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序章 満月の涙
その夜、浜辺には誰もいなかった。
潮騒と、静かに寄せては返す波音だけが、月明かりに照らされる砂浜を支配している。
俺はそこに立ち、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
真珠のように白く、冷たく、けれど凛とした輝きを放つ月。その光は海面に映り込み、揺れるたびに形を変え、まるで手を伸ばせば掴めそうに思えるほど近くに見えた。
「……きれいだな」
小さく呟いた声は、夜風にさらわれて消えていく。
どうしてか分からない。俺はただ、月を見ているだけなのに――頬を伝う涙に気づいた。
何に泣いているのか、自分でも分からなかった。
ただ、この光に触れたとき、心の奥で誰かを待っているような、取り戻せないものを探しているような、そんな感覚に押し流されていた。
この涙は、これから始まる長いようで短い青春の一幕を予感していたのかもしれない。
やがて俺は、袖で涙を拭いながら振り返り、月を背に歩き出した。