第三章-22 あとは任せた(笑)
氷塔での共鳴を終えた沙良と夏帆は、アルト博士とユルゲンに伴われて、雪に覆われた道を慎重に歩きながら研究所へと戻ってきた。氷の壁面が反射する淡い朝の光に、塔での経験の余韻がまだ色濃く残っている。
「戻ってきました研究室!名前がほっとするよね(笑)」沙良が低く息を吐き、
アルト博士が研究室の扉を押し開く。冷たい空気の中に、研究室特有の金属や試薬の匂いが混ざる。
「……ようやくか」アルト博士は机の資料に目を落としたまま、ふっと顔を上げた。「塔の方は安定したようだな」
沙良は軽く頷いた。「塔の記録は守られました。多分、外界への干渉も、監視されている範囲では最小限です」
夏帆が周囲を見回し、少し首を傾げる。「でも、他の研究員の方々は見えないですね」
ユルゲンが肩をすくめる。「ああ、ほかの者たちは、いろいろなところへ出かけてしまっている。塔の調査や外部のフィールドワーク、それぞれ任務が分散しているからな」
アルト博士は少し苦笑した。「以前はもう少し人数も揃っていたのだが……。中々手のかかる者も多かったしな」
ユルゲンの目がわずかに鋭くなる。「……ああ、エルダンのやつですか」
アルト博士は無言で頷いた。「ああ、そうだ。塔の研究を中心に行っていたのに、ある日突然やめてどこかへ行ってしまった。連絡も取れない。今頃何をしているのやら……」
「!?」沙良はぼーっとしながら聞いていた。「えるだん……さん?」
夏帆も首をかしげた。「その人、どこかで聞いたことがあるような名前ね……」
沙良は目を細め、考え込むように唇を噛む。「その人なら、塔のことももっと詳しいのですか……」
アルト博士が近くの資料の山を片手にため息をつく。「ああ、あいつが一番深く研究していた。なのに、資料も何も残さずにいなくなったんだ」
沙良は眉をひそめ、机の上に置かれた氷塔の観察記録を手に取った。「……いなくなった理由も、行き先も分からないまま、ですか」
博士は肩をすくめ、「ああ、残念ながらな……」と口を開いたが、言葉を飲み込む。外の世界に媒介として存在する二人のこともあり、今は慎重にならざるを得なかった。
沙良が窓の外を見ながら小さく笑う。「とりあえず、私たちは戻った方がよさそうね。マリアちゃんも呼んでいるし」
夏帆も同意する。「うん、塔のことは博士たちに任せて、私たちは一旦退避するのが安全ね。マリアちゃんのことはわかんないけど(笑)」
アルト博士は静かに頷いた。「そうだな。塔と異界の影響が完全に消えたわけではない。来てもらってすぐのところ、すまないが君たちは媒介である以上、安全な距離を保つことが重要だ」
ユルゲンも補足する。「森や周囲の監視は我々が行う。君たちはここから離れ、干渉を最小限にすることに専念してもらいたい」
沙良は机の端に手を置き、深呼吸を一つ。「わかりました。塔の監視は博士たちに任せて、私たちは安全圏に移動します」
夏帆も荷物を整え、笑みを浮かべる。「また来たときはよろしくね、博士、ユルゲンさん」
アルト博士は軽く手を上げ、笑みを浮かべる。「ああ、次はもう少し落ち着いていることを祈ろう」
二人は研究室を後にし、雪の降り積もる研究所の門の外へと歩みを進める。ユルゲンも同行し、冷たい空気の中で二人と外門まで歩いていく。
門の外に停めてあるエブリイが、雪原の白に淡く溶け込んでいる。足元の雪を踏む音が軽く響き、塔での緊張を思い出させる。
門の外に停めてあるエブリイを前に、沙良と夏帆はユルゲンに軽く頭を下げた。
「お疲れ様でした、ユルゲンさん」沙良が言う。
ユルゲンは静かに頷き、冷たい空気の中で二人を見守る。「塔との共鳴は安定した。しかし君たちは媒介である以上、微細な干渉はまだ残る。移動中も注意することだ」
夏帆は笑みを浮かべながらも、しっかり頷く。「わかりました。私たちは安全圏へ戻ります」
沙良も微笑む。「ええ。塔や森の監視は、博士たちに任せます」
二人はエブリイに乗り込み、エンジンを始動する。雪原をゴトゴト走り出す車体の振動が塔での緊張を思い出させる。
「あとは任せましたぁぁ、また来たときはよろしくぅ~」沙良が門の外のユルゲンに向けて手を振る。
ユルゲンも軽く手を上げ、静かに頷いた。「塔と周囲の監視は我々に任せろ。君たちは移動し、安全圏で待機するがいい」
「さあ氷の城の町に戻ろ」夏帆が窓越しに景色を見やり、冬の空気を吸い込む。
沙良も微笑む。「うん、マリアちゃんのところへ戻れる!」
雪原を抜けるたび、エブリイの振動が塔での緊張感を思い出させる。
しかし雪煙を巻き上げ、氷の城のある町へと進むエブリイの車体に、安心を感じるのであった。




