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第1章-5 車中泊仕様、始動。そしてまさかの大工神降臨

 エブリイの荷室に詰め込まれた木材や工具、それに新調した三つ折りマットレスを見て、沙良は少し困った顔をしていた。

 ――なぜなら、自分の住んでいるのはワンルームのアパート。ベッドと机を置いただけで半分は埋まるような狭さで、とても木材加工などできる場所ではないのだ。

 近所迷惑も考えると、ジグソーやドライバーの音なんてとても出せやしない。


 そこで真っ先に思いついたのが、友人の夏帆だった。

 夏帆の家は郊外にあり、敷地も広めで庭もある。

 そして何より、彼女は「面白そうならOK」というタイプだ。

 

夏帆の家へ


「え、庭使っていいよ。どうせ父さん昼間は車で仕事行ってるし」

 と軽く承諾をもらった沙良は、その日のうちにエブリイを走らせた。


 到着すると、夏帆が麦茶の入ったピッチャーを持って出迎えてくれる。

「おぉぉ、資材多っ! これ本当に全部積んで来たの?」

「積めたの、エブリイ様だからこそだな!」

 ちょっと誇らしげに胸を張る沙良。


 庭にブルーシートを広げ、その上に木材や工具を並べる。

 春の柔らかな日差しの下、まだ乾ききらない土の匂いと、合板から立ちのぼる新しい木の香りが混じり合う。

 なんだか、文化祭の前日みたいなワクワク感があった。


作業開始……のはずが


「まずは荷室のサイズ測って、それに合わせて切る……はず……」

 理系脳で計算はできるが、いざ実物を前にすると、板の角度や寸法取りに思った以上の時間を食う。

 しかもジグソーをまっすぐ引くのが難しく、板の端が微妙に波打ってしまう。


「……あれ? なんか短くね?」

「さっき測った時より縮んでない?」

「木って乾燥で縮むのか……いや、私の腕か……」


 電動ドライバーを持つ手も、ネジ穴が斜めに入ってガタつく。

 組み立ててみても、なぜか片側だけ高くてグラグラ揺れる。


 汗をぬぐいながら、「これ……思った以上に難しい」と呟く沙良。

 夏帆は「ま、初めてだし」と笑いながら、曲がった板を押さえてくれていた。


大工パッパ、降臨


 その時だった。

駐車場に車が入ってきた。夏帆の父親が帰ってきたのである。

 『おっ、ハイエースだ。でけーな、エブリイのお父さん、いやエブリイ入っちゃいそうだからお母さんか!?』相変わらずわけわからないことを考える沙良である。


パタンと、ドアを閉める音がする。

「おーい、ただいまー……って、何やってんだお前ら?」


 現れたのは夏帆の父、作業服に安全靴姿。

 背は高く、腕は太く、手のひらは厚みのある職人の手だった。

 そう、夏帆パッパは現役の大工さんなのだ。


「えっと……車の中にベッド作ろうとして……」

 と沙良が説明し終える前に、夏帆パッパは二人の手元を見て、眉をひそめる。

「……そりゃダメだ、板が反ってるし寸法合ってない。貸せ、やり直すぞ」


 そう言うと、ハイエースから電動丸ノコ、スライドソー、プロ用のインパクト、クランプ、差し金などを次々と降ろしてきた。

『やっぱマキタだよなぁ』沙良

 道具の並びだけで、すでに素人とは別次元だ。


職人の動き


 丸ノコが回転を始めると、低く力強いモーター音が響く。

 切り口はまっすぐで、まるで機械加工のように精密だ。

 クランプで板を固定し、差し金で一瞬にして墨線を引く姿も無駄がない。

 削った木端はすぐに手で払われ、作業は流れるように進む。


 沙良と夏帆は、ほぼ見学モード。

 ただ、あまりに早い作業スピードに「おぉぉぉ~!!」と声を揃えてしまう。


「流石パッパ!」と夏帆が言うと、父は少し照れた顔で「……まあな」と言い残し、

作業を終えるやいなや家の中へ戻ってしまった。


『いや、道具片付けんでええんかい?』と沙良が小声で突っ込む。

「まあ、後で私が片付けとくから」と夏帆が笑う。


完成したベッドフレーム


 出来上がったのは、下に収納スペースを備えた頑丈なベッドフレーム。

 寸法はぴったりで、荷室の凸凹も見事に避けている。

 引き出し部分はスムーズに開閉し、ポリタンクやキャンプ用品も余裕で収まる。


「すごいのできちゃったねぇぇ」

「いや、ほぼパッパ作だけど……」

 とはいえ、自分の車の中にこれが収まると思うと、沙良の胸は高鳴った。


初試泊


 その夜、せっかくだからと沙良は庭先に停めたエブリイで一晩過ごしてみることにした。

 外はまだ少し肌寒く、寝袋に潜ると自分の体温で中がじんわり暖まっていく。

 木の香りがふわりと鼻に届き、まるでログハウスの中にいるようだ。


 LEDランタンを吊るし、スマホで音楽を流す。

 カップスープを啜りながら、窓の外に見える夏帆の家の灯りをぼんやり眺める。

 静かな夜、車体を時折撫でる風の音。

 エブリイの狭さは、逆に守られている安心感をくれた。


「……これ、絶対旅に出たくなるやつだな」


 そう呟きながら、沙良は木のぬくもりとともに眠りに落ちていった。



「……えーっと、沙良のやつ、私ん家の庭で車の中で寝るって……どんだけ自由すぎるのよ(笑)。でも、まあ……楽しそうだから許すか。ふふ、次はちゃんと呼んでね、朝ごはんくらいは作るから!」


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