第三章‐10 エブリイ強化実験
氷の広間に、緊張が張り詰めていた。
青白い魔法光に照らされ、床一面に巨大な魔法陣が描かれている。円環の模様は幾重にも重なり、雪の結晶のように複雑な線が広がっていた。
その中心に鎮座するのは、銀色の軽バン――エブリイ。
「……すごい絵面だよね」
「うん。日本の中古車が氷の魔法陣の上に置かれてるっていう」
沙良と夏帆は並んで立ち、目を丸くする。
両脇ではリオネル伯爵とロドムが腕を組み、渋い顔で見守っていた。
そして最前列に立つのは、魔法ギルド代表アーベント。杖を掲げ、老練な声で周囲の魔導師たちへ指示を飛ばしていた。
「魔力結晶の配置は整ったか?」
「はい! 四方の安定陣、展開完了!」
「よろしい。では、始めよう」
静寂が広間を覆った。
アーベントが杖を振り下ろすと、魔法陣の紋様が一斉に光りだした。
雪のように白い光が走り、エブリイの車体を下から照らし上げる。
同時に、床が低く唸るように振動した。
「うわっ……地震?」
「違う、魔力の共鳴だ!」リオネル伯爵。
沙良と夏帆は揺れる床に必死で踏ん張った。
魔導師たちは逆に目を輝かせ、何やら呪文を唱えている。
「フロスト・シールド、重ねがけ!」
「耐衝撃陣、展開!」
「安定結界を保持せよ!」
「なんか、ヤ○トかエ○ァみたいな会話だね(笑)」
次々に重ねられていく魔法の層。
やがて光は収束し、一本の輝く柱となって天井へと伸びていった。
「……すご……! まるでエブリイが神殿の御神体みたい」
「いやほんとに。車検どころか神格化だよこれ」
二人の軽口とは裏腹に、広間の空気は緊迫の度を増していった。
その時――
「ギギィィ……」
低い音が、車体から響いた。
「ひっ! 今、鳴いた!? エブリイ鳴いた!?覚醒しちゃう!!」
「いや、きっと金属音……だよね?」
沙良と夏帆は顔を見合わせる。だが確かに、今のは「呻き」にも似ていた。
エブリイの銀のボディは光に包まれ、まるで呼吸をしているかのように膨らんでは縮んでいた。
「魔力に反応している……!」
「対象が“生きている”かのように振る舞っているぞ!」
魔導師たちの声が興奮を帯びる。
「やば、これ下手したらエブリイ進化する?」
「ポケ○ンじゃないんだから!」
そんな少女たちの声は、雷鳴のような轟音にかき消された。
光がさらに強まり、エブリイを取り囲む魔法陣が軋みを上げた。
床の氷にヒビが走り、魔導師の一人が叫ぶ。
「結界が持ちません!」
「馬鹿者! 制御を切らすな!」アーベントが杖で床を叩く。
轟音の中、リオネル伯爵が駆け寄ろうとするが、ロドムが腕をつかんだ。
「危険です! 今は近づけません!」
「だ、大丈夫かな……」
「なんか……エブリイ爆発しそうじゃない?」
沙良と夏帆の背中を冷たい汗が伝った。
そして――
アーベントが深く息を吸い込み、低く力強い呪文を唱えると、暴れる光が徐々に収まっていった。
氷の広間に降り注いでいた振動が和らぎ、魔法陣の線が穏やかに輝く。
やがて、光はすべてエブリイに吸い込まれた。
銀色の車体が淡く輝き、表面に薄い結晶のような紋様が浮かび上がる。
「……終わった……のか?」
誰かの呟きと共に、広間に静寂が訪れた。
「……おぉぉ……」
魔導師たちから感嘆の声が漏れた。
エブリイのボディには、薄い青白い光沢が走っている。まるで氷の膜をまとったようだった。
「ふ、触っていいのかな……」沙良が恐る恐る手を伸ばす。
冷たく硬い感触――しかし不思議なことに、触れた指先が押し返されるような感覚があった。
「わっ、なんか弾いた! ほんとに跳ね返すんだ!」
「うわー……スーパースター化した……」
二人は歓声をあげ、ぴょんぴょん跳ねる。
アーベントは満足げに頷き、杖を静かに床に下ろした。
「よし。これでこの鉄の馬車には、一定の防御結界が常時付与される。氷と雪の魔力を吸収し、外敵の衝撃を弾くだろう」
「すごーい! やったね夏帆!」
「うん、これで魔物に突撃されても安心!」
二人は手を取り合って喜んだ。
だが、その時。
「……ただし」
アーベントの低い声が響いた。
「結界の効果は、この世界の氷雪の魔力に依存する。町を離れ、氷の力が薄い土地に行けば、結界は弱まる可能性がある」
「えぇぇぇぇ!?」
二人の歓声は一瞬で悲鳴に変わった。
伯爵とロドムは深い溜息をつき、広間の魔導師たちはくすくす笑っている。
「……まぁ、それでも前よりはずっと強くなった。君たちの奇妙な馬車は、今や立派な“魔導車”だ」
アーベントが宣言すると、広間に大きな拍手と歓声が広がった。
「実験成功!」
「防御付与、確認!」
「いやぁ、また面白いものを見せてもらった!」
魔導師たちは大はしゃぎで駆け寄り、エブリイの周囲を取り囲む。
沙良と夏帆は胸を張り、まるで自分たちが研究成果を出した学生のように誇らしげな顔をした。
「これでエブリイも無敵だね!」
「いや、条件付きだけどね!」
二人の笑い声が氷の広間に響いた。
その姿に、リオネル伯爵はやれやれと首を振りながらも、どこか安堵の笑みを浮かべていた。




