。
「す、すごいじゃない」
「あの松花が逃げていくなんて……」
女官たちから羨望の視線が向けられる。どうやら彼女たちはそれなりに松花に含むところがあったようだ。松花も、まさか自分の状況が言い当てられているとは思わなかったのだろう。
「偶然ですよ偶然。ただの占いですから」
「本当にすごいのね、この神札って」
「ねぇ、次は私も占って」
声を弾ませながら、女官たちが集まってくる。指導するべき立場の弓林もそわそわとした顔でこちらを見ている。
「ええ、もちろん」
笑顔で答えれば、きゃあと可愛らしい歓声が上がったのだった。




