第1章-9 朝焼けとピステン、そして温泉まで一直線!
雪景色のモーニングコール
鍋で満たされた腹と電気毛布のぬくもりに包まれた夜は、あまりにも心地よかった。
沙良は目覚ましより早く目を開け、窓の外を覗き込む。
――一面の銀世界。
夜通し降り続いた雪が、朝の淡い光を反射している。
空は透き通るような水色で、ゲレンデの上の方はうっすらピンク色に染まっていた。
「……やば、これだけで来た甲斐ある」
隣を見ると、夏帆は毛布にくるまったまま鼻だけ出して寝ていた。
口元がにやけているあたり、たぶん夢の中でも温かい。
「起きろー、夏帆。朝一滑らないと雪がもったいないよ」
「んー……布団……」
「布団じゃなくて車中泊ベッドね。ほら、見てみ」
カーテンを開けると、夏帆はむくりと顔を出し、目を丸くする。
「……なにこれ……ポストカード?」
「天然ものです」
準備の儀式
ふたりはポータブル電源と電気ケトルで湯を沸かし、朝は簡単にインスタントスープとパン。
手早く板にワックスを塗り、ビンディングをチェックする。
夏帆はまだ完全には覚醒していないが、ブーツを履く頃には目がぱっちり。
「……寒いけど、なんかテンション上がってきた」
「その勢いで行こう」
ピステンマジック
リフトの始動を待つ人々の列に加わる。
前夜の新雪は上級コースの一部にだけ残され、それ以外はピステン(圧雪車)で綺麗に整備されていた。
リフトを降りると、眼下に広がるのは絨毯のように滑らかなバーン。
まだ誰のシュプールも刻まれていない。
「……もったいなくて踏めない」夏帆。
「いやいや、踏むために整備してくれたんだから!」沙良。
それぞれの滑り
夏帆は寒がりだが、滑りは予想以上に安定していた。
無駄な動きがなく、ターンも綺麗。雪煙を最小限に抑えるその姿は、まるで往年のデモンストレーター。
沙良はというと、速さより丁寧さを重視したターン。
板をしっかりたわませ、エッジで雪を削る音を楽しむように滑る。
グルーミングされた雪面に、ふたりのシュプールが並んで描かれていく。
「久しぶりだけど、気持ちいいわねー」夏帆。
「うんうん、滑っていれば寒くないでしょ」沙良。
「……認める。寒くない」
時間を忘れて
休憩はホットココアだけ。
そのままゴンドラ、リフトと乗り継ぎ、昼過ぎまで滑り倒す。
気づけばリフト係が「本日最終でーす」と叫ぶ時間になっていた。
「……やば、もう終わり?」夏帆。
「いや、まだ終わりじゃない。次は温泉」沙良。
温泉直行
ゲレンデ併設の温泉施設に直行し、ロッカーに荷物を放り込む。
脱衣所でスキーウェアを脱ぐと、身体中がじんわり冷えているのを実感する。
露天風呂に浸かれば、頬に当たる冷たい空気と、肩まで包む熱い湯。
空には夕焼けが広がり、雪面がオレンジ色に輝いていた。
「……最高だわ」夏帆。
「でしょ? これがスキー遠征の醍醐味」
「もう寒くないなら……また来てもいいかも」
沙良はにやりと笑った。
この一言を引き出すために、ポータブル電源も電気毛布も準備したのだ。




