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第三章-17 共鳴の塔と氷の記録

 塔の青白い光が、一瞬、脈を打つように強く輝いた。


 窓の外で氷壁が微かに鳴る。キィィンと高い音を響かせながら、雪の粒が空中でふわりと舞い上がる。


「……反応が増幅してるわ」

 沙良がスマートフォンを見つめた。画面上の光の波形が、先ほどより明確に跳ね上がっている。

「エブリイが、何かを検出してる。――塔の魔力変動と同期してるのね」


 ユルゲンが驚きの声を上げる。

「研究所の魔導測定器よりも精度が高いぞ。あの馬車、本当に異世界の技術なのか?」


 アルトは腕を組み、深く頷いた。

「……異世界の技術、いや、“異界の魔法体系”かもしれん。君たちの世界では“電気”と呼ばれているものが、こちらでは魔力と同じ働きをしている。エブリイの中では、両者が融合しているのだ」


 夏帆は思わず息を呑んだ。

「電気と魔力の融合……? そんなこと、できるの?」


「普通はできぬ。しかし君たちは、無意識のうちにそれを成立させている。その手に持つ黒い板を通じて、馬車の魔力中枢と共鳴しているからな」


 アルトの言葉に、二人は顔を見合わせた。


 ――まさか、自分たちが“鍵”になっているなんて。


 その時、スマホの画面がふっと暗転し、青白い光の文字が浮かび上がった。


 ≪魔力共鳴率:上昇中/臨界域に接近≫


 「ちょっ……臨界ってどういうこと?」夏帆が声を上げる。


 アルトが即座に机の上の結晶を手に取り、周囲に魔法陣を展開した。

「塔が、君たちの馬車と完全にリンクしようとしている! もし制御できなければ、結界の均衡が崩れる!」


「どうすればいいですか!」沙良が叫ぶ。


 アルトは即答した。

「黒い板を通して、魔力の流れを安定化させろ! ……“電気的制御”で干渉を抑えるんだ!」


「電気的制御って言われても!」

「機内モードにして!」沙良が反射的に叫んだ。

「は?」

「たぶん、魔力の波長と干渉してるのは電波側! 魔力は“エネルギー”だから、デバイスが干渉してるのよ!」


 夏帆が慌てて設定を操作する。画面上で通信マークが消えると同時に、スマホの光が少し落ち着いた。


 外の塔の光も、やや穏やかに揺らめく。


 ユルゲンが息を吐く。「……ふぅ、落ち着いたようだ」


 だが、安堵の瞬間は短かった。塔の上部から、雪煙を巻き上げるような衝撃波が走った。


「まただ!」

 アルトが窓辺に駆け寄る。

「塔が――塔の封印が開きかけている!」


 沙良は再びスマホを見た。画面の中央に、今度は“別のアイコン”が点滅している。


 ――エブリイ側からの通信要求。


「博士、エブリイが……!」


 夏帆が息を詰めて画面を操作する。通話がつながった瞬間、ディスプレイにエブリイの内部映像が映し出された。

 雪原にぽつんと佇む馬車。その周囲を、淡い青の魔力が渦のように巡っている。


『――システム警告。周辺魔力、異常上昇。防御モード起動。』


 無機質な音声が響く。だが、その声の奥には、どこか“意志”のようなものが感じられた。


「……まるで、エブリイが喋ってるみたい」夏帆が呟く。


「いや、“喋っている”のだ」アルトが言う。「この馬車には、古代の魔導機械に似た“意識核”が宿っている。魔力の流れを理解し、自ら判断している……」


 沙良は画面に向かって語りかけた。

「エブリイ、聞こえる? 落ち着いて。私たちはここにいる。暴走しないで」


 しばらくの沈黙。

 そして、ディスプレイにひとつのメッセージが浮かんだ。


 ≪了解。同期率調整中≫


 その瞬間、塔から放たれていた青白い光がふっと収まり、氷壁の震えも止まった。


 外の世界は再び静寂に包まれ、雪の結晶がゆっくりと舞い落ちていく。


 ユルゲンは額の汗を拭い、低く呟いた。

「……どうやら、収まったようだな」


 アルトは深く頷いた。

「見事だった。異界の技術とこちらの魔法を融合させ、暴走を防いだ。――君たちが来てくれて、本当によかった」


 夏帆は胸を撫で下ろし、沙良と目を合わせる。

「……ちょっと怖かったけど、なんとかしたね」


 沙良も微笑む。

「うん。でも、塔が反応したってことは……まだ何かが眠ってるんだと思う」


 アルトは窓の外の塔を見つめながら、低く呟いた。

「そうだ。この“閉ざされた塔”は、氷の時代を超えて封印された“記録装置”なのかもしれん。――そして、エブリイはその記録を“開く鍵”だ」



 研究所の外では、冬の光が再び差し込み、塔の表面を銀色に染めていた。


 スマートフォンの画面には、静かに点滅する文字が一行。


 ≪同期完了。記録の解凍準備――待機中≫


 沙良と夏帆は顔を見合わせた。

 その瞬間、胸の奥にわずかな高揚が走る。


「……行くしかないね」

「うん、次は“塔の中”だ」


 氷の研究所を後にしながら、二人は雪を踏みしめて歩き出した。

 遠く、閉ざされた塔が微かに唸り声を上げる。


 それはまるで、長い眠りから目覚めようとする“記憶”そのもののようだった。


―――――

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