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第三章-12 宿にて、帰還の話

ブックマークにポイントありがとうございます。

評価してもらえると嬉しくて書く意欲が上がります。

 雪原での試運転を終え、ホーンラビット討伐という思わぬ成果を手にした沙良と夏帆は、氷の城から城下町へと戻ってきた。

 その手には兵士から分けてもらった獲物が袋いっぱい。雪の世界で得られる貴重な肉だ。


「ラビットのフルコース……だよね、きっと」

「ふふ、ブラウンさんが腕をふるってくれるはず」


 二人が宿「ミスターブラウン」の扉を押し開けると、温かな空気と香ばしい匂いが迎えてくれた。

 暖炉には薪が燃え、明るい炎がパチパチと音を立てている。

 カウンターに立つ宿の主人ブラウン氏は、彼女たちが袋を掲げると目を輝かせた。


「おやおや、こりゃ見事なホーンラビットだ! こいつぁ上等だぞ。夕飯は任せな!」


 彼は分厚い手で獲物を抱え、厨房へと消えていった。



温かな食卓


 しばらくして運ばれてきたのは、香ばしくローストされたラビット肉。

 骨ごと煮込んだスープ、ラビットのリエット風パテ、そして雪菜を添えたソテーまで。まさしくラビット尽くしの豪華な食卓だ。


「うわぁぁぁぁ、ほんとにフルコース!」

「いただきまーす!」


 二人は夢中になってフォークを進めた。

 外の吹雪を忘れさせるような熱々のスープが胃を温め、肉の旨味がじゅわっと広がる。


「ねぇ沙良、今日どうだった?」

 夏帆がパンをちぎりながら尋ねる。


「うん? 安全運転だったよ」

「いや、そういう意味じゃなくて!」

「ん~仕事猫がうるさかった(笑)」

「うはぁ」

 夏帆はパンをスープに浸して頬張り、むぐむぐしながら笑った。


「魔法防御……すげーって感じ!」沙良。


「それそれ」夏帆も頷く。


 雪原でホーンラビットが飛びかかってきた瞬間のことを思い出す。

 車体を包む光の膜がバチッと弾き返し、魔物たちは気絶したり、退散したり。

 あの瞬間、彼女たちは確かに「守られている」と実感したのだ。


「これならさ、そろそろ本格的に準備して走り出さない?」

 夏帆が声を潜め、真剣な眼差しを向けた。


「うん。あたしもそう思ってた。食料や水とか、予備の毛布も必要だよね。で、ちょっと遠くへ……」


 二人の心には同じ思いがあった。

 この世界に来てからの日々は、戸惑いと発見の連続だった。

 エブリイがなければ生き抜くこともできなかったかもしれない。

 だが、いつまでも城下町に留まっているわけにはいかないのだ。


帰るという目的


「……やっぱりさ」沙良がスプーンを置いた。

「ここでは、なんでこんなところへ来ちゃったのか、どうしたら戻れるのか、全然わかんないんだよね」


 夏帆もスープを飲み干し、静かに頷いた。

「最終目的は……あの世界、自分たちの家に帰ること」


 二人は改めて確認するように見つめ合う。

 研究室の愚痴をこぼし合い、コンビニで買ったお菓子を分け合った、あの日常。

 電車の中で寝過ごしたり、くだらないことで笑い合ったり。

 あの何気ない世界に帰りたい。


「うん、帰る」沙良が口に出す。

「うん、帰ろう」夏帆も続ける。


 だがその一方で――。



マリアの存在!?


 沙良の視線が自然と店の奥へ向いた。

 そこには看板娘の幼女マリアが、ちょこちょこと動き回っていた。

 まだ小さい手でトレイを運び、時折客に「えへへっ」と笑顔を向ける。


「……かわいい」沙良は思わず口元を緩めた。


「沙良?」夏帆が怪訝そうに眉をひそめる。


 沙良はフォークを手にしたまま、うっとりとマリアを眺めている。

 頬がゆるみ、まるで親バカのような表情だ。


「えへへっ」沙良は声までマリアに合わせて小さく笑った。


「……あんた、帰る気あるのか!?」

 夏帆がテーブルに突っ伏すようにして叫んだ。


 沙良は「だ、だって可愛いんだもん!」と慌てて弁解する。

「いやいやいや、帰るでしょ!? あんた、こっちでマリアの保護者にでもなるつもり!?」

「……うーん、でも可愛いし……」

「即答すな!!」


 二人のやり取りに、近くの客がくすりと笑った。

 マリア本人はきょとんと首をかしげ、「えへへっ」と笑顔を返してくる。




 笑い声の中でも、沙良と夏帆の心は少しずつ固まっていく。

 明日からは、いよいよ準備を始めよう。

 保存食や雪道用の道具を集め、地図を広げて計画を練る。

 エブリイの魔法防御も試運転で十分に効果が確認できた。


「……行こう」沙良が呟く。

「うん。帰るために」夏帆も応じる。


 暖炉の火がぱちりと弾ける。

 宿の空気は温かく、雪の世界であることを忘れてしまうほどだった。


 ――だが、二人の旅はこれからが本番だ。

 帰るために。

 そして、この世界の秘密を知るために。


 その夜、二人はラビット尽くしの夕食を平らげ、マリアの「おやすみなさい」に見送られて眠りについた。

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