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第三章-18 氷塔の記憶とエブリイの声

 雪を踏みしめるたび、きゅっきゅっと音がした。

 氷の研究所から塔までは歩いて十五分ほど――とユルゲンは言っていたが、冷たい風が頬を刺すたびに、沙良と夏帆の足取りは少しずつ慎重になっていった。


「ねぇ沙良、これ絶対十五分じゃ着かないって。体感で三十分いってる」

「うん、でも地図アプリには“残り二百メートル”って出てるから」

「この世界で電波あるのおかしくない?」

「魔力Wi-Fiだよ、魔力Wi-Fi」

「適当なこと言わないで(笑)!」


 軽口を交わしながらも、二人の視線はずっと前方の塔を見つめていた。

 氷でできた外壁が、青白い光を反射して幽かに脈動している。まるで塔そのものが“呼吸”しているようだった。


 やがて塔の根元に到着すると、ユルゲンとアルト博士が待っていた。博士は分厚い毛皮のマントを翻しながら、手に持った杖で地面を軽く叩く。

「結界の強度は一時的に下がっている。今なら内部に入れるが、時間は長くない。準備はいいかね?」


「はい!」沙良はきっぱりと答えた。

 夏帆は少し顔をしかめて、「……できればもう少し暖かい場所で準備したいけど」とぼやく。


「気持ちはわかるが、氷の塔にこたつはないぞ」ユルゲンが苦笑する。


「この世界にも、コタツ有るんか!!」

「そんな世界があったら移住したいわ」

「いや、私も行く」沙良が即答。

 二人の即答ぶりに、博士も思わず口元を緩めた。


「よろしい。では、これを持っていくといい」

 アルトは小さな氷結晶を渡した。掌の上で淡い光を放ち、ぴん、と冷たい音を立てる。

「これは魔力の安定器だ。塔内部の魔力圧に当てられても、これを身につけていれば安全だ。――ただし、互いに離れすぎると効力が薄れる」


「つまり、ずっと一緒にいろってことね」夏帆がニヤリ。

「別にいいけど、くっつきすぎたら歩けないよ」沙良が真顔で返す。

「いや、そっちの意味じゃなくて!」


 ユルゲンが咳払いして場を整える。

「そろそろ行こう。塔の扉はすでに開かれている」


 目の前の氷の扉には、まるで巨大な雪の結晶が刻まれたような紋章が浮かび上がっていた。青く光り、静かに波打っている。


 沙良がスマートフォンを取り出し、エブリイとのリンク画面を確認する。

「博士、今のところエブリイの反応は安定してます。魔力の波形も落ち着いてます」

「よし。中で何か変化が起きたら、すぐに連絡しろ」


「了解!」と夏帆。

 だが、画面に“エブリイ通信中”の文字が表示された瞬間、スマホからお馴染みの電子音声が流れた。


『――気をつけて、サラ。気をつけて、カホ。』


「ちょっ……しゃ、喋った!」

 夏帆がスマホを持ったまま後ずさる。

「エブリイが喋ったの!? っていうか名前呼ばれた!? なんで!? いつ学習したの!?」


 沙良は呆れたように言う。

「まぁ、昨日寝る前に『おやすみ』って話しかけてたじゃん。返事するようになってもおかしくないでしょ」

「いやいやいや、あれ単なる挨拶アプリだと思ってたのに!?」

「たぶん、魔力とAIが融合して人格芽生えたんじゃない?」

「そんな軽く言わないで!?」


 ユルゲンは二人のやり取りを見て頭を掻いた。

「……やはり異界の道具は侮れんな」


 アルトは笑いながら言った。

「だが悪い兆候ではない。“声”を得るというのは、魂を得る第一歩だ。君たちの馬車は、すでに意志を持っている」


「エブリイが魂持っちゃった……?」夏帆はスマホを見下ろす。「責任重大なんだけど」

「大丈夫。今のところ、いい子みたいだし」沙良が優しく画面を撫でる。

『――いい子。了解。』

「うわ、反応した!?」


 夏帆の叫び声が雪の中に響いた。

 博士も思わず笑いを漏らす。

「愉快な仲間たちだな。――だが、そろそろ本題に入ろう」


 博士が杖を掲げると、扉の紋章が光り、ゆっくりと開き始めた。

 中からは青白い光が漏れ、冷たい風が吹き抜ける。


「……すごい、光が生きてるみたい」沙良が呟く。

「うん。なんか、エルサの城よりリアル」

「やめなさい、著作権に引っかかる」


 そのやり取りに、ユルゲンが堪えきれず吹き出した。

「緊張を解すとは、良い心構えだ。恐怖より笑いの方が、魔力の流れを整える」


「よし、それなら笑い続けます!」

「やめて、笑いながら塔入るのはホラーでしかない」


 二人がそんな軽口を叩いている間にも、扉は完全に開いた。


 奥には、氷の階段がゆるやかに続いている。

 光が屈折し、天井に青い模様が踊っていた。


 スマホの画面が再び点滅し、エブリイの声が静かに響く。

『――塔内部、魔力濃度上昇。注意。』


 沙良と夏帆は顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。

「じゃ、行こっか」

「うん。氷塔探検、始まりだね」


 二人は笑い合いながら、階段を一歩、また一歩と登り始めた。


 背後で、アルトとユルゲンが小さく呟く。

「……あの二人がこの塔の謎を解くとは、誰が想像しただろうな」

「いや、だからこそ行けるんだ。常識に縛られない者ほど、封印を破る」


 雪の外界が静かに閉ざされ、氷の扉が音を立てて閉じる。

 塔の中には、彼女たちの笑い声と、どこか懐かしいエブリイの電子音が響いていた――。


―――――

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