第三章-19 記録の間と氷に刻まれた声
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これでもう少し戦える……。
塔の内部は、まるで巨大な氷の心臓だった。
壁一面に広がる氷結晶が脈を打つように淡く光り、足音が反響して消えていく。
「……わぁ、きれい……。でも、ちょっと怖いね」
沙良の声が微かに震える。
「うん。なんか、“生きてる”って感じ。塔そのものがこっち見てるみたい」
「やめてよ夏帆、そういうこと言うとホラー始まるじゃん!」
夏帆は笑って肩をすくめた。「いやだって、ほんとに見てる感じするんだもん」
階段を上りきると、そこは大広間だった。
氷でできた柱が立ち並び、中央には巨大な魔法陣のような文様が描かれている。
天井から垂れる氷のシャンデリアが、まるで星座のように瞬いていた。
沙良は息を呑んだ。「……ここ、研究所でも見た模型と同じ模様」
「たぶん、氷壁の異変の中心ね」
その時、二人のスマホが再び小さく振動した。
画面には青い波形と共に、文字が浮かぶ。
《魔力干渉:記録領域に接続しますか?》
「なにこれ……接続って、Wi-Fi感覚で言ってるけど?」
「押してみる?」
「押すの? 押すのね?」
「押すよ」
沙良が指先で「接続」をタップした瞬間――
塔全体が低く唸りを上げ、氷の床に光の波紋が走った。
『――記録を、再生します。』
電子音のような声が響いた。だが、それはスマホではなかった。
氷の柱のひとつが淡く光り、人影のような輪郭が浮かび上がる。
「なに、これ……映像?」
「え、まさか、これって過去の――」
氷の中から現れたのは、一人の女性の姿だった。
白いローブを纏い、長い髪が氷の光に溶けるように揺れている。
彼女はどこかに向かって語りかけていた。
『……封印が弱まっています。もし、これを見ている人がいるなら――塔を守ってください。外の世界から、異界の力が干渉しているのです……』
声は途切れ途切れだったが、確かに“警告”の響きを持っていた。
「異界の力……って、もしかして――」
「うちら?」夏帆が眉をひそめる。
「やっぱりそうだよね……。エブリイの魔力が塔に共鳴してるって博士も言ってたし」
沙良のスマホが一瞬だけ光る。
『――異界干渉、記録に一致。対象:エブリイ・ユニット。』
「ねぇエブリイ、今の聞いてた?」
『――はい。私は、かつてこの塔の研究体制に属していました。』
「えぇぇぇ!? 研究所出身なの!?」夏帆が素で叫ぶ。
「それって、つまり……前にここにいたってこと?」沙良が驚く。
『――私は、封印維持装置の一部でした。異界干渉を検知するために、外界への観測機構として転送されました。』
「観測機構……? あれ、エブリイって車じゃなくて、元々この塔の装置?」
『――正確には、“移動可能な外部端末”。あなた方の世界で再構成されたものです。』
沈黙。
そして夏帆がぽつりと呟く。
「……つまり、うちらの愛車、公式には“魔導AI付き観測端末”ってこと?」
「車検通るの、それ」
「無理じゃない?」
「無理だね」
二人の即答に、塔の中の緊張が一瞬でほぐれた。
エブリイの声が少し柔らかくなる。
『――ですが、私はあなた方の旅の仲間です。役割が変わっても、それは同じです。』
沙良の目が少し潤む。
「……ありがとう、エブリイ」
「ほんと、頼りにしてるよ」夏帆も笑った。
その瞬間――
塔の中心に刻まれた魔法陣が突然、まばゆい光を放つ。
氷の床に亀裂が走り、風が吹き荒れた。
「な、なにこれ!? いきなり大音量でエフェクト来た!?」
「ちょっと夏帆!逃げるよ!」
『――待ってください。反応源を特定します。』
エブリイの声が真剣になる。
スマホの画面に、塔の断面図が投影され、赤い点が点滅している。
《異常反応:最上層。封印装置の共鳴異常》
「博士の言ってた“結界の異変”だ……!」
沙良が息を呑む。
「上に行かないと!」
塔全体が震え、氷の破片が雨のように降り注ぐ。
夏帆が頭を押さえながら叫ぶ。
「ちょ、スノードーム状態になってるって!」
「文句言ってる暇ないって!」
階段へ駆け出す二人の背中を、氷壁に映る光が追う。
その光はまるで、彼女たちを導くように形を変え――
淡い女性の声がもう一度響いた。
『……塔の記憶を解く者よ。異界の心を、氷に刻みなさい。』
風が止み、塔全体が静寂に包まれる。
「……いまの、聞こえた?」
「うん。“異界の心”って、なに?」
答えはなかった。
ただ、スマホの画面の奥で、エブリイのアイコンがゆっくりと瞬き続けていた――。
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